伝言
食事を始めてから20分ほどが過ぎたでしょうか?
結局、私と総魔さんは特に会話もないまま夕食を終えてしまいました。
総魔さんと二人きりでいると緊張してしまうのですが、
だからと言って嫌だとか辛いとかは思いません。
何となくですが、
居心地は良いと思います。
特に何かあるわけではないのですが、
見守ってもらえているようなそんな感じがするからです。
だからでしょうか?
心臓の鼓動がいつもよりも早く感じて、
何故か落ち着かなくなってしまいます。
ですがそれは決して嫌な感情ではなくて。
不思議と心は落ち着けるというか。
ドキドキしながらもこの時間が長く続くことを願う私がいるんです。
自分でも良く分からない感情でした。
今まで感じたことのない感覚だからです。
こういう気持ちは、
どう表現すればいいのでしょうか?
よくわかりませんが、
とても幸せな気はします。
「…あの、その、食器、片付けてきますね!」
あたふたと慌てる私を見て、
総魔さんが微笑んでいるような気がしました。
…あうぅ。
恥ずかしさのあまりに更に緊張してしまいます。
どうしてでしょうか?
総魔さんと目が合うだけで顔が真っ赤になってしまいます。
はうぅ~。
逃げるように食器を持って、
総魔さんから離れました。
そしてガチャガチャと音をたてながら食器を運んでいたのですが。
「…優奈ちゃん。」
どこからか私に呼び掛ける人がいました。
「優奈ちゃん。」
「え?」
キョロキョロと周囲を見回して声のした方向を探してみると。
すぐ後ろにいる先輩の姿が見えました。
「美袋先輩!」
私に呼びかけていたのは美袋先輩のようです。
「ふふっ。翔子でいいわよ。」
笑顔を浮かべながら、
翔子先輩は私の手から食器を受け取ってくれました。
「私も手伝うわ。」
「あ、いえ、でも…っ。」
「いいの、いいの。」
笑顔を浮かべているはずの翔子先輩なのですが、
なぜか今までと雰囲気が違うように思えます。
何かあったのでしょうか?
気になりましたが。
私が尋ねる前に。
「優奈ちゃん。一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
翔子先輩は食器を片付けながら話しかけてくれました。
…翔子先輩が私にお願い?
何だか突然過ぎて、無意識のうちに頷いていました。
「…えっと?は、はい。何でしょうか?」
「総魔にね。天城総魔に伝言してほしいの。」
…伝言?
よくわかりませんが。
総魔さんに話があるのなら、
私じゃなくて直接伝えたほうがいいと思います。
「総魔さんなら、すぐ向こうに…っ。」
総魔さんがいる方向に指を差そうとしたのですが。
「…ううん。いいの。」
翔子先輩は視線を向けようとはせずに首を左右に振りました。
「優奈ちゃんにね。お願いしたいの。」
笑顔の奥。
その瞳の奥に。
何か言葉にできない想いのようなものを感じました。
「…私で、いいんですか?」
「ええ、お願いできるかな?」
翔子先輩に何かあったのでしょうか?
戸惑ってしまいますが、
断れる雰囲気ではなさそうです。
「は、はい。私でよければ…。」
「うん。ありがとう。」
お礼を言ってくれた翔子先輩は、
とても素敵な笑顔を見せてくれました。
それは同性の私から見てもとても綺麗で、
いつまでも見とれてしまうような素敵な笑顔でした。
「それじゃあ、お願いね。」
翔子先輩は私の手を握りしめてから『伝言』を話し始めました。
「総魔に伝えてほしいの。『私も私の道を歩く』ってね。ただそれだけ、それだけでいいの。」
『私も私の道を歩く』と、
翔子先輩は口にしました。
その言葉の意味は私には分かりませんが、
何故かとても大事なことのように感じます。
それはまるで、
御堂先輩と別れた時のようだからです。
「伝えてもらえるかしら?」
「あ、はい!必ず!」
「うん。ありがとう優奈ちゃん。それと…」
翔子先輩はそっと頭を下げました。
「ごめんね。」
「…えっ!?」
一瞬戸惑いました。
先輩が謝るなんて考えていなかったからです。
「何が…?」
聞き返そうと思ったのですが。
その前に翔子先輩は顔を上げて、
さきほど以上の最高の笑顔で微笑んでくれたんです。
「次に会う時は負けないからね♪」
負けない?
どういう意味でしょうか?
詳しい説明は何もせずに、
翔子先輩は人込みの中へと消えてしまいました。
私は一人だけ残されてしまったんです。
翔子先輩が何を伝えたかったのかは分かりません。
ですが、何故か。
もう二度と翔子先輩に会えないような。
そんな不安を感じてしまいました。
「翔子先輩…?」
取り残された私は不安と戸惑いを抱えながらも、
総魔さんの所へ戻ろうと思って振り返りました。
ですが、その瞬間に。
…うわわわっ!
びっくりしすぎて心臓が止まるかと思いました。
「そ、総魔さん!?」
私の背後に、いつの間にか総魔さんが近付いていたからです。
「あ、あの…!」
翔子先輩と出会ったことを。
伝言を預かっていることを話そうとしたのですが、
総魔さんは何も聞かずに小さく首を振りました。
「分かっている。」
その一言で、先輩との会話が聞こえていたのだと気付きました。
「あ、あの…っ!」
追い掛けた方がいいのでは?
そう言おうと思いましたが、
思い止まりました。
翔子先輩は総魔さんに会いたくないって気付いたからです。
だからあえて私に伝言をお願いしたんです。
翔子先輩に何があったのか分かりませんが。
何かを決意して行動することを決めた翔子先輩を追い掛ければ、
せっかくの先輩の気持ちを台無しにしてしまうかもしれません。
「…総魔さん。」
「ああ、分かっている。」
再び頷いた総魔さんは、
翔子先輩の気持ちを察して何か考えている様子でした。
「翔子も自分の意思で立ち上がることを決めた。おそらくはそういうことだ。」
「自分の意思、ですか?」
「俺や優奈とは違って翔子はまだ自分の力に気付いていないからな。だから悠理と同じように、自分の存在が足を引っ張るようなことにはなりたくないと判断したのだろう。」
悠理ちゃんと同じように?
その言葉で、
翔子先輩が頭を下げた理由に気付きました。
私と悠理ちゃんを引き裂いたこと。
そのことを翔子先輩は悔やんでいるのかも知れません。
「御堂、翔子、悠理。それぞれに進むべき道がある。」
「…はい。」
「挫折して諦めるのか?それとも諦めずに立ち上がるのか?それが俺達との分岐点と言えるだろうな。」
挫折か再起か。
御堂先輩と翔子先輩は決断しました。
悠理ちゃんは、どうしているのでしょうか?
同じ学園にいながら、
私達は別々の道を選びました。
二度と会えない訳ではありませんが、
それでもたぶん私達が出会うことはないと思います。
例え出会っても関わることのない存在になってしまったんです。
次に私達の道が繋がるのは…皆が頂点を目指す時です。
そのことを。
私はようやく理解しました。




