4日以内に
「ここに来るのは久しぶりかしらね?」
室内に入ってきた理事長は特に遠慮することもなく空いているソファーに腰掛けた。
入口から一番近くの席だ。
数時間前に彼が座っていた場所でもある。
「以前来られたのは一月ほど前だったと思います。」
「ああ、もうそんなに経つのね。まあ、それはどうでもいいんだけどね。」
ひとまず理事長が座ったことで、
僕も向かい側に座って話し合うことにした。
「それより今日はどういったご用件ですか?」
「ご用というか、まあ、すでに丸一日経過してるわけだから今更気にすることはないと思うけど、一応説明だけはしておこうと思ってね。」
幾つかの書類をテーブルの上に広げてから、
理事長が説明を始めてくれたんだ。
「まずは、そうね。指輪に関してはある程度理解出来たかしら?」
「あ、はい。彼にも…天城総魔にも話を聞きましたので、ある程度は把握できていると思います。」
「そう。それなら話は早いわね。手記の解読は出来た?」
「いえ、手記に関しては彼だけが理解出来たようです。残念ですが僕達には…」
「ふふっ。難しいでしょうね。」
言葉を濁す僕に理事長は優しく微笑んでくれている。
「まあ、あれは『原本』みたいなものだから、普通に見ただけでは解読は難しいと思うわ。正確に言うと、その写本だけどね。だけど全て精確に記載されているから、原本と同じとも言えるわね。」
「原本、ですか?」
「ええ、そうよ。研究資料とも言えるかしら。」
…研究資料か。
そもそも読み解くことを前提として書かれたものじゃないのかもしれない。
おそらく書いた人達にしか読めない仕様なのだと思う。
「だからあれは私でも読めないわ。読めないのが普通なの。」
それでもあの手記を用意したのは、
天城総魔がどの程度の理解力があるのかを試すためだったらしい。
「だから貴方達が読めなくても落ち込む必要はないわ。」
慰めるように説明してくれたんだけど。
それでも理事長は頭を抱えるような仕草で大きく息を吐いていた。
「だけど…あれを解読出来るなんて、やっぱりあの子はただ者じゃないようね。」
「え、ええ。そうですね。」
実際、僕もそう思う。
「彼は正直、凄いと思います。」
知識がどうこうじゃなくて、
読解力がずば抜けていると思うんだ。
黒柳所長は彼には想像力があると言っていたけれど。
確かに僕達とは異なる考え方を持っているように思う。
…本当に初心者なのかな?
そんな疑問を感じるくらいにね。
僕達とは違う存在に思えてしまうんだ。
「僕でさえ手が届かないような位置にいるんじゃないかって思うくらいです。」
「…まあ、ね。」
正直な気持ちを言葉にしてみたことで理事長は真剣な表情で僕を見つめていた。
「御堂君が落ち込む気持ちは理解できるわ。自分にできないことを他の誰かが出来てしまったら悔しいと思うのはみんな同じだしね。」
そうですね。
理事長の言いたいことは分かる。
人は誰しも得手不得手があるものだから。
彼には彼の才能があって。
僕には僕の才能がある。
だから何もかも一番になんてなれないし、
なる必要もない。
「落ち込む気持ちは分かるけれど…。だけどね?そんな神様のような人なんてどこにもいないのよ。」
「…ええ。」
それも分かってる。
それはきっと彼も同じで、
彼にもできないことはあるはずだから。
「たとえば、そうね。これまでの経緯を考えると対人関係とかかしら?」
確かに。
どう見ても苦手そうに思えるね。
誰にでも出来ないことはあるという証明になるのかな?
「だから全てを得ようと思うよりも、自分の才能をしっかりと発揮出来るようにすること。それが何よりも大切なことなのよ。」
「…そうですね。」
彼は彼。
僕は僕だ。
それぞれに才能があって、
それぞれに出来ないことがある。
何もかもを望む必要はないから。
自分に出来ることだけを頑張ればいい。
そんなふうに励ましてくれた理事長の言葉も自然と心の中に入ってきた。
…確かに理事長の言う通りなのかもしれない。
僕は僕の出来ることをするべきで、
その結果が彼との再戦に繋がるんだと思ってる。
あれもこれもなんて器用な生き方は僕にはできないんだ。
そもそも魔術に関しては沙織にだって負けているからね。
体力や行動力だって真哉に負けてるし。
翔子のように沢山の人と仲良くなれるような才能もない。
だから。
何かが足りなくて、
誰かに負けていることなんて沢山あるんだ。
何もかも一番になる必要はない。
それは本当にそうだと思う。
何もかも出来る必要なんてどこにもないんだ。
自分に出来ることだけを頑張ればいい。
「そうかもしれませんね。」
無理をしなくてもいいと思えた僕に、
理事長は笑顔を見せてから話を続けてくれた。
「まあ、それはそれとして、肝心の本題なんだけどね。試合に関しての報告書がこっちよ。」
理事長に手渡された書類に視線を向けてみる。
色々と書かれているけれど。
基本的には僕達の試合によって発生してしまった試験会場の被害に関する報告書のようだ。
「試合そのものは御堂君自身が経験していることだから省略するとして、問題はあなた達の魔術による破壊力と攻撃の余波だけでも相当な被害が発生しているという部分ね。」
僕のジャッジメントとグランド・クロス。
そして彼のアルテマ。
それぞれの攻撃によって
試合場の結界は吹き飛んでしまっている。
「それだけあなた達の実力が学園の想定範囲を大きく上回っていたっていうことでもあるんだけど…。」
説明の途中で書類をめくった理事長が『ある項目』を指差した。
「最大の問題はここよ。結界の消失。この一点が理事会で色々と問題になっているわ。」
「どういう事ですか?」
「現状、あなた達の試合を認めることが出来ない、ということよ。」
「試合が出来ない?」
「ええ、そうよ。」
結界が結界としての役割を果たしていないから。
この現状を踏まえれば、
試験会場の崩壊という危険を侵してまで僕達の試合を認めるわけにはいかないらしい。
他の誰かと試合をするのは構わないとしても、
僕と天城総魔の試合だけは絶対に禁止だと宣言されてしまった。
「この件に関しては私もルーン研究所と相談して今後の対策を考えるつもりではいるけれど、そうそうすぐに結論が出る事でもないから、当分は無理だと思っておいてほしいわね。」
「それは実際にどの程度の期間を想定しているのですか?」
「う~ん。何とも言えないわね。だけど全く何も考えていないという訳でもないのよ。偽りではあったけれど、実際に強化実験は行っていたし、ある程度の記録も揃っているわ。」
確かに。
防御結界の強化実験は何度もやってきた。
僕自身が参加していたからね。
それなりの事情は把握しているつもりだ。
「研究記録を検証し直して新たに実験を積み重ねて行けば、遅くても半年あれば何とか形にはなるかも?っていう感じかしらね。」
「はぁ。そうですか…。」
理事長の説明を聞いたことで、
少しだけ肩を落としてしまう。
彼との再戦だけを願ってこの状況を受け入れたはずなのに、
肝心の試合が出来ないかもしれないからだ。
試合を禁止されてしまったことで、
目的と目標が揺らいでしまうような感覚さえ感じてしまうほどだった。
だけどそんな僕の考えを察してくれたのかな?
理事長は困ったような表情を浮かべながらも説明を続けてくれたんだ。
「まあ、こればっかりは私でもどうしようもない部分なんだけどね。だけど、全く手がない訳じゃないわ。」
「どういうことですか?」
「もうすぐアレが始まるからよ。あの場所でなら試合は不可能じゃないわ。」
理事長が考えるあの場所。
僕に思いつく場所は一つしかない。
「確かに…。」
言葉の意味に気づいたことで、
僕の心は動いていた。
確かに理事長の考えは間違っていないと思ったからだ。
だけど、同時に思う。
「ですが、今の僕では…。」
「大丈夫よ。今回も手続きは進めるつもりよ。あなたと北条真哉。美袋翔子と常盤沙織。この4名は確定しているわ。ただ…」
他にも候補がいるということはすぐにわかった。
言葉をとぎらせた理事長が何を言いたいのかに気付いてしまったからだ。
手続きを進めるためには6人必要になる。
現状で4人が決まっているとすれば、残る枠は2人だ。
「彼も参加させるんですね?」
「ええ。その予定はしているわ。だけど彼を説得出来るかどうかは、これからっていうところね。」
「もう一人は?」
「今の所は和泉由香里を予定しているけれど。まだ急ぐことじゃないから通知はしていないわ。前日までに決めればいいことだしね。もしも他に気になる子がいるならいつでも入れ替えは出来るわよ。」
いつでも入れ替えができる、か。
そう言ってもらえるのはありがたいけれど、
今の僕に選べる選択肢はないと思う。
現状では僕自身が足手まといになってしまっているからね。
「いえ、現時点では彼女が妥当だと思います。少なくとも、今の僕よりはずっと…」
「ふふっ。そんなに落ち込む必要はないわ。まだまだ時間はあるんだから、これから頑張ればいいのよ。まあ、時間は限られているけどね。だけど彼が数日で頂点に上り詰めたように、あなたも駆け上がれば
いいだけの話よ。ただ、それだけのことなの。簡単でしょ?」
…どうかな?
簡単なのかな?
そこがすごく難しい問題なんだけど。
説明を終えた理事長は、
あっさりと席を立ってしまう。
「私の話はここまでよ。あとのことはあなたに任せるわ。書類も置いていくから、興味があれば目を通しておいてね。」
書類を残して出口に向かう理事長だけど。
「ああ、そうそう。一応確認しておくけれど、もちろん日付は理解してるわよね?」
不意に振り返って、
もう一度だけ話しかけてきた。
「あ、はい。来週の週末です。」
「結構。ちゃんと理解しているのなら、あとは貴方の努力次第よ。私達が乗り越えるべき戦いまで丸々一週間あるんだから、その間に頑張ってね。」
丁度、一週間。
残された制限時間を宣言した理事長は、
今度こそ足を止めずに立ち去って行った。
その結果として。
再び一人になった僕は、
静まり返る室内の中で書類の束を手にとることになった。
「もうそんな時期なんだね。」
今日は金曜日で明日は土曜日だ。
そして『あの日』は次の土曜日になる。
丁度一週間後にせまる日程を考えれば、
のんびりしていられる余裕なんて僕にはない。
「彼のように、か。」
理事長が残した言葉は重い。
彼のように頂点を目指すこと。
それが僕にも出来るだろうか?
まだまだ学園内には沢山の実力者達がいるんだ。
再び上位に上がるためには乗り越えなければいけない強敵が沢山いるからね。
彼のことばかりを考えてはいられない。
なにより、沙織と真哉を倒さなければ頂点には立てないんだ。
今の僕では到底成し得ない目標に思えてしまう。
僅か一週間で上り詰めることなんて、
本当に出来るんだろうか?
正直に言えば自信はない。
確かに彼は4日で達成している。
だけど僕は約3年の月日をかけて頂点にたどり着いたんだ。
…と、言っても。
僕の場合は記録を気にせずに、
あえて成績を止めていた時期があったからだけど。
それでもね。
この差は絶望的に大きいと思う。
不安だけが心をよぎってしまうんだ。
けれど、悩んでいる時間なんて僕にはない。
どれ程辛くて険しい道であっても、
突き進まなければいけないんだ。
最低でも4日。
早ければ早いほうがいいけれど。
遅くとも4日以内に結果を出さなければ彼に追いつくことはできないことになる。
5日ではダメだ。
6日はもう論外だ。
今日一日は休憩として除外するとしても、
明日からの4日間で決戦に挑めるだけの力を手にしなければならない。
それが出来なければ彼の出した記録を塗り替えることは出来ないんだ。
「…やるしかない。」
僕は僕の目的の為に。
もう一度頂点を目指す!




