手記
「今日ここに来たのは幾つか質問があるからだ。分かる範囲で順番に聞かせてもらいたい。」
「ああ、良いだろう。俺に答えられることなら何でも聞いてくれ。」
黒柳所長の了解を得たことで、
総魔は話を続けていったわ。
「昨日の夜から一通りの魔術の実験を繰り返していたんだが、その実験の中で幾つかの疑問点が浮かび上がってきた。今日はその疑問に関する質問をしたいと思っている。」
「ほう、面白そうな話だな。その疑問点とは何だ?」
黒柳所長は興味津々って感じね。
だけど私は「ん?ん?ん?」っていう感じ?
単に何も考えてなかったからなんだけど。
総魔は一晩中色々と考えてたみたい。
「まず、吸収の能力を封印したことによって使えなくなった魔術があるということだ。その中には吸収とは直接関係のない魔術も含まれていた。」
…え?
そうなの?
関係ない能力まで封印されちゃうの?
「ふむふむ。なるほどな。」
総魔の言葉を聞いて黒柳所長は頷いてる。
その様子を眺めていた総魔は、
話を止めずに言葉を続けていったわ。
「昨日の夜。意識を失ったままの北条真哉に魔力を送り込もうとしたが失敗した。『吸収』ではなく『供給』。能力的には正反対の力なのに魔術が発動しなかった。そして他にも試したことがあるものの。そのどれもがことごとく失敗してしまった。」
「封印による影響が予想以上に大きかったということか?」
「いや、それ自体に関してはすでに仮説を立てている。」
興味深そうに総魔を見つめる黒柳所長だけど。
総魔はあっさりと否定していたわ。
「…ほう、聞かせてもらおうか。」
「あくまでも仮説だが、使えなくなった魔術はどれも俺が独自に考えて組み上げた理論ばかりだったからな。その一点を考えれば答えは一つ。吸収の能力に直接的な関係がないとしても、吸収の能力を『基点』に組み上げた魔術は封印と共に失われたと考えるのが妥当だと思っている。」
「ふむ。その仮説は正しいはずだ。過去の報告書を見てもそういった現象は確認されているからな。現にある程度だが裏付けもとれている。まだまだ実験記録が少ないために完璧な情報とは言えないが、おおよそ間違ってはいないだろう」
うわあ~。
難しい話をしてるぅ。
仮説?
裏付け?
私にはよくわからない会話だけど、
どうも総魔の考えは正しいっていう話みたい。
それくらいなら分かる、って言うか。
それくらいしか分からないんだけどね。
だけど詳細がわからないのは黒柳所長も同じみたい。
「そもそもの大前提として先に言っておくが、正直な話を言えばシークレット・リングに関してはこの研究所でも実験記録がほとんど存在していないのが実情になる。」
…ん?
…え!?
記録がないの?
どうして?
「実験記録がないんですか?」
「ああ、残念ながらそうなる。」
…ええ〜?
あっさりと認められちゃったんだけど。
まさかルーン研究所でも分からない物だとは思ってなかったわ。
「力を封印するというのは一見簡単なことのように思えるが、実はかなり難易度の高い決断だからな。」
…え?
「それって、どういうことですか?」
ただ指輪をはめるだけよね?
それなのに難易度が高いの?
ここまででもすでに色々と疑問を感じてしまったわ。
だからかな?
首を傾げる私を見て、
黒柳所長は苦笑いを浮かべていたのよ。
「ははっ。きみ達のように迷いを見せることなく、躊躇せずに指輪を手にしたのは俺が知る限りで言えば初めてのことだ。あの美由紀でさえも数日間、悩んでいたからな。」
え〜?
あの理事長が?
頭を抱えて考え込む様子はまあ、
何度も見たことがあるわね。
主に、総魔のせいで、だけど。
「そうなんですか?」
「…はははっ!」
予想していなかった言葉を聞いて驚いたんだけど。
私を見ていた黒柳所長は笑っていたわ。
…どういうこと?
どうして笑われちゃったの?
「…えっと〜。」
「いや、すまない。悪気はないんだ。」
笑ったことを謝罪してくれたあとで、
黒柳所長は真剣な表情で問いかけてきたのよ。
「きみは考えなかったのか?力を失ってしまう恐怖を、だ。」
…恐怖?
そんなのあったかな?
あの場の勢いでやっちゃったんだけど。
今考えてもね。
特に怖いとは思わないわ。
「…その様子では、恐怖を感じていなかったようだな。」
…あ、あははは。
むしろ何にも考えてなかったわ。
「きみ達は違うようだがな。少なくとも彼は…御堂君は考えたはずだ。」
…あ〜。
龍馬、ね。
そう言えば何となく悩んでるようには見えたかも?
「解除は簡単だが、それだけで気持ちを割り切れるものではないからな。苦労して築き上げてきた力を失う恐怖は無視できないはずだ。」
…言われてみれば。
そんな気もするかも?
「なにより自分が弱者になることを恐れて指輪を手に取ろうとはしなくなる。それが普通の人間の判断だ。」
………。
普通の判断?
そうなのかな?
自分の行動を思い返してみる。
だけど。
どうなのかな?
あの時の私は恐怖とかそういう感情なんて全然なかった気がするのよね。
むしろ、たったそれだけのことで強くなれるの?って思ってた気がするわ。
力を封じることで弱くなるとか。
力が使えないことが怖いと。
そういうことは考えてなかったと思う。
ただ単純に総魔と同じでいたいって思ってただけだったから。
難しいことは何にも考えてなかったのよ。
だから今でも後悔なんてしてないし。
力を失ったからって何かが変わる訳じゃないと思ってる。
…私は私よ。
力があるとかないとか。
そんなことで自分の考えが変わる訳じゃないし。
そんなに深刻な問題だとは思わないのよね。
…って。
私は思うんだけど。
そんな考えが顔に出ていたのかもしれないわね。
イマイチ理解できずに疑問を浮かべる私を見て。
「はっはっはっは!!」
黒柳所長はまた声を出して笑っていたわ。
…ん〜?
私が笑われてるの?
もう一度首を傾げてみると。
「悪い悪い。他意はないんだ。」
黒柳所長は笑いを堪えながら何度も謝罪してくれたのよ。
「きみ達のような人間はなかなかいないから、ついつい可笑しくなってしまってな。」
え〜!?
おかしいのかな?
普通よね?
「…きみ達にとってはたったそれだけのことだとしてもな。他の者達にとっては難しい問題なのだ。」
う〜ん。
その言い方だと私が間違ってる感じよね?
何となく納得できないんだけど。
総魔はどう思ってるのかな?
…って、聞くまでもないかな。
そもそも真っ先に指輪を付けちゃってたし。
強くなれるのならどうでもいいって感じだったしね。
「きみ達の考えはともかく、指輪が普及していない理由を考えれば分かるだろう?指輪があるだけで誰もが覚醒できるのなら苦労はしない。」
…ああ、うん。
それはそうかも。
「だからこそ研究が進んでいないのだ。実験出来ない研究が進むこともない。だから研究資料があまり残されていないのが現状になる。」
あ〜、そっか。
私達がどうこうじゃなくて、
指輪を使ってまで力を封印する人が少ないっていう話なのね。
それなら私にも理解できるわ。
「だから正直な話として、詳しいことは分からないとしか言いようがない。少なくとも分かっている内容に関しては本にまとめて渡してあるはずだからな。それが現段階の全ての記録になる。」
…本?
黒柳所長の言葉を聞いて、
総魔に視線を向けてみる。
確か昨日、理事長から受けとったアレのことよね?
書類は総魔が預かってるはずだから。
「今も持ってるの?」
尋ねてみると。
総魔は制服のポケットから一冊の書物を取り出したわ。
だけどこれは書物って言うよりも、
手記って言ったほうが良いかもしれないわね。
そこそこ分厚いからページ数は多そうだけど。
決して大きくはない手帳をテーブルに置いたのよ。
…ちょっぴり気になるわね〜。
テーブルの上に置かれた手帳を手にとって内容を読んでみることにしたわ。
…だけど。
「…って、え?うわっ!?なによこれ〜?」
戸惑う私を見て。
「はっはっはっは!!!」
黒柳所長がまた大声で笑い出したのよ。
…うぅ~。
笑わないでよ〜。
さりげなく横に視線を向けてみると、
総魔もこっそり笑ってた。
「ぁぅぅ~。笑わないでよ〜。」
控えめに抗議してみたけれど。
無駄な抵抗なのは分かってるわ。
私には本の内容がさっぱり理解できなかったのよ。
複雑な理論?
謎の計算値?
意味不明な図形?
なんだかもうね。
眺めるだけで頭が痛くなりそうだったのよ。
「さっぱりわかんない。」
解読を諦めて手帳をテーブルの上に返すと。
「はっはっはっは!!まあ、そう落ち込むことはない。これは研究者でなければまともに読めないのが普通だからな」
思いっきり笑ってた黒柳所長が励ましてくれたのよ。
「むしろこれを見ただけで理解が出来るようなら研究所は必要ないだろう。」
うぅ~。
慰めてくれるのはありがたいと思うけど。
笑い続ける黒柳所長を見ているとだんだん腹が立ってくるわね。
だから助けを求めるような気持ちで総魔に振り向いてみる。
総魔は私を馬鹿にしたりしないよね?
期待を込めて見つめてみると、
総魔はすでに笑ってなかったわ。
だけど。
「………。」
何故か手帳をポケットに仕舞いながら私の頭を優しく撫でてくれたのよ。
これってどういう意味?
総魔が何を言いたかったのかは分からなかったけど。
これはこれで満足してしまう自分がいたわ。
う~ん。
単純すぎる?
でもまあ、幸せだからいいのかな?
そう思えるから難しいことを考えるのは止めたの。
だけど。
まだまだ話は続いていくみたい。
「まあ、美袋君はともかく、きみは理解出来たのか?」
「ああ。ある程度は理解出来たつもりだ」
「ほほう。やはりきみには研究者としての才能があるようだな。どうだ?是非ともうちで働いてみないか?」
…え?
…えぇっ!?
「えぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!!!」
黒柳所長の言葉を聞いた瞬間に。
総魔じゃなくて私が驚いてしまっわ。
「…どうしたんだ?」
どうした、じゃないわよ!
…ったく、もう〜!!
総魔は何も知らないみたいだけど。
ルーン研究所は魔術師なら誰もが憧れる最高の就職先なのよ!!
数多くある魔術研究所の中でも『特に』才能のある人だけが入ることの出来るルーン研究所は、
あらゆる研究機関の中で最高峰の研究所なの。
国内には4か所のルーン研究所があるらしいんだけど、
そのどこに所属するにしても相当な難易度を誇るらしいわ。
その中でもね。
ジェノスのルーン研究所は共和国の代表を務める理事長と前代表の米倉宗一郎さんの影響が強くて、
共和国最高峰の研究所として最も有名な研究所なのよ。
だからこそジェノスのルーン研究所は超最難関の就職先なの。
立場的に理事長は無理にしても、
大賢者の称号を持つ沙織や学園最強だった龍馬でさえも採用してもらえるだけの実績を残していないのよ。
それなのに。
あらゆる試験を飛び越えて、
黒柳所長から直接声をかけてもらったのよ。
これって本当に凄いことなんだから!!
ここで働ければ、
お給料だってとんでもない額を貰えるわ!
それがどれだけすごいことなのか、
総魔は全然分かってないでしょうけどね。
…む〜!!
疑問を感じながら覗き込んでみても、
総魔の表情に変化はないわ。
それどころか。
「悪いがそのつもりはない。」
あっさりと断っちゃったのよ。
…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。
勿体ないっ!!
…っていうか。
ちょっとは考えなさいよ!!
せっかくのチャンスなのよ!?
それなのに。
総魔はあっさりと最高の地位を棒に振っちゃったのよ。
そんな総魔の言動に呆れてため息を吐く私を見ていた黒柳所長がまたまた笑い出してる。
「はっはっは!!まあ、そう言うだろうとは思っていたが、まさか本当に断るとはな」
笑い続ける黒柳所長を総魔は不思議そうに眺めてるわね。
これはもう絶対に分かってないわ!!
ここがどれだけ凄い所なのか、
総魔は全く分かってないのよ!!
ああ~!!
もうっ!!
何とか説得しようと思って話しかけようとしたんだけど。
「まあ、急ぐ訳でもないからな。」
その前に私を遮った黒柳所長が総魔に話しかけてた。
「その気があればいつでも来るといい。」
はあ~。
良かった~。
採用の話は残るみたい。
黒柳所長の言葉を聞いて、
ほっとため息を吐いてしまったわ。
…って。
どうして私が安心してるのかな?
そんな疑問も感じるけれど。
ひとまず総魔を見つめてみる。
う~ん。
何て言うか。
結局のところ話があまり進んでいない気がするのよね~。
そんな私の疑問を感じ取ったのかな?
総魔が黒柳所長と向き合ったわ。
すごく真剣な表情よ。
その気配を察したのか、
黒柳所長も笑顔を消して真剣な表情を浮かべてた。
「そろそろ本題ということか?」
「ああ、聞きたいことは別にあるからな」
総魔が答えた瞬間に空気が少し変わった気がしたわ。
これは、まあ、あれよ。
空気が張り詰めるっていう感じ?
室内が静まり返って、
緊張感が広がっていったの。
そんな重苦しい雰囲気の中で。
「それでは改めて話を聞かせてもらおうか…。」
黒柳所長が総魔に問いかけてた。




