恋心
《サイド:常盤沙織》
私には私のやるべきことがあります。
色々と思うことはあるのですが、
その中でも早急に考えなければいけない課題の一つが特風の戦力の強化でしょうか。
龍馬と翔子が力を失ってしまったからです。
それでも二人が重要な戦力であることに変わりはないのですが、
意識を失ったままの北条君が目覚めない現状では戦力不足は深刻な問題だと思います。
一応今のところ緊急に片付けなければいけない問題はないのですが、
それはあくまでも今の話です。
何かが起きた時に対処出来ないようでは特風が存在している意味がありません。
ですから。
減少した戦力の穴埋めを早急に考えなければいけない状況だと思っています。
…それに。
特風とは関係のない個人的な話にはなりますが、
妹の成美の目を治す為の研究も進めなければいけません。
これは翔子も協力して調査をしてくれているのですが、
今のところ進展がなくて行き詰まっています。
さらに言うと。
翔子の恋も応援したいところなのですが。
こちらに関してはあまり勝手なことは言えませんね。
私自身も同じ悩みを抱えているからです。
翔子の想いに気付かない天城君も問題ですが、
龍馬も私の気持ちに全く気付いてくれません。
上手く言葉にできない私自身にも問題はあると思うのですが、
全く気付いてもらえないというのは仕方がないことなのでしょうか?
それとも気付いて欲しいと思うこと自体が一種のわがままなのでしょうか?
何が正しいのかは分かりませんが、
翔子の恋愛に口出しできる立場ではないことは自覚しています。
だから私は私で努力するべきなのかもしれません。
そんなふうに考えながら、
さりげなく龍馬に視線を向けてみると。
「ん?」
私の視線に気付いた龍馬が優しく微笑んでくれました。
「何か言いたそうだね?」
「え?あ、ううん。いいの。何でもないから…」
慌てて首を左右に振って誤魔化そうとしたのですが、
そんな私の行動を龍馬は不思議そうに見つめています。
…はぁ。
龍馬は私のことをどう思っているのでしょうか?
恥ずかしくて直接問いかけたことはありませんが、
私は龍馬が好きだと思っています。
翔子が天城君を想っているように。
私は龍馬を想っているのです。
ですが。
天城君にしても。
龍馬にしても。
そういう部分は鈍感なようですね。
なかなか気づいてくれません。
そういう部分に関しては歯がゆい気持ちを感じるのですが、
焦っても仕方がないと思っていますので、
今はあまり考えないようにしています。
なので。
恋愛感情は考えずに、
龍馬と向き合うことにしました。
「ねえ、龍馬?」
「ん?なんだい?」
いつでも優しい笑顔を見せてくれる龍馬。
私が知る限り龍馬が怒っているところなんて見たことがありせん。
それくらい常に笑顔を絶やさないなのです。
翔子とは違った意味で周囲の雰囲気を明るくしてくれる存在だと思っています。
御堂龍馬という存在は、
私達にとって象徴であり希望でもありました。
だからこそ。
龍馬が試合で負けたことは特風の仲間だけではなくて、
学園全体を揺るがすほどの驚くべき結果だったと思います。
当然その噂はすでに学園中に広がる勢いです。
なにより。
降格したという事実が噂を広める一番大きな要因になっているかも知れませんね。
「これから、どうするつもりなの?」
見つめ合うだけで心臓の鼓動が速くなるのが分かります。
そんな私の質問に龍馬は真剣な表情で答えてくれました。
「うーん。そうだね…。出来れば一度、彼に会って話をしてみようとは考えてる。幾つか聞きたいこともあるし、何よりこの指輪に関しても知りたいことがあるからね。」
翔子と同じように、
龍馬も天城君に会いに行くつもりのようですね。
話を終えた龍馬は指輪に視線を向けていました。
やっぱり指輪に関して気になることがあるようです。
詳しい説明を聞いていませんので、
当然かもしれませんね。
指輪に関する書物は彼が持って行きましたから。
私達は詳しい内容を知りません。
分かっているのは力を封じることが出来るということと。
いつでも封印を解除できるということくらいでしょうか?
だからこそ。
その辺りの確認もしておきたいと考えているようでした。
ただ、他にも考えていることがあるようです。
色々と考え込んでしまう私に、
龍馬はそのあとのことも教えてくれました。
「一応ね。今後の協力もお願いしてみようとは考えているよ。」
協力?
何をお願いするつもりなのでしょうか?
「僕や翔子が戦力に数えられなくなったことは十分に理解してるからね。」
………。
龍馬が自分自身を戦力外と言ったことで、
私は何も言えなくなってしまいました。
本来なら誰よりも強くて。
誰よりも優しい人なのに。
龍馬の言葉は龍馬自身を苦しめるはずなのに。
その龍馬が認めてしまったのです。
『今の自分達では役に立たない』と。
例え全てを受け入れたとしても。
その言葉を口に出すことは決して簡単なことではないはずです。
それでも龍馬は後悔や悲しみを見せませんでした。
だからこそ。
だからこそ余計に不安になってしまいます。
本当は沢山の悩みを抱えているはずなのに。
それなのに。
龍馬が弱さを見せてくれないからです。
それはつまり誰にも…いえ、私にさえも、
本心を見せないということだからです。
そんな私の不安に気付かないまま、
龍馬は言葉を続けてしまいます。
「だから彼に協力を頼みたいと思っているんだ。彼がいれば僕達の代わりとしては十分だからね。」
確かに、それはそうかもしれません。
龍馬の考えは私も考えていたからです。
おそらく翔子もその為に動いていると思います。
だから龍馬の考えは否定できません。
天城君に協力してもらうことは理事長も願っていたことでした。
…ですが。
上手くいくのでしょうか?
天城君を特風に参加させること。
彼を15人目の特別風紀委員として招き入れること。
それこそが弱体化した特風を立て直す最良の方法なのは間違いありません。
ですが、簡単なことだとは思えないのです。
彼を説得するということ事態がとても難しいことだと思うからです。
本当に説得できるのでしょうか?
そのためには私と龍馬の交渉も必要だとは思いますが、
おそらくはそれさえも翔子の努力次第かも知れません。
現状、彼に一番近い場所に居るのは翔子です。
他の誰も彼に歩み寄ることに成功していません。
ですから。
今は翔子に任せるしかない部分だと思っています。
うまくいけば戦力の立て直しという意味では成功といえるでしょう。
ただ。
仮に天城君の参加を認めさせる事に成功したとしても、
そう簡単に手を貸してくれるかどうかという部分には疑問が残ります。
「上手く行くかしら?」
「駄目なら別の方法を考えればいい。だけどね。少なくとも学園に対して協力することは認めているんだ。話し合う価値はあるはずだよ」
…確かに、そうね。
昨日の理事長室での話を思い返してみました。
指輪を受け取る条件として、
彼は学園への協力を認めています。
具体的な発言はしていませんでしたが、
理事長の言葉に頷いていたことは今でもはっきりと覚えています。
「まずは行動してみるしかない。何事もやってみないことには結果はでないからね」
ええ、そうね。
私もそう思うわ。
話を終えたことで。
龍馬は全ての書類を片付けてから、
ゆっくりと席を立って私に振り向きました。
「沙織はどうするつもりだい?」
…私は。
どうすればいいのでしょうか?
少しだけ考えてしまいましたが。
今の私にできることはそれほど多くはありません。
「私は研究所に向かうわ。毎日の日課だし。それに今すぐにどうにか出来る問題でもないでしょうから」
「まあ、そうだね。ひとまず僕も色々と試したいことがあるから実験室に行ってくるよ。」
「だったら行き先は同じね。」
「ああ、そうなるね。」
龍馬は出口に向かって歩きだします。
その後ろを追って、
私も魔術研究所に向かって歩きだすことにしました。




