もう一人の天才
「試合、始めっ!!!」
「…嫌な予感しかしないわね…。」
開始の合図に即座に反応して魔術の詠唱を始める絹川さんだけど。
たぶん絹川さんも気付いてる。
相手が御堂先輩だって気づいているのよ。
…だって当然よね。
御堂先輩の名前を聞いて気づかないなんてありえないわ。
この学園で一番有名な人なんだから。
目の前にいる人が学園最強の生徒だって気付いているはずなのよ。
…先輩が相手なんて、恐怖でしかないと思う。
嫌な予感どころか敗北する未来しか見えないって、
私だって思うんだけど。
先輩は堂々とした態度で絹川さんを見つめてた。
動き出す気配すらなくて、
魔術の詠唱さえ行わなかったのよ。
…動かないの?
先輩は何を考えてるのかな?
絹川さんも眉をひそめながら先輩を見つめてる。
それでも僅か数秒で魔術を完成させた絹川さんは、
何もしない先輩に向けて魔術を発動させたのよ。
「フレア・ウェーブ!!!」
私にとっては圧倒的な威圧感を放つ炎の壁。
さすがにこれは回避出来ないわ。
上空まで届く炎の壁は死の宣告に等しい絶望でしかないから。
私なら何も出来ずに終わってしまう。
そう思うほどの炎が絹川さんの目の前に発生して、
先輩に向かって波のように襲い掛かったのよ。
押し寄せる炎の波。
それでも先輩は動じない。
ただゆっくりと右手を差し出しただけで、
それ以上の行動は見せなかったのよ。
…飲み込まれる!?
先輩に迫る炎の波が先輩の体を飲み込もうとしたその瞬間に。
…えっ!?
先輩は少しだけ…。
本当に軽く腕を振ったのよ。
まるで虫を追い払うかのような小さな動きだったわ。
ただそれだけの動きなのに。
ただそれだけの動きで、
炎の波があっさりと引き裂かれてしまったの。
…嘘でしょ?
素手で魔術を掻き消すなんて。
…意味がわからない。
先輩がどんなに凄いとしても、
さすがに理解できない現象だったわ。
一瞬にして消失した炎。
ただ腕を振っただけなのに。
何の魔術も発動していなかったはずなのに。
それなのに絹川さんの魔術はあっさりと消滅してしまったのよ。
その事実に驚き戸惑う絹川さんに先輩が話し掛けていたわ。
「降参するのなら攻撃しない。」
脅迫としか思えない宣言。
だけどそれは相手を見下すというよりも、
先を急いでいるような感じかな?
何となくなんだけどね。
焦っているような感じがしたの。
それでも警告の効果は十分すぎるほどあったと思う。
今の一言で戦闘意欲を失ってしまった絹川さんは圧倒的な実力差を受け止めて静かに敗北を宣言したのよ。
「…棄権するわ」
「試合終了!!」
抵抗を諦めた絹川さんが棄権したことで新たな番号を手に入れた先輩は足早に会場を去ってしまったわ。
…結局ね。
話しかける勇気どころか、
その時間さえなかったと思う。
…まあ、それは良いんだけどね。
そもそも話しかけるつもりはなかったから、
先輩が行ってしまったのは良いんだけど。
「………。」
あとに残された絹川さんは遠くからでもはっきりと分かるくらい体が震えていたわ。
…そうなるよね。
先輩の名前は知ってたと思うし。
元学園1位の生徒に勝てるわけがないと思う。
だから負けるのは仕方がないと思うのよ。
だけど。
何もできずに敗北を受け入れるしかないなんて、
そんな現実は誰だって見たくないと思うわ。
…そんなの、私だって嫌。
だから悔しい気持ちはわかるし、
怖かっただろうなっていう気持ちも分かる。
でもね?
だからと言って彼女を可哀相だとは思わないわ。
それが『戦い』で、
私達はそういう試合をしてるんだから。
誰かが勝てば、誰かが負けるの。
そういう試合をしてるんだから、
これは仕方がないことなのよ。
誰も先輩を責めることなんて出来ないの。
みんなそうやって戦い続けているんだから。
だから彼女の敗北は彼女の責任だし。
同情なんて必要ないと思う。
そう思うから。
絹川さんから視線を逸らして出口の方角に視線を向けてみた。
…だけどもう。
もうすでに先輩の姿は見えなかったわ。
たぶん、次の会場に向かったんだと思う。
圧倒的な実力を見せ付けて立ち去った先輩は
ついこの間までとは全く違う雰囲気を持っていた気がする。
…だからきっと。
先輩は『自分の力』に気付いたんだと思う。
今の試合で見せた力はその片鱗なんだと思うの。
私とは次元の違う能力。
あっという間に上へと突き進んでいく先輩が素直に凄いと思ったわ。
天城総魔に対抗出来る『もう一人の天才』が頂点を目指して戦い続けているのよ。
私もそんなふうに戦えればいいのに、って思うけれど。
現実はそうそう上手くはいかないことも知ってる。
今もまだ震える絹川さんと同じように、
私も怯えながら見上げることしかできない立場だから。
だから先輩のようにはなれない。
そのことを理解してるから、
天才になろうとも思わない。
凡人には凡人の。
落ちこぼれには落ちこぼれの。
雑魚には雑魚の戦い方があるから。
だから私は自己嫌悪に陥りそうになる心を無理矢理奮い立たせて、
自分のやるべきことに立ち向かう決意を固めるしかないの。
必ずみんなに追いついて見せる!!ってね。
ただそれだけを願い続けることしか出来ないの。
…だから。
御堂先輩。
そして優奈も。
みんな待っててね。
…必ず。
必ず追いかけるから!!




