魔導師
《サイド:美袋翔子》
「……と、いうことで、以上が天城総魔に関する報告になります。」
ようやく午前中の監視活動の報告が終わったわ。
何だかんだで今日も報告内容が多くて説明するのに時間がかかっちゃったけどね。
「ごくろうさま。」
対面のソファーに座っている理事長は満足そうな笑顔で頷いてくれたから、
ひとまず状況を理解してくれたみたい。
「今日もなかなか興味深い報告だったわね」
…ですよね~。
監視してる私自身も気になることが多すぎて、
まだまだ知りたいと思うことが沢山あるくらいだもの。
話を聞いてるだけの理事長は疑問満載だと思うわ。
「報告を聞いても理解しがたいけれど、直接見てもわからないことが多そうね。」
…そうなのよね〜。
目の前で見ていても意味が分からないのよ。
それでも理事長には説明しなきゃいけないし、
報告書にまとめるのは一苦労だったわ。
「これ以上の説明なんて出来ませんよ?」
「…それは困ったわね。」
理事長は私の努力と苦労を労いながらも、
手元にある資料の束に視線を向けてる。
一生懸命用意した書類は理事長の常識を逸脱する内容みたいだけど。
だからと言って私の報告を疑う素振りはなかったわ。
…まあ、私を信頼して依頼してくれてるんだから信じてもらわないと困るんだけどね。
監視の結果として届いた報告が想定外の出来事だったとしても、
とりあえずは信じてくれているみたい。
「吸収に続いて魔術の高速化まで実現するなんて、とんでもないバケモノね。」
…ホントにそう。
理事長でもそう思うみたい。
私も同意見だし、異論はないわ。
で、肝心の報告書なんだけど。
理事長の手元にある資料は全て私が用意したものだから、
当然だけど内容は天城総魔に関する記述で埋め尽くされているわ。
その中で最も目を引く内容は二つの魔術の存在でしょうね。
『ホワイト・アウト』と『エンジェル・ウイング』
どちらもこの学園始まって以来の異常な能力だと思う。
…と言っても。
魔術の高速化はまだそれほど驚く内容じゃないのかな?
似たような能力は他にも存在してるしね。
ただそれらは特殊な才能を持つ人の固有能力だから一般的な普及はしてないわ。
それでも一部の実力者の間では魔術の高速化が幾つも実証されているのよ。
私の親友もその一人なんだけど、
さすがに総魔ほどの高速能力はないわね。
魔術の発動を早めることはできる。
だけど高速で打ち出すのは無理。
だから高速化の技術の中で、
圧倒的な速度を実現しているのが総魔なのは間違いないわ。
それでもまだ高速化の理論は理解できる範囲内だから重要なのはもう一つの魔術よね。
実現不可能とまで言われていた『吸収』っていう能力をどんな理論で構築しているのかが分からないのよ。
詳細は完全に不明。
それなのに確認された現象がまやかしじゃないことは明らかになってる。
実際に何度も見てきたしね。
だから当然、理事長もその能力を気にしてるみたい。
「魔力の吸収。やっぱりこれが一番の問題よね?」
「…ですよね。」
吸収という能力。
それが実在していて、
実用化されている事実に、
大きな興味を惹かれているみたい。
可能であれば教えてもらいたいって思うくらいには興味を抱いてるんじゃないかな?
「それで?理論の解析は進んでいるの?」
…って、聞かれても困るのよね~。
解析の進歩状況を聞かれても、
私としては首を左右に振ることしかできないからよ。
「それが、全然、まったく、意味不明です。」
そもそも前代未聞の能力なんだから。
「研究部門にも調査を頼んでみましたけど進展がありません。現時点では仮説すら立てられないという回答でした。」
だからね。
理解できないのは私だけじゃないのよ。
それなりに頭が良い人達に聞いても分からなかったんだから。
「現時点では何も分からないとしか言いようがありません」
「はあ…。やっぱりすぐには無理なのね。」
理事長は大きくため息を吐いていたわ。
でもまあ、そうなるわよね。
私だって同じ気持ちなのよ。
実現不可能と言われてた分野だし。
吸収の理論に関しては解析どころか理論構築すら分からないというのが実情なの。
「…だけど、不思議な話よね?」
「ええ、まあ…そうですね。」
すでに起きている現象なのに。
それを複数の関係者が確認してるのに。
いまだに理論の糸口でさえ発見出来ずにいるのよ。
さすがにこれは私だけじゃなくて、
沢山の仲間達も頭を抱えていたわ。
だから理事長は唯一の解決策として天城総魔に一番近い私に尋ねてくるの。
「それで?彼は何て言っていたの?」
「総魔ですか?相変わらず詳細に関しては黙秘を続けています。」
こちらから声をかければちゃんと対応はしてくれるから話をしないっていうわけではないんだけどね。
それでもあまり多くは語らない性格なのよ。
「詳しいことはわかりません。」
「…そうなると、直接聞き出すのは難しそうね」
「そもそも理論が分かっても、私達が使用出来るようになるかどうかは別問題ですけど…。」
「そうなのよ。問題はそこなのよね~。」
私の指摘を肯定するように頷いた理事長は再びため息を吐いていたわ。
「う~ん。これまで実現出来なかった技術であることを考えれると、吸収の理論は汎用的な技術ではなくて、特定の才能を必要とする固有能力と考えるべきかしら?」
…たぶん、そうじゃないかな〜。
世界的に見ても。
歴史的に見ても。
他に類を見ない能力だからよ。
『吸収』
その能力の秘密を解き明かせば、
世界中の魔術師に大きな波紋を呼び起こすのは間違いないわ。
だけど。
これまで存在しなかった技術だからこそ、
誰にでも使える理論だとは思えないの。
もし仮に理論構築が理解できたとしても、
特別な才能がなければ使えないんじゃないかなって思っているのよ。
…って、こんなに他人のことを考えることってなかなかないわよね?
自分でも驚くほど天城総魔という存在に興味を惹かれてると思うわ。
「まあ、現時点では難しいとしても…今後はなんとかなりそうなの?」
これからの努力で事態が好転するかどうかということ?
かなり難しい注文をしてくる理事長だけど。
「いえ…。」
少しだけ悩みつつも否定しておくことにしたわ。
「正直に言ってこれ以上の調査は無理だと思います。解析部門でさえお手上げと判断した情報を私が調べられるとは思いませんから」
…それに、ね。
「そもそもの前提として、総魔はすでに私達の実力を上回っている可能性もあると思います。」
「…は?…えっ?…ど、どういうこと?」
はっきりと告げたんだけど理解してもらえなかったわ。
戸惑いを隠しきれずに目を丸くしていたのよ。
…と言っても。
私の言った言葉が分からなかったわけじゃないと思う。
そうじゃなくて、
頭では理解しているのに、
心の中ではありえないと思う気持ちがあったのかもしれないわ。
滑稽だと思えるくらい、
はっきりと驚いているのが分かるくらいに動揺していたのよ。
「どう、と聞かれても困るんですけど、そう思うだけです。」
「ええ~っと…。」
すぐに思考を整理しようとしても思うように頭が回らないみたいね。
それくらい私の発言は理事長の予想を大きく上回るものだったということよ。
「…翔子はどう判断しているの?」
何とか口に出したその言葉は微かにだけど震えているように思えたわ。
別に怯えてるわけじゃないでしょうけど。
まだまだ考えが上手くまとまらない感じかな?
…私としても、どう答えればいいのか分からないけど。
「あくまでも私の個人的な見解ですが、おそらくは…」
一旦言葉を切ってから、
意を決して真剣な面持ちで言葉を繋げてみる。
「今はまだ可能性であって確信ではありませんが、おそらく天城総魔は単なる魔術師ではなくて、魔導師。魔法の使い手であると思っています。」
「…あ~。うん。まあ、そう…思える、わよね…?」
戸惑いながらも小さく頷いてた。
その可能性はちゃんと考えてたみたい。
そしておそらくそのはずだとも考えていたと思うわ。
「本人はいまだに実力を隠して行動しているので正確なことは分かりませんが…。」
今までの行動から推測して判断すると。
魔力の総量はともかく、
技術は私の理解を遥かに越えているわ。
「現状、単純な力比べであれば遅れをとる事はないと思いますが、今後の成長次第ではそれすら敵わないかも知れません。」
一応ね。
言葉を選びながら話したつもりよ。
現時点ではまだ余裕をもって対処できる自信があるから、恐れる理由はないわ。
だけど、今後の成長次第では立場が
逆転する可能性は十分にあると思うの。
それに。
単純な試合じゃなくて、
もっと命がけの戦いを想定するなら
現時点でもすでに負ける可能性はあると思ってる。
…だからもしも試合じゃない本気の戦闘になったとしたら?
技術面では負けてるわけだし、
勝てるかどうかは正直に言って自信がないわ。
「試合場では勝てると思いますが、それ以外の場所で戦闘になった場合は勝てないかもしれません。」
「………。」
正直に答えたからかな。
理事長は静かに唇を噛み締めていたわ。




