欲張り過ぎは…
そうして。
繋いだ手だけをじっと凝視してたから、かな。
「何がいいんだ?」
「…えっ?」
不意に尋ねられたことで、
思考能力が一瞬停止してしまったわ。
単に周りが全く見えてなかったからなんだけど。
気が付けばパンを販売している売店の前に立っていたの。
今まで全然気付かなかったのよ。
…って、いうか。
足を止めてたことにさえ気付いていなかったわ。
「えぇ~っと…。」
ふと横を見てみれば、
不思議そうに私を見つめる総魔がいるの。
………。
何も言わなくてもね。
…と言うか。
何も言わないからこそ?
見つめ合うだけで、
余計に恥ずかしさが込み上げてきちゃうのよ!
…か、顔が赤くなってないかなっ!?
そんなことを考えただけで、
緊張のあまり総魔と向き合えなくなってしまうわ。
だから慌てて総魔から視線を逸らして、
パンに視線を向けたのよ。
「…えっと、どれにしようかな~?」
何とか緊張を悟られないように冷静さを装うけれど。
自分でも笑っちゃうくらい声が震えていたわ。
…落ち着け、私っ!!
なんて、心の中で叫びつつ。
幾つかのパンを指差してみる。
「これと、これ、あと、これも下さい。」
選んだのは3つ。
どれもいつも食べているのとあまり変わらないものばかりよ。
だけど、今日は少しだけいつもと違うと思う。
総魔が買ってくれるんだから。
ただそれだけで、
絶対いつもより美味しく食べられる自信があるわ。
「それだけでいいのか?」
「うん♪これだけあれば十分、お腹一杯大満足!」
自分なりに最高の笑顔を浮かべてみる。
この笑顔で総魔が堕ちてくれれば嬉しいんだけど。
なかなか上手くいかないのよね〜。
極々冷静にポケットからお金を取り出した総魔は、
売店のおばちゃんにお金を支払ってから受けとったパンを私に差し出してきたのよ。
…うん。
本当にいつも通りね。
全っ然、照れてないし。
恋におちるどころか、
手を繋いでるのに気にしてもらえてる気配すらなかったわ。
こうなると一人で慌てふためいてる私がバカみたいよね?
なんて思ったりもするけど。
「他にもいるものはあるか?」
やっぱり総魔は気づいてくれないみたい。
「う~ん。じゃあ、オレンジジュースがいいかな」
お願いしてみると、すぐに注文してくれたのよ。
「持てるか?」
確認しながらオレンジジュースを差し出してくれたの。
………。
…えっと。
…どうしよう?
総魔は総魔でこれからいつもの格安定食を買うわけだから、
私のジュースをいつまでも持ってるわけにはいかないのよ。
…でも。
私の右手は総魔と手を繋いでるの。
で、左手はパンを包んだ紙袋を持ってるの。
この状況でジュースを持つためには?
…あぁぁぁぁぁ~〜〜〜〜っ。
頼まなきゃ良かった〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
自分自身の詰めの甘さに後悔しつつ。
総魔から手を離してオレンジジュースを受けとることにしたのよ。
これでもうね。
私の両手は完全に塞がってしまったのよ。
ちょっぴり、というか。
かなり残念な結果になっちゃった気がするわ。
ついさっきまで総魔と繋いでいた右手に、
そこはかとない寂しさを感じてしまうのよ。
うぅぅぅ…。
欲張り過ぎはダメってことよね?
そんなことを考えつつ。
移動を始めた総魔の後を追って歩きだす。
まあ、どこに向かうかなんて聞くまでもないんだけどね。
「また今日もいつもの?」
「ああ、そうだな。」
私の問い掛けに短く答えた総魔は通い慣れた足取りで歩みを進めて、
例の定食屋さんへと近づいていったわ。
…う~ん。
これってどうなのかな?
私としては今まで一度も関わる事がなかったお店なのよ?
それなのになぜか最近は度々訪れるようになったことで、
何となく見慣れてしまった気がするわ。
まあ、アレ以外にも色々と取り揃えてあるから、
それなりに集客はあるはずなんだけど。
だけど総魔は他のメニューに目を向けることさえせずに、
いつもと同じ注文を繰り返してしまうの。
毎度おなじみの『格安定食』
お値段的な面で言うと、
私のパン代の方が高いかも?
ほとんど待たせることもなく即座に用意された今回の定食は今朝とは全然違う内容だけど。
どうみても余り物っていう雰囲気を消せてないわね。
残飯とまでは言わないけど。
本当に適当に詰め合わせたっていう感じが出ちゃってるのよ。
まあ、見た目と味付けは全然違うから、
これはこれで飽きることはないのかも知れないけどね〜。
でもまあ、何気なくじっと見つめてみる。
相変わらず全く美味しそうには見えないわ。
だからって、まずそうって言う程でもないんだけど。
とりあえず。
とりあえず、よ?
個人的な意見だけど。
…私なら注文する勇気はないわね。
総魔と一緒に実食してみるのも、
それはそれで楽しそうな気はするけど。
挑戦してみる気にはなれなかったわ。
…別に嫌じゃないわよ?
嫌とまでは言わないけど、ね〜。
どうせお揃いにするなら、
もっと他のご飯がいいわ。
…なんて。
余計なことを考えている間に。
定食を手にして歩きだした総魔は空いている席を探していたわ。
個人的にはこのまま総魔に任せてもいいんだけど…。
沙織と龍馬が合流する可能性を考えれば、
あまり混雑したところは避けた方がいいかもしれない、とは思うかな〜。
だけどね〜。
そんなふうに思ってみたところで、
どこに向かっても偶然出くわす可能性は限りなく低そうな気がするのよね〜。
2000人が集まる食堂なのよ?
普通に探しても見つかるわけないわよね?
だから、諦めようかなって考えたんだけど。
その瞬間にチラッと見えた気がしたのよ。
私の勘が察知したの!
視界に沙織の姿が映った気がしたのよ!
「あっ!!」
突然声をだした私を総魔が不思議そうに見つめてる。
…あ、あうう~。
違う意味でちょっぴり恥ずかしくなったけれど。
今は照れてる場合じゃないわ。
ここで沙織を見逃すと合流できないような気がしたから、
急いで沙織に呼び掛けることにしたのよ。
「沙織~っ!!」
わりと全力で叫んでみたの。
でも、ね。
喧騒がひどくて無駄に騒がしい食堂内だからどんな声でも届きにくいみたい。
もちろんそれは分かってるけど。
頑張ってもう一度だけ沙織に呼び掛けてみることにしたわ。
「さ、お、り〜〜~!!」
出来るだけ大きな声で呼び掛けたつもりよ。
だけどやっぱり私の声は届かなかったみたいね。
沙織は気付いてくれなかったわ。
「残念…。」
人込みに消えていきそうな沙織を今から追い掛けても間に合わないと思う。
追いかけたくても人が多すぎて走れないからよ。
人ごみを避けながら進もうとしたらその間に見失うのは確実でしょうね。
そう思って悩んでいると。
「この状況なら何とかなるだろう。」
総魔が小さく呟いたのよ。
そして右手を突きだして魔術を詠唱し始めてたの。
「ちょ、ちょっと、総魔!?ここで魔術はまずいわよ!」
沢山の人が集まってる食堂で、っていう問題もあるけれど。
そもそも検定試験会場や特定の演習場以外での魔術の使用は基本的に禁止されているからよ。
もちろん、その理由は魔術の乱用は危険だからなんだけど。
基本的に回復魔術以外の魔術の使用は校則で禁止されているわ。
特に、風紀委員の私としてはね。
絶対に見逃すわけにはいかない行為なんだけど。
総魔は慌てる私を気にせずに、
迷うことなく魔術を発動させてしまったのよ。
「サーチ・ライト!」
魔術が発動した瞬間に、
一筋の細くて弱い光がきらめいたのが見えたわ。
そして。
総魔の手から放たれた光はまっすぐ沙織に向かって、
総魔と沙織を一直線に結んだのよ。
「………?」
突然の光に戸惑う様子の沙織だったけど。
周囲の生徒達も驚きの表情を浮かべてる。
それでも慌てることなく光の指す方向に視線を向ける沙織の落ち着きぶりは尊敬するわ。
私だったら状況が理解できずに慌てる自信があるからよ。
だけど。
沙織は冷静に状況を判断して、
すぐに私達に気付いたみたい。
私達に向かって歩みを進めた沙織の姿を確認した総魔はすぐに魔術を解除したわ。
まあ、この行動が違反行為にあたるかどうかは微妙なところだけど。
ひとまず沙織との合流はできそうだったわ。




