適任者
《サイド:西園寺つばめ》
…うぅ。
…眠たいわね。
さすがに徹夜明けで報告書をまとめるのは無理があったと思うわ。
だけど仕事を途中で放り出すのは趣味じゃないのよ。
それに仕事を後回しにするのも好きじゃないの。
だからやるべきことをやり終えてから休むつもりでいたんだけど。
さりげなく時計に視線を向けて見れば、
すでに時刻は午前9時を回っていたわ。
最後に睡眠をとったのは何時だったかしら?
そんな疑問さえ浮かんで来るわね。
ただでさえ慌ただしかった昨日だけど。
私達はそれ以前からも拘束結界の準備に時間を追われていたから、
まともに睡眠を取れた記憶がなかったわ。
ここ数日間、まともに寝てないのよ。
そんな状況だけど。
目の前の書類の山が私の眠りをまだまだ妨げようとしているの。
「一体、何時になったら終わるのかしら?」
ルーン研究所の受付に隣接する休憩所。
そこで今。
書類の山を睨みつけるように眺めているところなのよ。
先程、天城総魔と美袋翔子を所長室に案内して、
そのあと彼等が帰っていくのも確認したから、
今のところこの研究所には職員以外は誰もいないはずよ。
そして、この研究所に来客はほとんどないわ。
だから当分は誰も来ないと思っていたのよ。
…なのに。
それなのにっ。
来ないと思っていたのに!
その予想はあっさりと崩れ去ったわ。
『コツンコツン…』と、
階段を下りて来る足音が聞こえてきたの。
…職員の誰かかしら?
視線だけ向けてみる。
だけどね。
姿を見せたのは職員ではなくて、
制服を着た男子生徒だったのよ。
「おはようございます。」
礼儀正しく頭を下げて挨拶をする人物。
彼が御堂君だと気付いた私は急いで立ち上がって歩み寄ることにしたわ。
「何か御用かしら?」
「その…実験をお願いしたいと思いまして…」
用件を問い掛けてみると、
御堂君は頭を上げてから答えてくれたのよ。
「…あらあら。」
言葉を詰まらせてしまったわ。
今はそこまで手が回せるような状況ではないからよ。
どう対応するべきかしら?
現在、実験関係の職員はほとんど眠りについているわ。
会場の事後処理に巻き込まれたせいで、
すでに力尽きているのは間違いないでしょうね。
先に撤収していた職員も似たような状況よ。
ここ数日の疲れが限界に達して倒れ込んでいるの。
それにね。
そもそもの大前提として、
天城君の拘束魔術の実験で大多数の職員が医務室に送られてしまったのよ。
…さすがに今日は人出が足りないわ。
正直に言えば私も早くお布団の中でゆっくりと休みたい気分なのよ。
そんな状況の中で彼の実験に協力出来そうな職員といえば…?
候補は『一人』しか思い浮かばないわね。
瞬時に考えをまとめて、
話し掛けることにしたわ。
「現在はほとんどの職員が休憩してるから大規模な実験は難しいけれど、そうでなければ直接『所長』に相談していただけるかしら?」
「あ、はい。分かりました。」
…よしっ!
素直に返事をしてくれる御堂君を眺めながら、
心の中で歓喜の声をあげたわ。
普段ぐーたらでまともに仕事をしない黒柳所長が適任だと思うからよ。
みんなが疲れているこういう時にこそ、
所長らしく仕事をしてもらわないと割に合わないもの。
そう思うから所長も限界に達していることを知っていながら、
あえて御堂君の面倒を押し付けることにしたのよ。
「場所は分かるかしら?多分、所長室にいるはずなんだけれど…。」
「あ、はい。大丈夫です。通い慣れてますから」
「そう。じゃあ、任せるわね」
通行の許可を出してから、
私はさっさと休憩所に戻ることにしたわ。
…ホントにもう眠いのよ。
深々とため息を吐く私の後方で。
「失礼しました」
礼儀正しく挨拶をした御堂君は、
所長室に向かって行ったわ。
その後ろ姿を一度だけ確認した私は再び書類の山に向き合うことにしたの。
「今度こそ…」
震える手を酷使しながら気力の限界まで報告書を書き進めることにしたわ。
…1秒でも早く終わらせて寝るんだから。
その意思だけで仕事を続けていく。
私の意識が途切れるのはまあ、
時間の問題でしょうけどね。




