試してみること
「今後に関しては幾つか考えていることがあるが、まずはその実験というところだな。」
実験?
何の実験だろうか?
その答えを知りたいんだけど。
彼は答えてくれるのかな?
「ルーンに関してかい?」
尋ねてみたけれど。
「それもあるが、それだけではない」
彼は少しだけ考えてから否定してしまった。
…うーん。
彼の言葉の意味が分からないね。
曖昧というよりは、
あえて情報を抑えているような気がするからだ。
だけどそれは話したくないというよりも、
話す必要がないって考えてる感じかな?
意地悪で言わないんじゃなくて、
適当なことは言いたくないっていうことだと思う。
たぶん、確信の持てないことを無責任に話すようなことはしない、っていう判断じゃないかな?
だとすれば。
ルーンの多重化以外にも考えていることがあるのは間違いないと思う。
それが何かは分からないけどね。
現時点ではまだ説明できるほどの内容じゃないのかもしれない。
そんな僕の疑問を察したのかな?
彼が説明を続けてくれたんだ。
「はっきりとしたことはまだ言えないが、一つだけ気になっていることがある。」
「気になっていること?」
「ああ。翔子にはすでに説明したが、俺と翔子の能力には根本的な疑問が残っているからな。」
「…え?どういうことですか?」
彼の言葉を聞いて、今度は沙織が首を傾げていた。
その表情には少し戸惑いも見える。
彼自身のことならともかくとして。
翔子も関わっていることで興味が出たのかもしれないね。
「翔子の能力に関する疑問って何ですか?」
「簡単なことだ。」
首をかしげる沙織と向き合ってから。
「ルーンの定義というものを理解しているか?」
彼は僕達でさえどう答えればいいのかわからない質問を投げ掛けてきた。
ルーンの定義?
それくらいならすぐに答えられるけど。
だけど彼は理解という言葉を強調していたように思う。
だとしたらそこに意味があるということだろうか?
突然の質問に対して沙織も戸惑っている様子だったけれど。
「ルーンの定義は特性を映し出す鏡のような物…よね?」
それでも沙織は自分の知っている知識から答えを導き出した。
「術者の特性が反映されて、独自の武器を作り上げることだと思っているわ。」
すらすらと答えた沙織の意見は完璧だ。
僕も間違いないと思ってる。
魔力を極限まで凝縮して物質化させることで使用可能になる力であり。
術者の特性を反映させて作られる能力は唯一無二の独自の力だ。
どれほど願っても他の力に変更することは出来ない。
絶対的にただ一つの能力を持っている。
それが僕達の知識だ。
だけど彼はその知識を否定してしまう。
「確かにそれが間違いだとは言い切れない。だがその理論では矛盾も起きる。」
「…矛盾、ですか?」
さらに戸惑う様子の沙織。
彼が何を言おうとしているのかが理解出来ないと言わんばかりに首を傾げている。
「よく分からないんですけど…?」
「現在の定義そのものを否定するつもりはないからな。だが、その定義だけでは説明しきれない部分があるということだ。」
「どういうことでしょうか?」
「さっきも言ったが簡単なことだ。決して難しい話ではない。」
あくまでも簡単な話だと前置きをしてから、
彼は本題へと話を進めた。
「俺と翔子のルーンが持つ能力は『特性ではない』ということだ。」
「えっ?」
「何故!?」
驚きをあらわにする僕達に彼は説明を続ける。
「御堂の支配と沙織の全属性。それらは確かに特性と言えるだろう。支配は当然として、全属性もあらゆる魔術を使用できるという意味では間違いなく特性だ。だが、俺の吸収と翔子の光は属性でしかない。」
「「…あっ!?」」
確かにそうだ!
彼の指摘は正しいと思う。
そして彼の言葉を聞いたことで僕達はようやく理解できた。
彼が何を言いたかったのか、を。
確かに彼の言う通りだと思う。
『特性』と『属性』の違い。
僕達は今までその違いに何の疑問も感じていなかった。
それなのに。
彼はそこに疑問を感じて、
何らかの仮説を立てているようだ。
その驚くべき洞察力は素直に凄いと思う。
彼は何を考えて何を行おうとしているんだろうか?
今まで以上に知りたくなってきた。
「確かに現在の定義から考えれば、きみと翔子のルーンには疑問が出るかもしれない。だけど本当は気付いていないだけで何らかの特性が働いている可能性はあるんじゃないかい?」
「ああ、そうだな。否定はしない。だが、ルーンの持つ能力は明らかに属性だ。それは間違いない。」
確かにね。
翔子の光も、彼の吸収も、間違いなく属性だ。
どちらも特性として発動してるわけじゃない。
翔子の光もそうだけど、
彼の吸収も魔術によって実現している。
特別な才能や特殊な能力が発動してるわけじゃないはずだ。
様々な現象を起こす魔術の一つとして能力を実現しているだけに過ぎないからね。
炎や氷と同じように、
魔術が起こす現象の一つに過ぎないんだ。
だから、翔子と彼の能力は総合的な特性とは言えないのかもしれない。
その事実に気づいたことで、
次の言葉を待ち望むかのように僕達の視線は彼に集まった。
「きみ達はまだ、特性が明らかになっていないんだね。」
「そうなるだろうな。原始の瞳が示す潜在能力。おそらくそれが俺と翔子がまだ気付いていない特性だと思っている。」
その特性に気付いて使いこなせるようになることが当面の目的ということかな。
「だからこそ、ルーンの実験を含めて幾つか考えていることはあるんだが、それはそのあとの話だ。今すぐにどうにか出来る問題ではないからな。」
なるほどね。
彼の言葉には説得力があった。
だから僕としても異論はない。
…けれど。
それでも一つだけ疑問が残る気がするんだ。
「きみの話は十分に理解出来る。だけど、その理論で言うなら…」
「御堂の潜在能力はまだ他にあるということだろうな。支配ではない別の特性だ。それが何なのかは俺も分からないが、おそらく御堂もまだ自分の本当の特性に気付いていないということだろう。」
僕が話し終えるよりも先に彼は答えてくれた。
僕の特性は他にあると、
彼は確かにそう言ったんだ。
「本来の特性に気付いていないことで原始の瞳は光を示した。そういう意味で言えば、沙織は全属性という特性が真の特性であって、それ以外の能力は存在しないということだろうな。」
彼の言葉に頷く沙織は納得した表情で彼の説明を聴き入っている。
どうやら沙織も彼と同じ意見のようだね。
「つまり僕達はまだ自分の本当の力に気付いていない、ということかな?」
「おそらくそういうことだ」
潜在能力。
それが何なのか今はまだ分からないけれど。
それを知ることが今の僕達に必要なことのようだ。
「それは理解出来たけど、具体的にどうすれば良いと思う?」
「さあな。個人のことまでは計りようがない。自分自身で追求するしかない部分だ」
まあ、当然といえる答えだね。
だけど僕は更に追求してみることにした。
「だったら言い方を変えるよ。きみは、どうするつもりなんだい?」
「今はまだ確かなことは言えないが、自分なりに考えていることはある。それが特性と言えるかどうかはまだ分からないが、しばらくはその為の実験を進めるつもりだ。」
………。
そうか。
彼はすでに考えているのか。
彼の考えを聞いたことで、
僕は心の中に冷たいものを感じてしまった。
すでに彼は自分のするべきことを考えているのに。
それなのに僕はまだそのきっかけすら掴めていないからだ。
その違いをはっきりと思い知らされた気がしてしまう。
「なるほどね。きみにはすでに見えているんだね。自分の進むべき道が…」
「…どうだろうな。それが正解とは限らないが、動き出さなければ結果は出ないからな。やるべきことを一つずつ片付けていくしかないと思うだけだ」
ああ、そうか。
確かにそうかもしれない。
だけど僕はどうするべきだろうか?
思い悩む僕に、彼がそっと囁く。
「まずは試してみることだ。何がきっかけになるかは考えて出る答えではないからな。」
…試してみること、か。
そうだね。
今の僕に必要なことは、
そういう些細なきっかけなのかも知れない。
彼の助言は今の僕の心にすんなりと入ってきたんだ。
…焦っても仕方がない。
それよりも思いつくことを一つづつ試してみること。
それが何よりも大切なことなんだって気付かされたんだ。
…僕もやってみよう。
きっかけが見つかるまで。
地道に努力を積み重ねる。
その先にある答えが、きっと。
…僕の本当の力なんだ。
そんなふうに思える気がしたんだ。




