不可能という言葉は
《サイド:黒柳大悟》
さて、どうやら彼女の説得も終わったようだな。
実験場にいる二人の姿を眺めながら、
ひとまず実験の手筈を西園寺君に確認することにしてみた。
「準備はどうだ?」
「もちろん問題はありません。」
俺の問い掛けに西園寺君は即座に答えてくれる。
いつもながらに優秀な実行力だ。
実にありがたい。
「測定準備および人員の配置。全て整っています。あとは所長の判断次第でいつでも実験可能です。」
うむ。
素晴らしい対応だな。
これで性格が従順なら文句なしなのだが、
そこまで望むのは無理があるだろうか。
性格に難点があっても実力さえあればそれでいいからな。
それがこのルーン研究所の方針だ。
「よし!それではこれより実験を開始する」
俺の指示によって、職員達が一斉に動き出した。
「測定に失敗するなよ?」
機材に向かいあう西園寺君に呼び掛けながら職員達にも合図を出す。
「実験、第1段階開始!!」
俺の合図と共に研究所の職員達が魔術の詠唱を開始した。
その数は10名だ。
実験場に立つ二人に向けて、
10名の魔術師達から次々と魔術が放たれていく。
『炎』『雷』『爆風』『冷気』等々。
10人の職員達によるあらゆる攻撃魔術の嵐だ。
休む事なく、次々と魔術が放たれて深海君へと襲い掛かかる。
「…っ!?」
恐怖に怯える表情の深海君は祈るように両手を組み合わせながら、
数え切れないほどの魔術を浴びている。
そして。
爆風や燃え上がる炎によって、
視覚では認識出来ない状況となり。
深海君の状況が把握出来なくなってしまった。
もちろんすぐ側にいる天城君も被害は免れないはずだ。
深海君が本当に吸収の能力の持ち主であるのなら、
それほど心配はいらないのかもしれないが。
彼は…天城君はどうなのだろうか?
吸収の力を持たない彼は無事なのか?
そんな疑問を感じるが、
これは彼が望んだ実験だ。
途中で止めるわけには行かないだろう。
今は彼を信じるしかない。
「西園寺君!測定はどうだ?」
「現在解析中です!!少し黙っていてくださいっ!」
西園寺君に怒鳴られて口を閉ざす。
それでも抑えきれない焦りを感じてしまい。
拳をにぎりしめながら二人の姿を懸命に探そうとしてみた。
だが、全く姿が見えない状況だ。
魔術による破壊と粉塵が視界を遮り続けているからな。
「まだか…っ!?」
焦っても事態は好転しないが、
それでも焦りを感じてしまう。
もちろんそれは目の前で作業に集中している西園寺君も同じはずだ。
西園寺君の表情にも焦りの色が見えるからな。
不安を感じているのが分かる。
「実験記録の保持…。および観測結果の査定…。さらに魔力の測定…。影響の修正値、誤差は想定内…。被験者の活動状況…把握完了。」
次々と実験の記録が排出されて、
テーブルの上へと積み重ねられていく。
それは僅か数分の出来事だ。
西園寺君を含む3人の観測班の努力によって、
あらゆる測定が同時進行していった。
「解析完了しました!」
解析班の藤沢君の声が俺に届いた。
その次の瞬間に。
「実験終了だ!!魔術を中断しろっ!!」
俺は職員達へと合図を出していた。
合図と共に撤収を開始する職員達。
実験場に視線を向けて見れば、
結界を張って無傷の天城君と戸惑いの表情を浮かべながらも魔術の影響を受けずにいる無傷の深海君の姿があった。
「…凄いですね…。」
確かに、な。
驚く西園寺君に同調するように、
藤沢君も頷いている。
「これは間違いないですね。」
呟きながらも藤沢君は解析した記録を俺に差し出してきた。
「間違いありません。彼女の能力は吸収です。ただ、能力の限界までは測定出来ませんでした。」
「魔術が足りなかったのか?」
「あ、はい。それもあると思いますが、それだけではないかもしれません。」
「どういうことだ?」
「それが…」
尋ねる俺に対して、
藤沢は少し答え難そうな表情で言葉を続けた。
「実際に測定してみなければ断言出来ませんが、彼女の能力には限界が見えませんでした。」
「限界がないだと?そんな馬鹿な話が…あ、いや。」
藤沢君の言葉を否定しようとしたが、
すぐに考えを変えることにした。
これでも研究者だからな。
不可能という言葉は使いたくない。
だから前向きに考えることにしたのだ。
とは言え。
無限の力など有り得るのだろうか?
想像も出来ない話だが、
だからといって否定してしまえるようなことでもないはずだ。
俺達は研究者だからな。
あるかないか分からないものを断言することは出来ない。
それが有り得ないと実証されるまで、
どんな可能性も否定することは出来ないのだ。
「だが、もしもそれが事実なら…」
「はい。彼女は天城総魔以上の能力者ということになります。」
天城君以上だと?
あの天城総魔を越える?
それこそ信じられる話ではないな。
だが。
それすらも否定する根拠がないのだ。
「何故、そう思う?」
「う~ん、そうですね…。」
藤沢君は現時点での仮説を答えてくれた。
「天城総魔は魔術によって吸収の能力を実現していました。これは術者の実力に大きく影響されます。ですが彼女は違います。どの角度から測定しても結果は一つです。彼女は特性的に、あるいは体質的に魔術を吸収しています。これは術者の実力どうこうという話ではありません。」
なるほどな。
藤沢君の分析結果。
それは記録という一つの結果を示している。
この観測のどこかに間違いがあるならば仮説は崩壊するだろう。
だが、この記録に間違いがないとすれば、
もはやそうとしか考えられない状況になってしまうのだ。
深海君の能力は吸収。
それは疑いようのない事実だ。
それを認めたうえで判断しなければならない。
彼女の特性が何なのか?
天城総魔の言葉を借りるならば『吸魔』
すなわち。
あらゆる魔術を吸収する力だ。
彼との違いは魔術に頼るか頼らないかという部分になる。
そして魔術に頼らないからこそ底が見えないのだ。
天城君のように限界を超えれば突き抜ける結界とは違う。
深海君の能力は突き抜ける事が出来ない。
その違いは大きい。
それが無限という言葉に直結するかどうか分からないが、
現時点において彼女の特性を完全に把握することが出来ないのも事実だ。
「西園寺君はどう思う?」
「私も留美の意見に賛同します。」
「そうか」
実験を終えたことで、
天城君へと歩み寄ることにした。




