学園最弱?
《サイド:常盤沙織》
さて、と。
そろそろ時間ね。
時計に目を向けてみるとすでに8時30分を過ぎていました。
私が今いる場所は特風会です。
龍馬が検定会場に向かったことで止まってしまった仕事を片付けるために細かな作業を進めていたのですが、
今日も研究所に向かう予定がありますので一日中ここにいることはできません。
ですので。
重要度の高そうな書類だけを優先的にまとめることにして、
残りは他のみんなに手伝ってもらおうと考えていたのですが…。
「うぅ~。眠いぃぃ…。」
今日も仕事を手伝いに来てくれている里沙が先程からずっとこの調子なのです。
あまり寝れなかったのでしょうか?
はっきりと分かるほど目の下にクマができていますが、
昨日はこんなことはなかったと思います。
昨日はまだ普段通り元気そうでした。
それなのに。
今日はどうしたのでしょうか?
詳しい事情は何も知りませんが、
あまり仕事を任せられるような雰囲気ではありませんね。
なので問いかけてみることにしました。
「どうしたの?昨日は寝れなかったの?」
「あ~、うん…。色々あって、徹夜になっちゃったのよね…。」
…徹夜、ですか。
それは身体に良くないですね。
何があったのか知りませんが、
一晩中寝れなかったということでしょうか?
「何かあったの?」
「…あったっていうか、なんて言うかさぁ。現状が現状でしょ?各委員会からの依頼が多くてどうしようもないのよね~。」
…あぁ。
なるほど。
そう言われてしまうと、
何も言えなくなってしまいますね。
龍馬と翔子が降格したことと。
北条君が意識不明の状態ということで人手不足だからです。
「そんなに追い込まれているの?」
私だけじゃなくて、
里沙にも負担がかかっているのか確認してみました。
「他の子達はそれほどじゃないと思うけどね~。だけど私と淳弥の負担は倍増…どころか、軽く3倍は忙しくなったかも?」
「そ、そんなに?」
「淳弥は諜報部門だから忙しいのはいつものことだけど、翔子が抜けた状態で由香里も意識不明でしょ?3人の幹部のうち2人がいないわけだし、一人で3人分の仕事をしてるのは間違いないと思うわ。」
…確かに。
言われてみればそうですね。
長野君の負担は急増していると思います。
「ちなみに私の場合は御堂君と沙織がいない状況での臨時の指揮官?的な仕事が舞い込んできてるわ。理事長からの依頼だから断れないってのもあるんだけど。戦闘班への指示とか、分析班との話し合いとか、風紀委員との日程の調整とか、もろもろね。」
「ご、ごめんなさい…。」
「あ~、別に謝らなくてもいいわよ?普段楽させてもらってるわけだし、こういう時くらいはちゃんと手伝わせてもらうわ。ただ…
ね。」
…何でしょうか?
何か言いにくそうな表情ですね。
他にも何かあるのでしょうか?
「どうかしたの?」
「どう、っていうか…。例の医務室からの依頼なんだけど。どうもかなりメンドくさい感じなのよね~。私も少しだけ様子を見てきたけど、あれはさすがに関わりたくない
かな〜。」
…医務室からの依頼?
そう言えばそんな話がありましたね。
理沙からの報告を聞くまでは保留にすると、
龍馬と話をした覚えがあります。
「そう言えば昨日もそんなことを言ってたわよね?その依頼って結局、何だったの?」
「聞きたい?」
「ええ、まあ。」
知らなくても良い内容なら聞かなくてもいいとは思うのですが、
今回に関して言えば私への指名だったので聞かないわけにはいかないと思います。
「一応、聞いておきたいかしら」
「そう?まあ、教えてあげてもいいけど。話を聞いたら、たぶん沙織も行きたくなくなるんじゃないかな~?」
「…そんなに面倒な依頼なの?」
「うん。かなりね。」
里沙ははっきりと断言していました。
一体どんな依頼だったのでしょうか?
「参考までに聞かせてもらうわ」
「う~ん。それじゃあ、簡単に説明するわね。」
何度も何度もあくびをしながらも、
里沙は依頼内容を話してくれました。
「私も問題の子を見てきたんだけどね。一日の間にやたらと何度も医務室に運び込まれてくるせいで、医務室の対応能力を超えてしまったらしいわ。まあ、何度も何度も重症を負って運び込まれてくるわけだしね。治療にかかる手間が大きすぎて、他の患者に手を回す余裕がなくなってるみたいなの。」
…えっと。
話を聞いても良く分かりませんね。
「何度も重症…って、どうしてそんなことになってしまうの?」
「あ~、それがね…。」
一度会話を区切った里沙は、
苦笑気味の笑顔で理由を話してくれました。
「その子ね。尋常じゃないくらい『弱い』らしいのよ。」
…え?
「弱い?」
「そうそう。すっごく弱いの。すでに学園最弱って呼ばれるくらいダメな意味で有名らしいわ。」
学園最弱?
最強ではなくて?
「そんな子がいるの?」
「いるのよ。で、最弱なりに試合を避けてくれればそれで済む話なのに、何を思ったのか知らないけれど。ただひたすらに試合を繰り返しているらしいわ。そして全試合でボロ負けして医務室送りになっているのよ。」
…全試合で?
…ボロ負け?
「何度も?」
「何度もよ。そのせいで医務室の業務が遅れてしまってるそうよ。だからその穴埋めに沙織の手を借りたいっていう話だったようね」
「…えっと、だとしたら、その子の試合を禁止したほうが早いんじゃないかしら?」
「さあ?本人が諦めない限りは何を言っても無駄なんじゃない?生徒手帳にもいつでも自由に試験を受ける権利があるって校則に書かれちゃってるわけだし。そもそも格下一回規定もあるから、下から上を指名する権利は基本的に止められないでしょ?」
…まあ、確かにそうですね。
何度負けているとしても試合を行うのは自由です。
負けたらその日の試合は禁止という規則があるわけではありませんし。
指名権によって同一人物を指定することは出来ないとしても、
別の対戦相手を選択することは認められています。
「一応、学園としては現時点で痛い思いをするのは本人だけだから、新入生が無茶をするのはよくある問題として考えてるそうよ。」
うぅ~ん。
それでいいのでしょうか?
現状として医務室に影響が出ているのですから、
放置という判断が正しいとは思えないのですけど?
「それで良いの?」
「まあ、良いんじゃない?」
里沙としてはどうでもいいようですね。
個人的には問題があると思うのですが、
何も知らない私が口出しするわけにはいきません。
…それでも。
ひとまず大雑把な内容をまとめてみると、
だいたいこんな感じでしょうか?
医務室からの依頼は治療のお手伝いですね。
特定の生徒の無謀な試合の結果によって常に治療に追われている状態ということ。
それなのに問題の生徒が何故か試合を控えようとしないこと。
その結果として医務室の業務が遅延しているということ。
それら一連の流れが依頼内容に繋がるという話でした。
「まあ、しばらく様子を見てれば収まるかも知れないし、今後もこの状況が続く可能性もあるし、どうすればいいのかは判断が難しいところよね〜。」
ええ、そうね。
手伝いに行くことは簡単ですが。
それで解決する問題とは思えません。
問題の生徒が試合を諦めるように説得するか、
意図的に治療を遅らせて試合に向かえないようにするしか方法はないように思えます。
「大体の話は分かったけれど、里沙ならどうするの?」
「私?さっきも言ったけど、ひたすらメンドくさい話だから私なら放置かな。わざわざ怪我人を増やす手伝いなんてやってられないわ。」
ああ、確かに。
そういう考え方もありますね。
怪我をして帰ってくるとわかっている子を治療するのは、
ある意味では怪我人を増やしているのと同じです。
だとしたら。
治療をせずに大人しくさせておくというのも一つの方法かもしれません。
「でもね~。実際に見てきたから言えることだけど。あの子の場合、治療しなかったとしても試合を続けそうな雰囲気があるのよね〜。勝てる勝てないよりも、立ち向かうことに意義があるって考えてるっぽかったわ。」
「そ、そうなの?」
もしもそうだとすると。
治療しないことによってさらなる問題が発生しかねません。
「そんなに無茶をする子なの?」
「うん。だから医務室としても治療を放棄するわけにはいかないようよ。治療しなかったら死ぬまで戦いそうだし、治療したらしたで会場に戻っちゃうしで、苦労してるみたい」
「そ、それは…困るわね…。」
「まあね~。だから放っておくのが一番だと思うわよ。」
「それで良いの?」
「良いかどうかは知らないけど、そもそも私達としては管轄外の問題でしょ?医療に関しては保健委員に頑張ってもらうのが当然じゃない?救命医療班の待機部隊を増やして対応を図るとか、魔術医師の勤務人数を増やして効率化を図るとか方法は他にもあるでしょ?そういう努力をした上でそれでも無理っていう状況だったらその時に改めて判断すればいいことだし。今すぐにどうこうなんて考える必要はないと思うわよ。」
ええ、そうね。
確かに里沙の考えも一理あります。
何も知らない私は何も言えませんが、
実際に確認してきた里沙がそういうのならもうしばらく様子見でいいのかもしれません。
「実際に見てきた里沙がそういうのなら、しばらくは様子を見ようかしら。」
「それでいいと思うわよ。まあ、いざとなったら風紀委員を出動させて問題の生徒を捕獲するっていう手段もありだとは思うけどね」
そ、それはそれでどうかと思うけれど…。
「一応、今後の展開しだいでは私も関わることになりそうだから、その子の名前を聞かせてもらってもいいかしら?」
「ん~?名前ね~。何だったかな~?確か…あぁ、あったわ。これね。」
少し考える素振りを見せた里沙は報告書の山の中から一枚の書類を抜き出して、
問題の生徒の名前を教えてくれました。
「名前は武藤慎吾。ジェノス南部にある孤児院出身の男の子らしいわ。大雑把な報告書だけもらってきたけど、特に気になるような情報はないと思うわよ?」
「あら、もう身元調査までしてたの?」
「一応ね。まあ、その辺りの指示とかも寝不足の原因なんだけどね~。」
ああ、なるほど。
私の知らないところで里沙も頑張ってくれているようですね。
だとしたらあまり無理は言えません。
里沙の負担を少しでも減らせるように、
私も頑張りたいと思います。
「今すぐに、というわけにはいかないけれど、もう少しここにいられるように時間の調整をしてみるわね。」
「あ~うん。そうしてもらえると助かるかも。さすがに一気に仕事が増えすぎて手が回らない状況だし、今は桃花も倒れてるから頼れる味方も少ないし、沙織がいてくれると嬉しいわ。」
…そう言えば、そうですね。
天城君との試合によって矢野桃花さんも意識不明の状態だったはずです。
岩永君や大森君も倒れたままですし。
由香里もまだ目覚めていませんので。
龍馬と翔子と北条君もいないことを考えれば
特風の戦力はちょうど半分にまで減少している状態です。
14人中7人が戦力外という現状になります。
そういう事情もあって、
里沙の仕事が急増しているのも当然かもしれませんね。
「ごめんなさい。出来る限り時間を調整するからもう少しだけ待ってね。」
「ええ、期待して待ってるわ。」
疲れた表情で微笑みを浮かべた里沙は、
今にも眠ってしまいそうな雰囲気のままで黙々と書類作業を再開しています。
その作業を邪魔するわけにはいきませんので、
もう少しだけお仕事を手伝ってから静かに会議室を離れることにしました。
今日もこれから研究所に向かうつもりなのですが。
ある程度の段取りが付いたら里沙の手伝いに戻ってこようと考えながら、
ひとまず研究所まで移動することにしました。




