吸魔
《サイド:深海優奈》
…はぁ。
今日はずっと緊張し続けているような気がします。
初対面でほとんど何も知らない人について来るということ自体、
自分でも驚くほど大胆な行動だったと思うのですが。
何も分からないまま総魔さんのあとを追いかけて、
気が付けば知らない場所で知らない人と向かい合っているんです。
そんな状況で落ち着けるはずもありません。
そのせいで不安と心配な気持ちを感じてしまって、
自分でも情けないと思うくらいに緊張していました。
ただそれでも。
幾つか分かっていることはあります。
ここが所長室で。
所長と呼ばれている人に会いに来たのですから。
目の前の人が所長さんだということくらいは分かります。
ですがそれほど偉い人にこんなにも簡単に会えるなんて、
総魔さんは私が思っているよりもずっとずっと凄い人なのかも知れません。
…どういう関係なのかも気になりますけど。
今はそんなことを言ってる場合じゃないですよね?
重要なのは、ここで私はどうすれば良いですか?という話です。
これから何が始まるのでしょうか?
総魔さんは私の力を知る為の実験を行うと言っていましたが、
詳しいことはまだ分からないままです。
彼は…総魔さんは何を考えているのでしょうか?
隣にいる総魔さんをじっと見つめていると。
「実験がしたい。」
ゆっくりと話し始めました。
「今回の実験の目的は『吸収』の能力の測定だ。」
「…はっ?」
そこまで話した瞬間に。
「吸収だと?」
所長さんが割り込んできました。
「何を今更…。きみは力を失ったはずだ。」
…え?
戸惑う様子の所長さんですが、
それは私も同じです。
力を失ったというのはどういうことなのでしょうか?
知らない人と関わるのが苦手で、
噂話すらあまり興味がない私は総魔さんのこともほとんど何も知らないのですが。
力を失ってしまうような何かがあったのでしょうか?
色々と気になる話だったのですが、
今は質問できるような雰囲気ではなさそうなので黙ったまま話の続きを待つことにしました。
「最初に言っておくが、実験を行うのは俺ではない。」
総魔さん自身は関係ないことを宣言してから。
「まずは挨拶をした方がいいな。その方が話が早い。」
総魔さんは私に視線を向けました。
「…あっ、は、はい。そう、ですね。」
言われてすぐに、
所長さんへと振り向きました。
「そっ、その、すみません。あの、私は、深海優奈といいます」
何故か謝ってしまう自分が情けないとは思いますが、
自然とそうしてしまうんです。
どこまでも臆病な自分が嫌になってしまいそうです。
「は、初めまして…っ。」
「ふむ。確かに初めましてだな。深海優奈君か。俺の名前は黒柳大悟だ。一応、このルーン研究所の所長を任されている」
ルーン研究所?
それは何の研究所なのでしょうか?
何も分かりませんので、
質問することさえ遠慮してしまいます。
そしてそのまま黙り込んでしまいました。
ですが。
所長さんはあまり気にした様子はないようで、
気楽な態度で総魔さんに視線を戻しています。
「それで、彼女がどうかしたのか?」
「ああ。」
所長さんに問い掛けられたことで、
総魔さんが話を再開しました。
「優奈は俺と同様に吸収の能力を持っている可能性がある。」
「なにぃっ!?」
所長さんの表情が変化しました。
「能力そのものは確認済みだ。一時間ほど前に翔子と試合をして勝利しているからな。」
「なっ?本当なのか!?」
「あ、はい。すみません」
驚いた表情で私に視線を向ける所長さんに、
あい昧な返事をしてしまいました。
…あうぅぅ。
何を話せば良いのかも分からないままなので、
黙って話を聞く事しかできないからです。
「間違いないのか!?」
「ああ、間違いない。」
尋ね続ける所長さんに、
総魔さんは一度だけ頷いてから話を続けました。
「優奈は吸収の能力を持っているはずだ。ただ…」
一旦言葉を区切った総魔さんは、
一呼吸の間を置いてから説明を続けました。
「優奈は特性として吸収の能力を持っている可能性が高いと思う。」
「…なっ!?」
所長さんは更に驚きの声をあげています。
それほど驚くような内容なのでしょうか?
私には良く分からない話なのですが、
二人の間では何かとても重要な話のようですね。
「特性だと!?」
「現段階では可能性でしかないが、それを確認する為の実験がしたいと思っている。」
「…なるほど、そういうことか。」
総魔さんの話を聞いて、
所長さんは顎に手を当てて考え込む仕種を見せていました。
難しい話なのでしょうか?
それとも何か別の問題でもあるのでしょうか?
全く話の流れについていけていないのですが、
それでも私の能力を調べる為の実験ということだけは分かります。
もちろん具体的にどうするのかまでは何も分からないままなのですが…。
結局のところ、私はどうすればいいのでしょうか?
そんな私の疑問に答えてくれるかのように、
所長さんが問いかけてくれました。
「ふむ。きみがそう言うのならば、深海君の能力に関しては疑うつもりはない。だが、どうするつもりだ?」
「調べるべきことは二つある。一つ目はどの程度の効果があるのか?という限界値と。二つ目は特性か属性か?という境界線だ。」
特性と属性?
限界値と境界線?
その言葉にどういう違いがあるのかさえ、
私にはまだ分かりません。
ただ、それがすごく重要なことなのは、
総魔さんの話を聞いていて何となくは理解できます。
「ふむ。確かに彼女の能力が吸収であり、なおかつそれが特性と関わっているのならば調べる価値は十分にあるだろうな。」
所長さんは一度だけ私に視線を向けてから、
すぐに総魔さんに視線を戻しました。
「仮に特性が絡んでいるとして、だ。きみはそれをどう判断している?」
とても真剣な表情の所長さんに、
総魔さんは総魔さんの考えを答えていました。
「…一般的には不可能とされている吸収の能力には確かな定義が存在しないのが現状だからな。俺と優奈の能力を比較する事も難しいが、優奈の特性はおそらく『吸魔』だと考えている。」
吸魔?
初めて聞く言葉です。
どういう意味があるのでしょうか?
「…魔力の吸収か?」
「あるいは魔術の吸収だな。」
「………。」
疑問を浮かべる私と同様に、
所長さんも困惑している様子でした。
「存在しない能力に対する仮の定義に過ぎないが、それがもっとも相応しい言葉だと思っている。」
「なるほどな…。今の説明だけである程度は理解出来た。そういう意味ならば特性と解釈するのも頷けるだろう。」
総魔さんと所長さんの二人の間では、
すでに話がまとまったようですね。
そして。
『コンコン…』と不意に扉を叩く音が響いて私達はそちらに視線を向けました。
「所長。実験の準備が整いました。最低限の用意だけですが、いつでも実験可能です」
扉越しに聞こえて来る声には聞き覚えがあります。
さきほど受付にいた綺麗なお姉さんです。
「西園寺君か。分かったすぐに向かう」
返事を返す所長さんが名前を呼んだことで、
さっきの綺麗なお姉さんの名前が西園寺さんだということが分かりました。
「分かりました。それでは実験室でお待ちしています。」
「ああ、ありがとう。」
部屋に入ることもないまま。
西園寺さんは所長室から離れて行きました。
そのあとすぐに、所長さんは総魔さんへと振り返りました。
「さて、それでは具体的な実験について相談しようか」
ここからついに。
私の力を知る為の本格的な話し合いが始まりました。




