判断の境界線
《サイド:黒柳大悟》
さて。
「順番に説明させてもらおうか。」
彼の疑問に答えるために話を始めていくことにする。
ひとまず天城君の問いは3つだ。
残念ながら3つ目に関してはすでに話したように説明は不可能なのだが、
今後の進展次第では彼等の協力の下で研究を進めたいとは思っている。
とはいえ。
今はそれを考える時ではないだろう。
議論を進めることが重要だからな。
天城君の問いに答えることを優先していこう。
「まずは封印に関するルーンへの影響だが、これも残念ながら手記に書かれている以上のことは分からない。それで、だ。天城君。きみはその手記をどの程度まで理解してるつもりだ?」
「ここに書かれている内容は、おおよそ全て理解しているつもりだ。」
ほう。
全てと言い切るか。
なるほどな。
「では聞くが、具体的にどういうことが知りたい?」
「俺が知りたいのは封印して消えたルーンがどうなったか、ではない。」
…ん?
違うのか?
彼の言葉によって、俺だけではなくて美袋君も驚きの表情を浮かべている様子だった。
「どういうことなの?」
「ふむ。聞かせてもらおうか」
「俺が知りたいのはルーンが他人にも使用出来るかどうか?あるいは、その力を使いこなすことが可能かどうか?という部分だ。」
…ほう。
少し想定外の質問だな。
「もう少し詳しく話してほしい」
「仮に吸収の能力を持つ者が他にいたとして、力を失った俺が他者のルーンを使用することが出来るかどうか?という質問だ。」
「ふむ。」
仮の話ではあるが。
もしも他に吸収の能力を持つ者がいたとして、
能力を封印した状態の天城君が他者の『ソウルイーター』を扱えるかどうか、か。
…難しい質問だな。
彼の疑問に対してどう答えるのが正解だろうか?
どう説明すればいいのかが分からない。
そもそも封印に関しての実験はほとんど進んでいないからな。
故にその問いに関しても、
答えは分からないとしか言いようがない。
だが、重要なのは『そこ』ではないだろう。
吸収に限らず。
他者のルーンを使用出来るかどうか?という部分だ。
そちらのほうが重要な論点のように感じてしまう。
「残念だが、そこに関しても言えることは何もない。そもそも能力を封印した状態で他者のルーンが使用可能かどうかという実験は行ったことがないからな。」
美由紀の協力でもあればいつでも可能だとは思うが、
彼女もなかなか忙しい身分でそうそう実験に時間を割く暇がない。
「何より全く同じ特性を持つルーンというものが国内では未確認だ。故に使いこなせるかどうかという実験を行うことさえ出来ないことになる。」
「だとしたら異なる特性のルーンはどうだ?」
「それなら答えられる。答えは否だ。」
仮に能力を封印していなかったとしても。
天城君といえども他者のルーンを扱うのは不可能だと思っている。
「異なる特性のルーンを他者が扱うことは出来ない。それは歴代の実験において実証されているからな。」
「…それって私が総魔のルーンを使うことは出来ないっていうことですよね?」
俺の説明によって、
美袋君が疑問を口にした。
「反対に、私のルーンを総魔が使う事も出来ないんですよね?」
「そういうことだ。きみ達の特性が全く同じか、あるいは共通点でもあれば可能性はあるのだが、異なる能力で他者のルーンを扱うことは不可能だ。」
「それじゃあ…特性が一緒なら、お互いのルーンを扱える可能性があるということですか?」
「理論上は可能だろう。ただし、それを実証する方法は今のところない。」
「はぁ…。なるほど」
納得した表情の美袋君だが、
彼はまだ聞きたいことがありそうだった。
「学園内において、ルーンの所持者はどの程度確認されている?」
「現段階ではきみ達を含めておよそ26名だ。だがこれは生徒だけではなく米倉美由紀や俺達のような関係者も含まれた総数になる。生徒だけで言えば12名だな。町全体となればその数は増えるが、それでも50人には満たないだろう。まあ、未確認ながらも可能性を持つ人材を含めるなら十倍程度はいるかもしれないが。」
「実際にルーンを扱える者はあまりいないのか?」
「そういうことになるな。共和国全体で数えても1000には届かないだろう。そもそも数多くいるのならば同等の能力者も出てくるはずだからな。現状そうならないのは個別の能力にそれだけ差があると言うことだ。」
あらゆる特性が存在する為に、
同じ特性を持つ確率が低いのかもしれない。
俺はそう考えている。
「さて、次の質問だな。能力の多重化だが、これも今まで話してきたように、理論上は可能だと考えている。」
特性の手前にあると想定しているモノ。
それが『能力』だ。
属性であり、技術ともいえる部分だな。
それらの集大成が特性であると定義している。
だからこそ。
天城君の理論は至極単純だ。
ルーンを特性としてではなく、
個別の能力として発動させたいというただそれだけの話だからな。
要は物質化した魔術で武装できるかどうかだ。
突き詰めていけばそういう話なのだが、
ルーンの定義は個人の特性を映し出す鏡であるとしている。
だがもしも、それが間違っていたら?
ルーンは『能力の組み合わせによる』魔力の結晶であるとしたら?
もしもそうならルーンの研究は一気に進歩することになるだろう。
そのはずなのだが、
ここが議論の難しいところでもある。
複数の能力の持ち主がルーンを発動したとしても、
通常は特性を反映したルーンが出来上がる。
能力ではなく特性が重視されるのだ。
だからこそ。
ルーンの定義は特性を映し出す鏡と言われている。
これを完全に否定するというのは意外と難しい。
もしも俺や天城総魔の仮説が正しかったとしても、
それが現在の定義を否定する事には繋がらないからだ。
『光』と『炎』
仮にこの二つが自在に操れるとする。
そしてルーンとしても自由に能力の切り替えが出来ると仮定する。
この場合は一見すると俺達の仮説が正しいように見えなくもない。
個別に発動するという目的は達成出来ているからだ。
もしもここで考えを止めてしまえば、
俺達の仮説は真理に近付いたと言えるだろう。
だが、本当にそうだろうか?
二つの能力を自在に操れること。
それ自体が特性と言えるかもしれないのだ。
特性ではなく能力を発動させる。
それ自体が特性と判断出来なくもない。
一例を挙げるなら常磐君の『全属性』がそれにあたるだろう。
複数の能力を切り替えられる。
あるいは複数の能力を統合できる。
そういった能力がすでに実在するからだ。
つまり。
どういう結果が出たにせよ。
どちらの定義が正しいのかは、
それを判断する者の意見に委ねられることになる。
特性ではなくて能力の発動と認めるか?
それ自体が特性なのだと判断するか?
その境界線の判断は難しいところだな。
だが、調べてみる価値はあるはずだ。
もしも能力の切り替えが可能であるなら、
それだけでも実験してみる価値は十分にあるからな。
俺はそう判断していた。
「ただ、今の俺には仮説を証明するだけの根拠と事実が存在しない。きみの疑問を解決出来ないのは申し訳なく思うが、必要であれば出来る限りの協力はさせてもらおう。」
実験への協力を天城君に約束しておいた。
「そうだな。考えておく。」
「まだ何か質問はあるか?」
問い掛けてみるが、
彼は首を横に振ってしまう。
「そうか、あまり役に立てなかったが協力は惜しまないつもりだ。用があればいつでも来てくれればいい。」
ここまでで話を打ち切ることになった。
両手を伸ばして背伸びをしたのと同時に欠伸が出てしまう。
自分が思っている以上に睡魔が俺を飲み込もうとしているようだな。
…眠い。
会話を終えた瞬間に疲れが一気に押し寄せてきたような感覚が襲ってくる。
…もうそろそろ限界だな。
あまりの眠さに意識が途切れそうになっている。
とは言え。
今ここで寝てしまのにはさすがに配慮にかけるだろう。
せめて彼等を見送るまでは耐えなくてはならない。
「今日はもういいか?」
尋ねてみると、二人は小さく頷いていた。
「またいつでも来るといい。」
彼らの退出を見送るために部屋の扉を開ける。
そして静かに立ち上がって歩きだす二人と簡単な挨拶を交わしながら、
部屋の外へと踏み出す二人を見送った。
「きみ達の成長を祈っておく。」
見送りを終えて扉を閉めた。
立ち去って行く足音は今もまだ聞こえるが、
そんな事はどうでもいい。
ただひたすらに眠いからだ。
睡眠欲が俺の意識を埋め尽くしていく。
ここまでが俺の限界だった。
ソファーへと体を沈め。
急速に眠りへと落ちていった。




