ジェノス魔導学園
《サイド:米倉美由紀》
さて、と。
入学式の話の前に、
まずはこの町の説明を続けるわね。
とても大事なことだから。
覚えておいて欲しいとは言わないけれど、
知っておいて欲しいとは思うの。
いずれ思い出す日が来ると思うから。
きっとその日は訪れてしまうから。
だから知っておいてほしいの。
魔導学園の存在意義を、ね。
まず最初に知っておいてほしいのは、
共和国では国内にある全ての町で魔術師の支援組織である魔術師ギルドと魔術師の育成を行う魔導学園を抱えているということよ。
これは私が治めている港町ジェノスも同様で、
共和国最大規模の巨大学園を自治しているの。
まあ、自治って言っても国家としてはまだまだ弱小の発展途上国だから税金の徴収には限りがあるけどね。
それに各街の発展はそれぞれの町ごとに行うという大原則があるせいで、
あまり資金が豊富なわけでもないわ。
それでもね。
後世の育成という目的を担って、
学園の運営は各町に任されているの。
そういう場所だからこそ。
魔術を極めようとする人達にとって魔導学園は一種の聖地と言えるでしょうね。
共和国の各地から優秀な魔術師が教師として集まるし。
ありとあらゆる魔術と魔法の技術が混在してる。
50年に及ぶ豊富な知識と経験が蓄積してる場所なのよ。
今では大陸中にひっそりと設立されている魔術師ギルドだって、
各学園を卒業した魔術師達が各地に拠点を広げるために共和国から各国へ進出していったという経緯があるわ。
まあ、非公式だから知名度はないし、
隠れ潜んでいるような状況ではあるんだけどね。
とても重要な存在なの。
学園は魔術師を育成して。
育った魔術師の一部が魔術師ギルドに所属して。
ギルドは各国で難民となっている魔術師を保護して共和国に集める。
そうして集まった魔術師は学園で成長して、
再び各国に進出して難民となっている魔術師を呼び集める。
その繰り返しによって共和国は勢力を拡大しつつ、
行き場のない魔術師達を保護してきたの。
もちろん全ての魔術師が魔術師ギルドに所属してるわけじゃないけどね。
学園を卒業したからといっても、
絶対にこうしなければいけないっていう決まりはないから、
どういう人生を歩むのかは個人の判断になるわ。
それでもまあ、大抵の場合は4つの選択肢に分かれるかしら?
一つ目は魔術師ギルドに所属して国外の拠点を広げたり、
国内の各種研究機関に協力したりする密偵のような立場ね。
二つ目は冒険者ギルドに所属して各種依頼を請負いながら他国から物資を調達したり、
国内の危険地域を調査したりする何でも屋とでも呼ぶべき仕事につく人もいるわ。
…ん?
魔術師ギルドと冒険者ギルドは何が違うのかって?
そうね~。
二つのギルドの違いは国営と民間企業と言えば分かるかしら?
魔術師ギルドは共和国が運営していて、
国の発展を目的としているの。
基本的には魔術師の育成と保護ね。
各学園の教員も魔術師ギルド所属ということになるわ。
わかりやすく言うなら公務員ってこと。
だけど冒険者ギルドは民間の経営で個人的な依頼や任務を解決することを目的としているの。
物資の調達とか盗賊退治とかもそうね。
だから何でも屋とも言われるんだけど、
国が経営してるわけじゃないから比較的自由度は高いと思うわ。
上からの命令で動くんじゃなくて自分のやりたい仕事を選べるから。
どちらが良いとは一概には言えないけれど、
どちらも必要な組織なのは間違いないでしょうね。
で、三つ目の選択肢として共和国の軍に所属する人もいるのよ。
これはもう完全に国の組織になるわ。
非公式とは言え国内外を自由に活動する魔術師ギルドとは違って、
軍の活動範囲は完全に国内に限定されているからよ。
まあ、下手に国外に出ようものなら侵略とみなされて攻撃されてしまうからでもあるんだけど。
国の安全のために保持している部隊なの。
もののついでに説明すると。
共和国の軍は大別して3つの組織に分かれているわ。
陸軍と海軍と国境警備隊の3つなんだけどね。
基本的には陸軍が国内の治安維持部隊として活動していて、
他国からの諜報員を強制送還したり、
各町の治安向上に努めているの。
海軍は周辺海域を守りながら他国からの難民の保護をしたり、
海賊を撃退したり、
漁業に協力したりしているわ。
そして最も危険な地域を担当しているのが国境警備隊よ。
これは陸軍にも海軍にも属さない独立組織で、
有事の際には独自の判断で行動することが認められている共和国の最前線部隊になるわ。
他国からの攻撃に対して真っ先にぶつかる部隊だから危険度は最大級。
だからこそ戦闘技術に特化した精鋭部隊としてその名を周辺各国に轟かせてもいるの。
それら3つの部隊が共和国の保有する軍事力なんだけど。
一応、公式では全て合わせると10万を超える大部隊になるって発表しているわ。
ちょっぴり…と言うか、
結構多めに見積もって公表してるのは内緒だけどね。
馬鹿正直に人数が少ないです、なんて言えるわけがないし。
数を水増しするのはどの国でも常套手段だと思うわ。
それでもまあ、ざっくり計算して国民の十人に一人が軍の関係者って感じかしら。
その全てが魔術師というわけではなくて、
物資運搬用の一般人も含んでるんだけどね。
ただ実際に全部隊を動員しようと思ったら資金的な問題で国内の経営が傾くと思うわ。
今のところそれほど大規模な戦闘が起きたことはないから全部隊を動員する必要性は今後もない…はず。
というか、起きないで欲しいと願ってるというべきかしら?
いつ、どこで、何が起きるかなんて、誰にもわからないけどね。
ひとまずその辺りの不安に関しては置いておくとして、
最後の選択肢は赤十字魔術医師団と呼ばれる医療機関に入ることよ。
それほど数は多くないんだけど、
一言でいえば治癒魔術専門の部隊ね。
わりと戦闘に特化しがちな魔術師だけど、
ちゃんと回復魔術も発展しているの。
だから一般的な医師や薬剤師とかと協力して
国内各地の病院や施設で治癒術師として活躍している魔術師も数多くいるわ。
とまあ、そんな感じで。
魔術師ギルドと冒険者ギルド、そして軍と医師団。
それら4つの組織が魔術師の主な就職先になるのよ。
もちろんどこにも所属せずに個人として自由に活動している人や一般の仕事に就く人もいるけれど、
その辺りはごく一部でしょうね。
ほとんどの魔術師が4つの組織のどこかに所属しているの。
だから魔導学園の存在は共和国にとってなくてはならない存在と言えるわ。
…とまあ、少し話が逸れた気はするけれど。
肝心なのは私が統治している港町にある魔導学園に、
今年も多くの生徒達が入学してきたという話よ。
季節は桜の花びらが舞う春。
日付は4月1日。
今年も千人を越える新入生が入学式を迎えるために学園の一画に集まっているわ。
現在、私もいる場所だけど。
ここは各種式典において使用される大規模会場になるわね。
最大3千人くらい収容できる会場で、
今日は入学式のために開放されているの。
新入生だけじゃなくて保護者や学園の教師達も集まるから、
この規模の会場が必要なのよ。
数多くの人々が集まる会場。
そんな中で最も注目を集めているのはもちろん新入生達なんだけど。
まだまだ幼さを感じさせる少年もいれば、
少し大人びた雰囲気を持つ少女もいるわ。
屈強な体つきの青年もいるし、
緊張し過ぎて落ち着きの無い女性もいるわね。
それこそ十人十色よ。
千差万別と言えるほど様々な子達が集まっているのが見える。
その雑多な雰囲気だけで判断してしまうと、
一見統一性の欠片も感じられないように思えるけれど。
これはこれで当然の結果になるわ。
魔導学園は通常の教育機関とはホンの少しだけ違いがあるからよ。
年齢で区分けされる一般的な教育機関とは違って、
魔術師であるかどうかという部分だけが問われているの。
一応、最低限の年齢制限はあるけどね。
簡単な試験を受けるだけで誰でも入学する事ができるようになっているのよ。
特に私が経営しているジェノス魔導学園の入学条件はとても単純な内容になっているわ。
第一に『魔術師としての才能があること』
これは魔力さえあれば問題ないわね。
…と言うよりも。
ここで躓くようならそもそも魔導学園に入る意味すらないんだけど。
第二に『15歳以上であり、20歳までであること』
要するに義務教育が終わっていて、
成人するまでっていうことよ。
ただそれだけなの。
だから入学試験自体は存在するけれど、
その成績によって学園に入れないということは一切ないわ。
結論から言えば満点でも0点でも入学できるからよ。
それじゃあ、何のための試験なの?っていう話になるんだけど。
入学試験はあくまでも新入生達の実力を図るためのものさしでしかないの。
ただ単にどの程度の実力があるのか?という部分を調査するためだけの試験なのよ。
だから年齢や能力にバラつきがあるし、
見た目に差が出てくるのも当然の結果になるわ。
入学は自由で、退学も自由。
そして授業の選択も自由にできる。
それが魔導学園の方針なのよ。
だから戦闘技術を磨くことも、
医師として学ぶことも、
研究者として魔術の発展に努力することも、
全て本人の気持ち次第になるわ。
…あとはまあ、そうね。
唯一制限があるとすれば、在学できる年齢かしら。
学園に在学可能な年齢は最長で22歳までと定められているからよ。
これは単純な話で、いい加減に自分の人生を決めなさいっていうこと。
成人してからもいつまでも学生をしていられるほど共和国は裕福な国じゃないの。
ちゃんと仕事をして税金を払ってもらわないと困るのよ。
あくまでも学園は国営なんだから。
国の方針には従ってもらわないと困るわ。
だからもしも22歳の誕生日までに卒業できなかった場合。
その時だけは強制的に中退という扱いになるわ。
こうなるとさすがにね。
中退になった生徒達はどこの組織にも入れずに、
一般的な職業に就くことが多いみたい。
まあ、卒業できないくらい魔術師としての才能が低いんだから、
大きな組織に入るのが難しいのは仕方がないわよね。
そのせいで道を逸れてしまって犯罪に走る子もいるみたいだけど。
そういう子達は大抵、陸軍の治安維持部隊に捕らえられて強制労働という名の開拓地域に送り込まれたりするらしいわ。
と言っても、そんな子は本当にごく一部でそうそういないんだけどね。
だけど実際問題として卒業できない子達は毎年数多く出てくるのよ。
それこそ百人や二百人単位で、ね。
それでも学園は一人でも多くの魔術師を育成するという目的を持って生徒を募集してるから、
入学希望者は毎年かなりの数になっているわ。
今年度のように千人を超えることもよくあることなのよ。
毎年1000人を超えるのは普通だし、
多い時には2000人を超えることもあるんだから。
だからこそ、生徒数が多い反面として学園の設備維持のために他の学園よりも入学金がかなりお高めなのが最大の欠点とも言えるんだけど。
魔術師としての資質さえあれば誰でも簡単に入学できるから、
お金さえあればという条件がつくけれど入学の自由さがこの学園の特色になるでしょうね。
ついでに説明すると、
ジェノス魔導学園が他の教育機関と異なる要因の一つが卒業試験にあるわ。
入学が自由なジェノス魔導学園では、
卒業に関してもかなりの自由が許されているからよ。
もちろん学園の歴史上において学園の存在そのものを否定しかねない『偉業』を成し遂げた子はいまだかつて一人もいないんだけど。
この学園の卒業試験は入学式の『当日』から受ける事が出来るわ。
卒業試験の内容に関しても、
この後の入学式で一通り説明されるんだけど。
これから魔術師として勉強しようと考える子達にとってはどうころんでも合格出来ない内容になっているはずよ。
それでも卒業試験を受ける権利は誰にでもあるし。
いつでも何度でも受けられるの。
だけどね。
現実的にはちゃんと長い年月をかけて成長して、
苦労の末にようやくたどり着ける最終的な目標に定められているのよ。
本来なら数年の年月をかけて魔術師としての腕を磨いて、
着実に卒業を目指していくように調整されているの。
それでも卒業試験への挑戦を入学式当日から認めているのは自分自身の実力を過信して暴走する事がないようにと考えた学園の措置になるわ。
中途半端な実力で自分を過信して周りが見えなくなった子達にいかに井の中の蛙であるかを教えつつ、
学園を卒業する事の難しさを教えるという二つの意味が含まれているからよ。
…まあ、一言で言うなら『調子にのるな』っていうこと。
もちろん、本気で努力しても試験に落ちる子はいるから、
『もっと頑張りましょう』っていう意味でもあるんだけど。
ちゃんと自分の進むべき方向性を見極めて努力すれば卒業できるようにはしているわ。
だから卒業できない生徒よりも、
ちゃんと卒業していく生徒の方が圧倒的に多いのよ。
…とまあ。
そんな感じで様々な理念を持つジェノス魔導学園なんだけど。
今年もこれから入学式が行われるから、
この町の代表である私も今日だけは本来の役職である知事の職に含まれる学園の理事長として、
生徒達に挨拶をする予定が組まれているわ。
…さてさて。
今年はどんな子達が集まったのかしら?
去年の新入生はいまいちだったから、
今年は期待したいって思っているのよ。
…去年はね~。
過去最多の2500人の新入生がいたんだけど。
残念ながら実力的に気になるような子は一人もいなかったわ。
いくら数が多くても、質が悪いと学園としては意味がないのよ。
まあ、数も少なくて質も悪いっていう状況にならなかっただけまだましだけど。
とりあえず今年はどうなのかしら?
今年度の入学希望者は1024名なんだけど、
この中からどれだけの生徒が無事に卒業できるのかしら?
一応、将来を楽しみにしたいとは思っているわ。
…とはいえ。
ぱっと見た感じだと、興味をひかれるような子はいなさそうなのよね~。
千人を超える新入生が集まる会場内を何度も見回してみたけれど。
…去年と変わらないかしら?
現時点で気になる子はいなかったのよ。
精々、緊張した様子の新入生達がとても可愛らしく思えるくらいかしら。
…今は、だけどね。
みんな最初は大人しいのよ。
学園での生活に慣れてしまえば今ここで感じている緊張感も忘れてしまうでしょうけど。
だからこそ、こういう雰囲気を初々しいって言うのかもしれないわね。
今、目の前にある光景は今しか見れないからよ。
個人的にはまだ2回目だからそんなことを考えてしまうけれど。
学園としては毎年同じことが繰り返されているのよね。
だとしたら。
いつかはこの光景を眺めるのが当たり前に思う日が来るのかしら?
見ている側も慣れてしまうでしょうしね。
その代表格である教師達も数多く参列してるわけだけど。
他の人はどう考えているのかしら?
最初は可愛らしいのに、
いずれ憎たらしくなるとか考えていたりするのかしら?
実際にどうかは知らないけれど。
そういう会話も職員室ではあったりするんでしょうね~。
まあ、経営者ではあっても教師じゃない私としては職員室に顔を出すことも教師達と話をすることもほとんどないんだけど。
それでも一度は聞いてみたい質問だと思うわ。
…と言っても、さすがにね。
この状況でそんな質問は不謹慎だからしないわよ。
とりあえず入学式の始まりを待つ間、
こっそりと欠伸を堪えながら周囲の様子を眺めてみる。
そうして時刻を確認してみようと思った瞬間に。
カチッと小さく響く音と共に、
時計の針が午前9時を示したわ。
…ついに。
入学式が始まったのよ。




