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THE WORLD  作者: SEASONS
4月3日
35/185

鈴置美春

ようやく第4検定試験会場だ。



ここでの試合に勝てれば2000台の成績が手に入ることになる。


と、同時に。


残る試験会場が3つになるということだ。



…あと少しだな。



あと少しで翔子が所属する最後の会場にたどり着ける。



そのために受付で手続きを済ませてから試合場に向かうことにしたのだが。



「…ん〜。」



当然のように同行している翔子が珍しく険しい表情をしていた。


どう見ても悩んでいる様子だが、

何かあったのだろうか?



「どうかしたのか?」


「…え?あ、ううん。何でもないの。」



何でもないと言いながらも、

首を傾げて何かを考え込んでいる。



「何でもないと言う割には挙動不審だな。」


「ちょっ!その言い方は酷くない?」


「事実だからな。」


「失礼ね〜。ちょっと気になることがあっただけよ。」



…気になること、か。



やはり何でもないわけではないらしい。



「何が気になったんだ?」


「わかんない。」



………。



「言っている意味が分からないな。」


「…だから!何が気になったのかが分からないのよっ!」



………。



今までも翔子の言動には疑問を感じていたが、

さすがに今回は理解不能を超えて奇々怪々だ。



「何が言いたいのか分からないが、どの段階で気になることがあったんだ?」



『何が』気になるのか分からないのであれば、

『どこで』気になったのかを考えるしかない。



「気になったのはいつだ?」


「う〜ん。たぶん…受付、かな?」



だとすれば。


先程手続きをしてきた受付のことだろうか?



「何か問題でもあったのか?」


「ううん…。そういうことじゃなくて…。」



うまく言葉にできないようだが、

受付での出来事の何かが気になっているらしい。



「何て言うかこう…思い出せそうで思い出せない感じ?あるでしょ?そういうことって。」



…まあ、そうだな。



そういう経験は誰にでもあるだろう。



「それで、何かを思い出せたのか?」


「ううん。全然。」



………。



気にかける必要はなかったな。


やはり翔子に関わるのは時間の無駄だったようだ。



「思い出せないのならその程度ということだろう。」


「…なのかな〜?まあ、思い出せないんだから仕方がないんだけど…。何ていうか、後味が悪いというか、微妙な気持ち悪さがあるのよね〜。」



それもよくあることだな。



「そのうち思い出すだろう。」



焦っても解決しないからな。



「…まあ、ね〜。まだちょっと気になるけど…。うん。まあ、いっか。」



ひとまず気にしないことにしたらしい。


結局、何も解決していないが時間を無駄にしたという事実だけは無視できない。



そのせいだろうな。



試合場にはすでに今回の対戦相手である鈴置美春(すずおきみはる)が待っていた。



「ん~?あなたが天城総魔?」


「ああ、そうだ。遅くなってすまない。」


「別にいいわよ。私もさっき来たところだしね。それよりも初めまして、私が鈴置美春よ。学年的には二つ上になるわね。」



今回の対戦相手は二つ上の上級生らしい。


自己紹介を受けたことで制服のリボンを見てみると、

どこかで見覚えのある赤色だった。



…なるほど。



つまり、翔子も学年としては二つ上ということだ。


翔子のリボンも赤色だからな。


年齢的には同年代か一つ下だと考えているのだが、

学年で見れば先輩なのは間違いない。



…こればかりは仕方がないな。



正直に言えばもっと早く入学したかったのだが、

学園に収めるべき入学金の調達に手間取ったせいで入学が遅れたからな。


美春も翔子もほぼ同年代だとは思うが、

入学した時期が異なるために学年に差が出たということだ。



「二つ上か、わざわざ説明するあたり、先輩としての威厳でも語るつもりか?」


「まさか、そんな馬鹿げたことはしないわよ。ただ、あなたの事はこの会場でも噂になってるから自己紹介しただけ。別に他意はないわ。ただ単に、多分、私が選ばれるんだろうな~って思ってたら、本当に指名されたから一応挨拶をしただけよ。」



…ほう。



指名される可能性に気づいていたのか。



「なぜ自分だと思った?」


「傾向と統計ってやつよ。あくまで噂で聞いただけだけど、各会場で一番強い生徒を対戦相手に選んで勝ち進んでいるんでしょ?番号的には私より上の生徒は他にもいるけど、みんな今日はまだ会場に来てないし、現状だと私の上っていないみたいなのよね。」


「それで自分が選ばれると思ったのか?」


「ええ、そうよ。予想通りでしょ?」


「ああ、そうだな。」



美春の予想よそうは間違っていない。


的確な予測よそくだったと言えるだろう。



「…で、さらに聞いた話だと全勝無敗の霧の結界士らしいわね。」



何故か噂が拡大しているようだ。


現状、無敗なのは間違いないが、

知らない間にそんなことまで噂になっているらしい。


だが、肝心の能力に関しては部分的な噂しか流れていないように思える。


霧の魔術に関する噂は聞いているようだが、

翼に関しては聞いていないのだろうか?



「霧の結界士か、間違いではないがそれが全てではないつもりだ。」



霧とは別にもう一つ、翼の魔術があるからな。



「ふ~ん。他にも力を持ってるってこと?」



やはりまだそこまでは聞いてないらしい。



「防御結界だけでは強くなれないだろう?」



翼に関してはまだ情報が流れていないようだが、

わざわざ教える必要はない。



「知りたければ自分で確認しろ」



あいまいに答えてから試合場に歩みを進める。


そして試合が始まるのを待つことにした。



「…う~ん。」



俺の様子をじっと観察していた美春だったが、

これ以上の会話は難しいと判断したのだろうか。


質問を放棄して黙々と試合場の開始位置に進んでいく。



「まあ、貴方の力がどの程度なのかはじっくり見させてもらうわ。」



実際に試合の中で確認する気になったのだろう。


まっすぐにこちらを見つめる美春に緊張している様子はない。


どうやら今までの生徒とは少し違うようだ。


これまでの対戦相手とは違って、

苛立ちを感じているようには見えなかった。


それどころか少なからず友好的な雰囲気が感じられる。



…他の生徒とは違う気がするな。



それが何かは分からない。


はっきりとしたことが言えるわけではないのだが。


今まで出会ってきた生徒達とは明らかに違う雰囲気が感じられる。



…言葉に出来ない違和感、か。



先程の翔子の態度を笑えないな。


同じような心境と言えるからだが、

答えが出ないとしても悩むつもりはない。


聞けば済む話だからな。



「…お前は何も言わないのか?」


「ん?何を?」



微かに感じた疑問を問いかけてみたのだが、

質問の意味自体が理解できなかったらしい。



なるほどな。


そういうところだ。



ようやく違和感の正体に気付けた。



美春が他の生徒とは違う理由。


それは成績の差を全く気にしていないということだ。


これまでの生徒達は良くも悪くも成績の差を口にしてきた。


新入生がなぜここにいるのか?と、

気にする生徒ばかりだった。



だが、美春は違う。



美春はまだ成績に関して一言も口に出していない。



だから、だろうか?


だから、好感が持てたのだろうか。



これまでのような聞き飽きた台詞を口にしなかったから、

これまでの生徒との違いが感じられたのかもしれないな。



「成績が離れていることを指摘しないのか?」



初めて自分からその話題に触れてみたのだが。



「え?ああ、そのことを気にしてたの?それはまあ、別に良いんじゃない?数字は数字でしかないし、実際に今まで勝ち進んでるんでしょ?」



成績差を見下すどころか、

笑顔でこれまでの行動を認めてくれていた。



「負けちゃったらただの馬鹿だけど、実際に勝ち進んでるんだから良いと思うわよ。10番上でも100番上でも、1000番上でもやることは同じなんだし、勝てると思う限りはどんどん挑めばいいんじゃない?」



ずいぶんとあっさり肯定してくれる。


この反応は初めてだな。



「そう言える生徒は今までいなかったな。」


「そうなの?」


「ああ」


「ふ~ん。でもまあ、それが普通なのかしら?」


「だとすれば、お前は普通ではないということだな」


「うわ、それはちょっと傷つくかも…。」


「俺も普通ではないらしいがな」



翔子いわく、異常だそうだ。



「あなたと同じ扱いというのも、それはそれでどうかと思うのよね~」


「不服か?」


「というか…おそれ多い?」


「俺に聞かれても困るな。」


「ふふっ、そうね。」



少し楽しそうな笑顔を見せた美春は、

姿勢を正してからまっすぐにこちらを見つめてきた。



「改めて自己紹介するわね。私は鈴置美春すずおきみはる。この学園で救命きゅうめい医療班いりょうはんの一員として活動してる治癒魔術師ちゆまじゅつしよ」



…救命医療班?



これも初めて聞く言葉だな。



「怪我人の治療でもしているのか?」


「ええ、そうよ。まあ、学園内では救急班って呼ばれることのほうが多いけどね、各会場での負傷者の救助や治療が主な仕事なんだけど、必要に応じて町の病院や福祉施設なんかでも協力したりしてるわ。まあ、分かりやすく言うと保健委員って感じね。」



なるほど。


この学園の治療部門の一員ということか。


その中の救命医療班と呼ばれる部署に所属しているらしい。



「そういう活動もあるんだな。」


「ええ、そうよ。まあ、あなたの場合は別の方面から目をつけられてるみたいだけど…ね。」


「…別の方面?」


「その様子だと何も知らないのね~。」


「どういう意味だ?」


「それはまあ…そのうち分かるんじゃない?」



明確な答えを避ける美春だが、

その視線はこちらではない別の一点に向いている。


視線の先。


そこにいる人物は、俺もよく知る人物だ。



…翔子を見ているのか?



もしそうだとすれば、

美春は翔子を知っているということになる。



…だとすれば、だ。



ここまでの話の流れから推測すると、

美春は翔子がどこに所属する人物なのかも知っているということだ。



とはいえ。


これまでの言動から推察すると話すつもりはないらしい。


その気があるのなら話をはぐらかしたりはしないだろうからな。


おそらく翔子のことを知った上で明言を避けているのだろう。



「まあ、いい。話すつもりがないのなら、無理に聞き出すつもりはないからな。」


「…ごめんね。でも、本当にすぐに分かると思うわよ。隠し通せるようなことじゃないと思うから。」


「それでも話すつもりはないのか?」


「それなりに口は堅いほうだと思ってるの。自分ではね。」


「なるほど。」



余計なことをべらべらと喋るつもりはないということだ。


何処かの誰かとは正反対だな。



「今まで出会ってきたどの生徒よりも好感が持てるな。」


「ん?そう?ありがと。」



俺としては素直に思ったことを伝えただけだ。


その結果として美春は微笑みを見せてくれたのだが。



「…はぁっ!?なんでそうなるのよ〜!!!」



すぐ近くで様子を見ていた翔子は納得できなかったらしい。



「どう考えたって!どう考えたって!!私のほうが友好的でしょ〜〜〜〜〜!?」



試合場の外で叫んでいるが、

疑惑だらけの翔子に好感など持てるわけがない。


信用はできるかもしれないが、それだけだ。


こちらの評価としてはその程度なのだが、

翔子としては不満があるらしい。



「絶対におかしいわよっ!!!」



全力で叫んでいるが、正直に言ってどうでもいい。



「…試合の邪魔だな。」



本気でそう思ったのだが。



「ふふっ、仲が良いわね。」



美春は違う感想を抱いたらしい。



「まあ、幸か不幸かは難しいところだけどね。」



曖昧な評価だ。


これは翔子のことを知った上での発言なのだろう。


少し気になる部分はあるが、

今は聞かないほうが良いだろうな。


聞いても答えない気がする。


不用意な発言はしない相手だ。


だからこそ、初対面だが信用できる。



…今はこれ以上の会話は控えよう。



友好的に接してくれる美春に配慮して、

余計な会話は放棄することにした。



…まずは試合に勝つことが優先だからな。



これから行う試合の手順を考える。


翔子の正体を知るよりも、

美春に勝つことが重要だ。



ただ、礼には礼を返すつもりでいる。



試合での一通りの流れを熟考したあとに、

美春には事前に警告しておくことにした。



「一応言っておく。一撃で沈みたくなければ、絶対に立ち止まらないことだ。」


「…それはどういう意味かしら?」



言葉の内容が理解できなかった美春は微かに眉をひそめている。


謎の警告に対して問い掛けようとする美春だが、

俺が答えるよりも先に審判員が動き出した。



「次の試合もありますので、そろそろ試合を始めさせていただけますか?」



審判員が試合上の中央に入ってきたことで会話を遮られてしまったからだろう。


美春は話し合いを諦めた様子だった。



「まあ、いいわ。」



答えが聞けないまま試合が始まることに少なからず思うことがある様子だが、

今後の試合予定を気にする審判員は試合前の確認すらも省略して問答無用で試合開始を宣言しようとしていた。



「試合、始めっ!!!」



強引に宣言した審判員が即座に後退していく。


その様子を眺める美春は小さくため息を吐いていた。



「う〜ん。色々と気になるけど、とにかく戦ってみるしかないわね。」



気合を入れ直すために試合に集中し始める。


そして魔術の詠唱を開始した。



未だに敵意は感じられない美春だが、

すでに試合は始まっているからな。


こちらも即座に霧の魔術を発動させておく。



「ホワイト・アウト!」



魔術の展開によって霧の結界が発生する。


その直後に。



「エンジェル・ウイング!」



続けて発動した魔術によって光り輝く天使の翼を生み出した。



「これで準備完了だ。」



霧の中心に立つ俺の背に現れた純白の翼に周囲の注目が集る。


そしてその行動は美春も同じだ。


これから何が起こるのかと疑問を感じながらも翼に視線を向けている。



「霧の噂は聞いてたけど、その翼が別の力なの?」


「ああ、そうだ。」


「…へぇ〜。」



美春にとっては初めて見る未知の力だからな。


何が起きるのか気になるのだろう。


翼に視線を向ける美春の表情からは僅かな不安が感じられるが、

現時点ではまだ心配する必要はない。



ひとまず俺から行動する気はないからな。


こちらから仕掛けるつもりはなかった。



「…それで?これから何をするつもりなの?」



魔術を展開しても何もしなかったからだろう。


俺の行動に疑問を感じている様子だが、

その質問に対して答えるべき言葉は一つしかない。



「実験だ。」


「うわ~。意味不明…。」



…だろうな。



理解できないのは当然だ。


説明するつもりはないからな。


だがそれでも、こちらから仕掛けるつもりがないことだけは理解出来たらしい。


翼に対する警戒は続けているが、

無闇に行動することはなかった。



「…何をするつもりか知らないけれど、ただただ嫌な予感がするわ。」


「良い勘だな。」


「それって褒めてないわよね?」


「どうだろうな。」


「うわぁ…。あなたのほうこそ、良い性格をしてるわね」


「そうだな。褒め言葉として受け取っておく。」


「…うぅ~ん。ホントに良い性格をしてるわ。」



少し呆れたような表情を見せてから苦笑する美春だが、

翼が何らかの『実験』に使用されると判断したらしい。



「まあ、嫌な予感しかしないから対処法を考えないといけないわね。」



実験の内容を探る為だろう。


ひとまず簡単な魔術で様子を見る事にしたようだ。



「まずは、様子見かしら?光魔術、サン!!」



これは最弱の光魔術だろうか。


これまで目にする機会がなかった下級魔術だ。



「これならどう?」



仮に直撃しても軽いやけどを負う程度でしかないだろう。


攻撃としての効果は全く期待出来ないが、

だからこそ霧に吸収されたとしても微弱な魔力でしかないからな。


反撃を恐れる必要もないと考えたのかもしれない。



…悪くない判断だ。



美春の予測は正しい。


様子見の一手としては優秀な判断だ。



放たれた小さな光は美春の予測通りに霧に阻まれた。


そして何事もなかったかのようにその姿を消してしまう。



「やっぱり…。」



消失した魔術を見つめていた美春が言葉を発しようとした次の瞬間。



天使の翼が微かに光り輝いた。



「…えっ?」



異変に気付いたようだが、既に手遅れだ。



「…な、何っ!?」



目視出来ないほどの速さで放たれた光によって、

すでに美春の体は撃ち抜かれている。



「何が起きたの!?」



右肩に違和感を感じたのだろう。


その違和感は少しずつ熱を帯びて、

焼けつくような熱さへと変わっていく。



「…え?これって、まさか…?」



何が起きたのかを考えるよりも先に直感的に理解したようだな。


その直感を確かめる為に制服の肩の辺りをずらして自分の体を確かめていた。



「…嘘でしょ?」



驚くのも当然だな。


違和感を感じた右肩。


その一部に小さな火傷があるからだ。



「…いつの間に!?」



火傷を負った右肩を見て言葉を失っている。


とはいえ。


痛み自体は気にするほどではないだろう。


ある程度は予測していたはずだからな。



魔術を奪い取られて反撃される可能性を考慮していたとすれば、

火傷自体は驚くほどではない。


だから美春が驚いたのは攻撃されたからではないはずだ。



単純な反撃ではなく。



『いつ』魔術を発動させたのか?という部分に疑問を感じたからだろう。


様子を見るという目的でしっかりと観察していたからな。


俺が何もしていないことは知っているはずだ。



そしてそれは間違いではない。


事実として俺は何もしていないからな。


もちろん事前に魔術を発動していたわけでもない。



だからこそ美春は断言できるはずだ。


俺は何もしていない。


それだけは自信をもって言いきれるはず。



だとしたら、なぜ攻撃されたのか?



その理由が分からずに困惑しているということだ。



「どういうからくりなのかは分からないけれど、実験と宣言していたからにはアレが原因なんでしょうね。」



事実はともかく、

翼が原因だと考えたのだろう。


だがそれとは別に、

不可解な疑問も感じている様子だった。



…当然だな。



美春が放った光魔術は目で識別できる程度の形を持っていた。


それなのに。


美春が受けた魔術は全くと言っていいほど認識出来ていなかったからだ。



いつ?


どのように?


魔術が使われたのかが理解出来ていなかった。



「分からないことが多すぎるわね。一体、何をしたの?」



戸惑う様子の美春だが、

説明するつもりはないからな。


代わりにもう一度だけ警告しておくことにした。



「わざわざ手の内を明かすつもりはないが、もう一度だけ言っておく。一撃で沈みたくなければ、決して立ち止まらないことだ。」


「………。」



再び告げた警告によって沈黙してしまった。


会話が成り立たないというのも理由の一つではあるだろう。


だがそれ以上に。


自分の考える常識が通じないのではないかという疑惑が、

恐怖という形で美春の心を塗りつぶそうとしているからだ。



「噂以上のばけものね…。」



恐怖を感じているのは見れば分かる。


微かに身体を震わせているからな。


必死に気持ちを落ち着かせながら、

逃げるように距離をとり始めている。


そして互いの距離を計りながら再び攻撃を仕掛けてきた。



「ファイアー・ボール!!」



もう一度様子を見るために撃ち出したのだろう。


放たれた炎の玉は霧の結界に阻まれてあっさりとその姿を消してしまった。


その直後に。


天使の翼が光を放ち、

美春の前方に炎の玉が現れる。



「…くっ!」



魔術が打ち返されることを想定していたのだろう。


今回は辛うじて回避が間に合ったようだ。



それでも運良くと表現すべき状況でしかないが、

慌てて飛び退いた前方に着弾した炎の玉は、

先程まで美春が立っていた場所で炎上して大きな火柱を生み出した。



「う、わぁ…。」



恐怖で顔が引きつっているが、

これも当然の反応だろうな。


直前まで自分がいた場所に火柱が立つという光景を目の当たりにしているからだ。


言葉に出来ない恐怖を感じるのも当然だろう。



「な、何よこれ…。攻撃を仕掛けても跳ね返されるのなら、手の出しようがないじゃない…っ。」



今回は危機を感じて後退していたから被害を免れたが、

もしも足を止めていたら炎の直撃を避けられなかっただろう。


事前に忠告があったから助かったとも言えるが、

そうでなければ今頃は炎の中にいたはずだ。



「…こ、こんなの、どうすればいいのよ?」



震える声と震える体。


怯える美春が少し哀れに見えてしまう。



…恐怖か、絶望か。



どちらにしても。


生まれて初めて戦慄という言葉を実感したのだろう。


今でははっきりと見えるほど体を震わせている。



「でも、だから、これが…?」



実験だと理解したようだな。


美春は翼の実験が行われると思っていたようだが、

それが勘違いだったと気づいたのだろう。



あえて何も言わなかったが、

そもそもこの実験は霧や翼がどうこうという話ではないからな。



『美春自身』が実験台だったと理解したはずだ。



「こ、こんなの、無理よ…っ!!」



まだ俺の翼がどういう原理なのか調べてみたいと思う気持ちも残ってはいるだろう。


だが今は探究心を塗りつぶすほどの恐怖が美春の心を埋め尽くしてしまっている。



…ここまでか。



自分では勝てないと一度でも思ってしまったら立ち直るのは難しいからな。


恐怖に押し潰されそうな心を理性で支えようとしているのは分かる。


だがそれでも。


体の震えが収まらず、

全くいうことを聞かない様子だった。



「これが…恐怖、なの?」



震える唇を微かに開き、

静かに俯き、

その場にしゃがみ込んでしまった。



「も、もう、無理よ。私の負けを…認めるわ…。」



試合時間はわずか数分の出来事だった。


その短時間の試合の結果として。


美春は心に大きな傷を残し、

戦う気力を失い、

落ち込んでしまっている。



「こんなの…勝てるわけがないじゃない…っ。」



圧倒的な実力差と言えば聞こえは良い。


一歩的な展開で敗北するなら諦めることもできるだろう。



だが実際には戦いにすらなっていなかった。



未知の力に対する恐怖と絶望を感じて、

心が折れてしまっただけだからだ。



「こんなの…無理よ…っ。」



激しく落ち込む様子の美春だが、

今までにも試合で負けたことは何度もあるはずだ。


だから敗北が理由で落ち込んでいるわけではないだろう。



…問題は負け方だ。



全力を尽くして負けるのであれば現実と向き合うことができる。


悔しさはあるだろうが、

嘆く必要はない。


そこで諦めるか、

もう一度立ち向かうかを選ぶことが出来るからな。



だが今回は違う。



戦う前に諦めてしまったからだ。



これまでの試合において、

負けた事はあっても逃げだしたことはなかったのだろう。


もしかしたら戦いを恐れて逃げ出したのは初めてだったのかもしれない。


それほど、戦うことが恐ろしかったということだ。



「…勝てるわけが、ない…っ。」



立ち上がる気力さえ持てずに怯えて震える姿を不憫に思ったのだろうか。



「…試合終了!!」



審判員は早々に試合終了を宣言した。


その結果として今回の試合も勝利で終わった。



生徒番号、2010番獲得。




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