特例
《サイド:深海優奈》
会場内に入った私と総魔さんは、
まっすぐに受付へと向かいました。
ですが。
この会場に所属する生徒数が少ないせいか、
他の会場に比べるとかなり小さめの受付です。
他の検定試験会場では10人くらいの係員さんが受付をしてくれていたのですが、
ここには2人しか係員さんがいません。
それでも順番待ちの長蛇の列ができるということはなさそうです。
開場と同時に一斉に生徒さん達が受付に向かっていきましたが、
その人数は20名ほどですから。
試合は二人一組なので、
実際の受付は半分の10人ほどです。
その10人が2箇所に分かれて手続きを行うとすれば受付の待ち時間はたった5人分です。
一人の受付時間は早ければ1分ほどですし。
対戦相手に悩んでも2、3分程度だと思います。
ですので。
実質10分もあれば受付の待ち時間はなくなることになります。
そのため。
この会場だけは受付が小さいようでした。
そして現在。
受付付近には私と総魔さんを含めて10人程の生徒さんがいます。
ここにいない他の生徒さん達はすでに試合場の方へと移動しているようですね。
「これからすぐに試合を始めるんですか?」
「…いや、どうだろうな。どの程度の生徒が集まっているかにもよるからな。確認してみなければ何とも言えない。」
…あ~。
そうですね。
確かにそうかもしれません。
いきなり一桁の方と戦うのはどうかと思いますし。
かといって90番台だとあまり成績が伸びません。
総魔さんならいきなり一桁でも平気かもしれませんが、
私としてはもう少し試合を経験してから進んでいきたい気がします。
「それじゃあ、まずは名簿の確認ですね。」
「ああ、そうだな」
総魔さんと話し合いながら受付に向かうと、
すぐに昨日のお姉さんが私達に声をかけてくれました。
「…あ、お待ちしていました。」
話しかけてきたお姉さんに視線を向けた私と総魔さんはほぼ同時に足を止めました。
「手続きの前に少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「…あ、はい。」
もちろん断る理由はありません。
優しく微笑んでくれるお姉さんに一礼してから、
お話を聞かせていただくことにしました。
「お願いします…。」
「はい。それでは…」
返事をしたのは私ですが、
お姉さんは総魔さんを見つめながら話し始めます。
「まず、天城総魔さんに関してですが、条件付きで試合の許可が下りることになりました。」
「どんな条件だ?」
「こちらをご覧下さい。」
総魔さんが聞き返したことで、
お姉さんは一通の書類を差し出しました。
「………。」
書類を受け取った総魔さんが内容を確認しています。
その横から私も書類を覗き込んでみました。
『特例』と記された書類には、
総魔さんの試合に関する条件が書き連ねられているようです。
「そこにも書かれていますが、天城さんに関しては事前告知を前提とさせていただきます。『必ず1時間前』には受付を行ってください。試合そのものは1時間以上の時間を置いてからならいつでも行うことが出来ます」
「その程度なら構わないが、時間を置くことに何の意味がある?」
「招集です。天城さんの試合において被害を最小限に留める為に、学園の総力をあげて結界を発動させます。その為の準備と思って頂いて構いません。」
「なるほどな。結界の準備時間として事前告知というわけか。」
「はい。そうなります。御協力、お願いできますでしょうか?」
「ああ、この程度なら問題ない。」
「そう言って頂けると助かります。その代わりと言っては何ですが、天城さんには選択権が与えられます。」
…選択権?
初めて聞く言葉です。
どういう意味があるのでしょうか?
「あ、あの…選択権って何ですか?」
聞き慣れない言葉なので、
ついつい聞き返してしまいました。
「言葉通りだと思っていただいて構いません。学園に在籍する全生徒に対する指名が認められます。つまり、この会場に『いる』『いない』に関係なく、天城さんが戦いたいと思う生徒がいれば私達の方で手配をして呼び出しますので、相手と時間さえ指定していただけましたらいつでも試合を行えます。」
うわ~。
すごいですね。
何時でも誰でも指名出来るというのはかなり凄いことだと思います。
…それなのに。
「凄いですね。」
「…ああ、そうだな。」
私の考えに反して。
総魔さんが喜んでいるようには見えませんでした。
何か不満でもあるのでしょうか?
時間を指定しなくてはいけないのは少し面倒かも知れませんが、
逆にいえば時間さえ指定すれば何時でも誰とでも試合が出来るということです。
今から1時間後なら10分毎の連戦だって出来ると思います。
そう考えれば便利な条件だと思うのですが。
総魔さんにとっては違うのでしょうか?
「…何か不満でもあるんですか?」
尋ねてみたのですが、
総魔さんは首を左右に振っていました。
「いや、条件自体に問題はない。だが、俺が戦いたいと思う生徒がいつここにたどり着くか分からないからな。」
「あっ…。」
総魔さんの言葉を聞いてようやく気付きました。
言われてみれば確かにそうです。
今は選ぶ意味がないんです。
現在1位の方はまだ医務室にいるそうです。
以前、総魔さんと試合をしてからずっと医務室で眠っているそうです。
ですから、指名しても戦えません。
学園2位の常盤先輩は指名出来ますけど…。
他は難しいですね。
御堂先輩はまだここを目指している途中ですし。
美袋先輩も同じです。
指名出来る状況ではないんです。
いつ来るか分からないのに、
時間だけ指定するわけには行きませんよね?
そうなると必然的に、
ただ『待つ』しかないということになるのですが。
それだとせっかくの選択権も無駄になってしまいます。
そう考えるとあまり意味のある権利とは思えませんね。
「どうするんですか?」
尋ねる私に向けて、
総魔さんは小さく微笑んでくれました。
「しばらく試合が出来ないのなら、今は優奈を優先すればいい」
「私、ですか?」
「ああ、そうだ。優奈は上を目指せ。俺と戦えるようにな。」
………。
………………。
………………………。
…えっ?
総魔さんと戦う!?
…って!?
え~~~~~~~~~っ!?
今の今まで、気付いていませんでした。
考えればすぐに分かることなのに、
全く考えていなかったんです。
ですが。
その可能性も考えるべきでした。
頂点を目指すということは当然それは総魔さんとも戦うということです。
全くと言って良いほど、
何も考えていなかったのですが。
どちらが強いかをはっきりさせなければ、
総魔さんが1位であることを証明することはできません。
…それはわかるのですが。
で、でも~。
私が…総魔さんと…戦う?
そんなことは想像も出来ません。
「総魔さんと戦うなんて…」
無理です。
勝てるわけがありません。
「わ、私には無理です…っ。」
「無理だと思えばそれまでの話だ。」
「…う…っ。」
拒絶してしまったことで、
総魔さんの表情がきびしくなった気がしました。
「…お、怒って…ますか?」
いつまでも情けない私を見て怒らせてしまったのかと思ったのですが。
どうやらそうではないようです。
…いえ。
違いますね。
きっとこれはそれ以前の問題です。
「優奈がどう思うかは自由だ。無理に強制するつもりはないからな。だが、自分の力と向き合えないようなら俺が手を貸す理由もない。ただそれだけのことだ。」
怒る怒らない以前に、
興味がないと思われかけているのです。
「あ…う、う…。」
この状況はよくありません。
せっかくここまで頑張ってきたのに。
せっかく総魔さんと仲良くなれたのに。
ここで総魔さんの期待を裏切って呆れられてしまうのは嫌です。
絶対に嫌です。
「私は…どうすれば良いですか?」
「決めるのは自分の意志だ。」
それは、そうなのですが…。
だからといって総魔さんと戦えるかどうかは別問題だと思います。
「わ、私は…」
「優奈。お前は言ったな?」
「…え?」
「自分の力が知りたいと言っていたはずだ。」
「そ、それは、その…」
確かに言った覚えがあります。
初めて総魔さんと出会った日に。
翔子先輩と試合をして勝ったあの日に。
私は総魔さんに尋ねられました。
『自分の力が何なのか、知りたいと思うか?』と、聞かれたんです。
その時に私は控えめに答えました。
『はい。もしも出来るのなら…』と。
知りたいと願ったんです。
「ちゃんと…覚えています。」
「そうか。だったらもう一度だけ言っておく。その気があるのなら力を貸そう。だが、その気がないのなら俺が手を貸す理由はどこにもない。」
…う、うぅ。
総魔さんの表情が、
どんどん冷たくなっていくような気がします。
たぶん今ここで。
私の返事次第で。
総魔さんは私を見限ってしまうと思うからです。
そんな雰囲気を感じてしまいました。
…だから。
だから、嫌だとは言えません。
総魔さんと戦いたくないとは言えません。
…ですが。
それでも。
総魔さんと戦うことは考えられません。
それが私の本心なんです。
「今でも…。今でも私は私自身のことが知りたいと思っています。」
本当に思っているんです。
嘘なんかじゃないです。
本当に思っているんです。
「…でも、だからと言って総魔さんと戦いたいなんて思いません。そんなふうには…思えないんです…っ。」
総魔さんが怖いとかそういうことではありません。
ただ、総魔さんとは戦いたくないと思うんです。
傷つけあうなんて、したくないんです。
「総魔さんとは戦いたくありません。私はただ…自分に何ができるのか、何のために吸収という能力があるのかを…知りたいだけなんです。」
私はただ、私を知りたいだけなんです。
それだけなんです。
「…それでは、だめですか?」
私は私の想いを打ち明けました。
もしもこの答えが間違っているのなら、
総魔さんに見捨てられても仕方がないと思います。
ですが。
それでも総魔さんには理解してもらいたいと思ったんです。
「こんな私では…ダメですか?」
総魔さんの期待には応えられないかもしれません。
それでも今はこれが精一杯なんです。
これが私の気持ちなんです。
「知りたいと思うだけでは…ダメですか?」
もう一度問いかけてみると。
総魔さんはいつもと同じように、
少しだけ微笑んでくれました。
「だったら行ってこい。そして自分自身の力と向き合ってくることだ。」
…え、っと。
自分自身の力と向き合う?
それはどういう意味でしょうか?
私にはまだ他にも何か出来ることがあるという意味でしょうか?
私の知らない私を…?
その『何か』を総魔さんは知っているのでしょうか?
「私は…どうすれば良いですか?」
「行けば分かる。」
総魔さんは答えを教えてはくれませんでした。
「上を目指して戦えばいい。そうすればいずれ気付く。それまではただ、自分を信じて進めばいい。」
ただ上を目指す。
その先に。
私の知らない何かがあるのでしょうか?
ただただ悩んでしまったのですが、
総魔さんが教えてくれる様子はありません。
…そうしないのはきっと。
何も言わないほうが私の為になると判断したからだと思います。
だから。
だから私は質問をやめました。
そして。
まっすぐに受付に向かって手続きを始めました。
…私の知らない私を知る為に。
そして総魔さんに認めてもらえるように。
…今はただ。
試合に向かうことにしました。




