疑問
《サイド:美袋翔子》
…はあ。
この距離をまた戻らないといけないのよね?
黒柳所長との話を終えて部屋を出た後にね。
ルーン研究所の通路を歩いてるんだけど。
研究所の外に出るのって結構大変なのよ。
…まあ、地下にあるんだから仕方がないんだけどね〜。
出口までの距離も問題だけど。
地上まで続く階段がひたすら長いのよ。
そのせいで外に出るまでに結構な距離を歩かされるの。
だから、なかなか外に出られないんだけど。
来た以上は戻るしか選択肢はないわ。
黙々と歩き続けるしかない通路。
周囲には誰もいないわね。
たまに研究所の職員とすれ違うことはあるけれど。
それも一瞬だけで、
すぐにまた二人きりに戻っちゃうの。
薄暗い通路で総魔と二人きりなのよ?
ドキドキするというか。
緊張してしまうというか。
色々とね。
色々なことをね。
考えちゃうのよ!!
…この雰囲気は精神的に良くないわね。
主に妄想が暴走するという意味で危険なのよ。
黙ってると余計に落ち着かないから、
隣に並ぶ総魔に話し掛けてみることにしたわ。
「ねえ、総魔?」
呼び掛けてみると、
総魔は足を止めて振り返ってくれたのよ。
「どうした?」
どうって言うか。
「正直に言うと、イマイチ話の内容が理解出来なかったんだけど…」
もう一度説明してほしいな~なんて。
ちょっぴり言い出しにくくて後半部分は言いよどんでしまったんだけどね。
それでも総魔は嫌な顔をせずに、
まっすぐに私の目を見つめてくれたわ。
「何が知りたい?」
う~ん。
何が、っていうか。
それ自体が分からないというか…。
「何を聞けばいいのかもわかんない感じかな?」
「そうか…。」
戸惑うばかりの私に。
「黒柳に聞きたいことは幾つかあったが、本当に知りたいことは一つだけだ。」
総魔はちゃんと答えてくれるみたい。
「どの質問も一つの答えにたどり着く為の過程だと思えばいい。」
「過程?」
…どういうこと?
聞いたら聞いたで意味が分からないのよね。
自然と首を傾げてしまったわ。
…う〜ん?
過程って道筋みたいなものよね?
…で。
答えにたどり着くためっていうことは、
質問そのものが答えを知るための穴埋めだったっていうことかな?
「よくわからないけど、総魔はその答えにたどり着いたの?」
「ああ、一応な。」
総魔はさっきと変わらない口調で説明し始めたわ。
「重要なのはルーンの真の定義は何か?という部分だ。」
「真の定義?」
「今までずっと疑問に感じていたことがあった。それが現在の仮説に基づいているんだが…」
言葉を区切った総魔が突然私の手をとったのよ。
その行動にちょっぴり驚いちゃったけど。
私が何かを言う前に手のひらを広げたの。
…ちょっとドキドキしちゃうじゃない。
総魔に手を触られているのよ?
嬉し恥ずかしなのは否定できないわ。
…でもね。
今はそういう雰囲気じゃないわよね。
総魔は私に何かを伝えようとしてくれているんだから。
ちゃんと向き合わなきゃいけないのよ。
「翔子のルーンの特性は何だ?」
「…え?私の特性?え〜っと〜…光?」
戸惑いながら答えたんだけど。
総魔の質問は終わらなかったわ。
「御堂龍馬の特性は?」
「それは支配でしょ?」
有名だしね。
間違えるわけないわ。
「常盤沙織は?」
「全属性よ。」
沙織の能力も答えられるわよ。
むしろ沙織のことなら何でも聞いてって感じね!
…って。
このやり取りに何の意味があるのかな?
即答してみたけれど。
それでも総魔は質問を止めなかったのよ。
「北条真哉は?」
「あいつは速度よ」
あの馬鹿には興味ないけどね。
悔しいけど。
あの能力のせいで全然勝てないのよ。
「次が最後だ。俺の特性は?」
「総魔は吸収でしょ?」
それこそ間違えるわけないわ。
吸収の能力があるからこそ、
総魔は学園1位まで上り詰められたわけだしね。
全部の質問に答えたんだけど。
…何か間違ってたのかな?
何故か総魔は私から手を離してしまったのよ。
だけど。
本当の質問はここから始まるみたい。
「ここまでの質問で何か疑問を感じなかったか?」
…え?
…なに?
どういうこと!?
全っ然。
さっぱり分からないのよ。
…何が言いたいのかな?
困り果ててしまったんだけど。
「少し考えればわかることだ。」
総魔はちゃんと説明してくれるみたい。
「御堂龍馬、北条真哉、常盤沙織。この3人は明らかに特性と言える力を持っているだろう。」
…ん?
3人?
…え?
どういうこと?
私と総魔は違うってこと?
よく分からないけど。
何か疑問を感じた気がするわ。
それが何なのかは上手く言葉に出来ないけれど。
何かがおかしいって思えたのよ。
「だが、俺と翔子の能力は特性とは言い難い。」
…やっぱり、そうなの?
沙織達3人は、っていうことは。
私達は違うっていう意味よね?
「…どうして?」
まだ理解が追いつかなかったわ。
何が違うのかが分からなかったのよ。
「分からないか?御堂達と違って、俺達の力は『属性』と言うことだ。」
「あっ!?」
ああああああああっ!!!!!!
やっと分かった!!
総魔の言いたいことが、
やっと私にも理解出来たのよ。
「俺達の力は属性であって能力とも言える。だがこれは特性と呼ぶには少しずれがあるはずだ。」
…確かに。
私の『光』と、総魔の『吸収』。
どちらも属性であって、
特性と言えるものじゃないのかもしれないわ。
…吸収は微妙な気もするけれど。
そもそも魔術で実現してる能力だから、
特性とは言えないわよね?
総魔自身に吸収の能力があるわけじゃないのよ。
だから、どちらにしても個人の能力とは言えないはずなの。
だけど龍馬は違う。
支配特性によって全てを強引にねじ伏せられるの。
これは力技とも言えるけれど。
魔術的にどうとかそういう話じゃなくて、
龍馬の行動に対して能力が自動的に発動しているのよ。
それは沙織と真哉だって同じ。
真哉の場合は強行突破を実現する速度。
その特性によって全ての攻撃が数段階引き上げられているの。
反対に相手の攻撃を強引に突き抜けることも出来るんだけど。
どちらにしても真哉にとって有利な状況を作り出せるのよ。
そして沙織は特性によって全ての魔術が使えるわ。
初見でも何でも自由に使えるの。
総魔と違って『見たことがない魔術』だって、
存在すると認識するだけで使えるのよ。
…まあ、さすがに吸収だけは理解できなかったみたいだけど。
それでも3人はそれぞれの特性で、
通常の魔術以上の効果を発揮する事が出来るわ。
「それじゃあ、私達の特性って何なの!?」
「それはまだ俺にも分からない。だが、だからこそ仮説が生まれる。特性ではない属性という能力。それだけでもルーンは作り出せるはずだとな。」
…確かに。
総魔の説明は私でも十分理解出来る話だったわ。
本来のルーンの定義は『特性の反映』なの。
それなのに私達のルーンは『属性』でしかないのよ。
その違い。
その違いは決して些細なものじゃないはずよね?
もしかすると私は大きな誤解をしていたのかもしれないわ。
「…私達のルーンは偽物っていうこと?」
震える声。
自分では全く気付かなかった事実。
その事実に気付いて頭の中が混乱してしまいそうだったのよ。
だけどね。
総魔は私の疑問を否定したの。
「いや、偽物と言うほどではないだろう。」
あれ?
偽物じゃないの?
余計に分からなくなってきたわ。
「これはあくまでも推測でしかないが、もっとも本質に近いと俺は考えている。」
今はまだ仮説だって、いつものように前置きしてから説明してくれたのよ。
「おそらく俺達のルーンはまだ『未完成』だったということだ。」
「…未完成?」
「そうだ。俺達はルーンを作り出すことには成功した。だが、それはあくまでも試作段階のものであって、本当の意味でのルーンには辿り着けていなかった。そう考えるのが妥当だと思っている。」
あ〜。
なるほどね~。
試作段階か~。
それなら納得できるわ。
そこまでの説明で一旦話を区切ってから、
総魔は一言だけ付け加えたのよ。
「まあ、現在の定義が『正しい』と解釈すればの話だがな。」
今の定義が正しければ?
それって特性の反映ってことよね?
その定義が正しければって総魔は言ったわ。
じゃあ、その定義が間違っていたら?
どんどん話が複雑になっていく気がするわね。
そんなふうに悩む私を見て、
総魔はまたポンポンと私の頭を撫でてくれたのよ。
「難しく考える必要はない。大事なことはただひとつ。自分自身の力を見極めること。ただそれだけだ」
「自分自身の力?」
「原始の瞳が示すように、俺達はまだ自分自身の本当の力に気付かずにいる。それが何なのか?まずはそれを知ることが最優先だ。ルーンの定義や本当の意味に関しては今はまだ考える必要がない。」
「そうは言っても、総魔は考えてるんでしょ?」
「常に考え続けることで気付くこともあるからな。だが、余計なことばかり考えていると今の自分を見失ってしまうだけだ。今の自分が何をすべきか?それさえ考えていれば十分だ。」
「う~ん。それが難しいんだけどね~」
「それは翔子次第だな」
「あう~」
小さくうめき声をあげる私を見て微笑む総魔。
結局のところどうすればいいのか分からないけれど、
私は私なりに頑張れば良いってことよね?
そう考えて、改めて総魔を見つめてみる。
相変わらず何を考えているのか分からないけれど、
総魔は総魔で色々と考えてるんだと思う。
今だけじゃなくて、きっとその先のことまで…ね。
私には分からないことまで考えてるんだと思うわ。
さっきの会話にしてもそう。
私は何も気付かなかった。
だけど総魔は気付かせてくれたのよ。
私はまだ成長できるって、そう教えてくれたの。
だから頑張ってみようと思う。
私自身、どれだけのことが出来るのかを知りたいから。
だからもう一度頑張ってみようと思ったの。
「強くなりたいな~」
小さく呟いた私の声を聞いて、
総魔は優しく微笑みかけてくれたわ。
「その気持ちが在る限り、決して不可能ではないはずだ。」
再び歩き始める総魔。
そんな総魔の背中を見つめる私。
『決して不可能ではない』
その言葉を胸に刻んで、私も歩き始めてみる。
私自身の。
本当の力を求めて。




