依頼
《サイド:常盤沙織》
翔子と分かれてからしばらくして、
校舎の屋上にたどり着きました。
そして屋上に出てすぐ傍にある特風会に視線を向けました。
ここはいつもと変わらない景色です。
昨日の出来事とは何も関係のない、
いつもと同じ風景でした。
…平和そのものね。
昨日までの出来事が嘘のように、
何も変わらない日常が続いているのです。
…とりあえず。
龍馬は会議室よね?
目の前にある会議室の裏手には、
私達が使用している専用の休憩所もあるのですが。
おそらく今の時間帯だと、
龍馬は会議室側にいると思います。
ですので。
真っ直ぐに会議室へと歩みを進めました。
特別風紀委員専用会議室。
通称『特風会』です。
ここは各分野において優秀な成績を持つ人材だけが入ることの出来る特殊な委員会でもあります。
…と、言っても。
現時点では生徒番号が降格している龍馬ですが、
だからと言って特風から除外されたわけではありません。
今回の降格は異例の判断ですし。
能力を封印したと言っても、
実力的には問題がないからです。
だから。
今でも龍馬が私達の指揮官であることに変わりはありません。
番号に関係なく。
実質的に龍馬が特風の頂点に居ることに変わりはないのです。
純粋な実力だけを見れば天城君が一番であることはすでに証明されているのですが。
彼は特風の一員ではありませんし。
風紀委員としては龍馬が頂点のままで話が進められています。
…今まで通り。
龍馬が特風の指揮官であり。
その下に私と翔子と北条君の3人がいるのです。
そして私達の下にはそれぞれの部門の補佐官もいるのですが、
現在、特風に所属している生徒は総勢14名になります。
それぞれの役割と説明すると。
全ての権限を持つ全体の指揮官として龍馬がいます。
その龍馬の下に4つの部門があるのですが。
諜報活動を主とする部門には3人の生徒が所属しています。
一応、翔子が『諜報部』の責任者にはなるのですが、
今は天城君と一緒に行動していますので一時的に離脱した状況のままです。
しばらくすれば戻ってきてくれると思うのですが、
具体的にいつになるのかは未定ですね。
そんな翔子の補佐として。
繰り上げ3位になった和泉由香里さんと、
順位は128番で特風の中では最下位ですが、
卓越した行動力と情報網を持つ長野淳弥君という男子がいます。
そして。
情報処理能力が高くて、
魔術の解析や構築などの研究者としての実績も合わせ持つ3人の生徒が『分析班』です。
天城君に敗北して生徒番号は降格しましたが、
繰り上げもあって現在29位の矢野百花さんが責任者となり。
補佐として36番の木戸祐樹君と45番の須玉聡美さんがいます。
そして特風の主力と言える『実行部隊』として、
鎮圧や制圧などの戦闘を主とする5人の生徒がいます。
筆頭の北条君が現在暫定1位になっていますね。
そして天城君に敗北して降格しましたが、
繰り上げ4位の岩永一郎君と27位へ降格した後に繰り上げで24位になった大森遼一君。
現在8位の伊倉信夫君と10位になった梶原裕美さんがいます。
そして最後の医療部門からは、
私と現在19位の芹澤里沙さんがいます。
この14名が風紀委員の幹部として治安維持を一手に引き受ける学園の要になっています。
今もまだ眠りから目覚めない北条君や降格した龍馬と翔子を含めると、
特風の中で主力といえる3人が欠けた状態になります。
さすがにこの状況では治安維持の為の力が不足していることは事実です。
…根本的に手が足りないのよね。
そもそも『治安維持』というのは学園内部だけの話ではないからです。
私達の目的は平和と安定なので、
この町全体においての治安も任されています。
各町ごとに設立されている学園のそれぞれに独自の防衛力が存在していて、
それぞれの町の治安維持を任されているのです。
学園内部だけであればそれほど悩むことはないのですが、
町全体となると話は別ですね。
単純に人手は必要ですし、
何をするにしてもある程度の実力は必要です。
そういう意味において現在の状況はあまり好ましいと言える状況ではありません。
早急に何らかの手を打つ必要があると思います。
そういう話も含めて、龍馬を探していました。
…ふう。
特風会の部屋の前に立って、
大きく深呼吸をします。
そして室内に龍馬が居ることを願いながら、
ゆっくりと扉を開きました。
『キィーッ…』と、
扉のきしむ音と共に広がる視界。
かなり広い部屋ではありますが、
仕切りはあまりありませんので一目で室内が一望出来ます。
ゆっくり確認してみると、
室内には3人の生徒がいました。
一人は諜報部の長野淳弥君です。
翔子の補佐として活動する副責任者の一人ですね。
翔子が滅多に会議室に来ないせいで、
各地から集まる情報を整理して書類にまとめる作業のほとんどを彼が一人で行っています。
ですので。
今日も書類整理に追われているように見えました。
そんな長野君とは少し離れた場所で何らかの作業を行っている人物は医療部門の芹澤里沙さんです。
私の補佐としての立場があるのですが、
彼女の場合は特にやらなければいけないことはありません。
基本的に医療部門の私達は、
誰かが怪我をしない限り活動する機会がありませんので。
人手が足りない時に善意で書類整理を手伝うくらいしか仕事はありません。
おそらく今日は北条君達が動けない状況を考えて、
戦闘部門と分析部門の書類整理や風紀委員への直接的な指揮を執るために協力してくれているのだと思います。
そして。
部屋の一番奥にいる人物。
いつもの席に腰を下ろして書類の束に視線を向けている人物が私の探していた人になります。
予想通り、龍馬はここにいました。
3人は事務作業を進めながら何らかの話をしている最中のようでしたが、
扉が開いた音で気付いてくれたようですね。
揃って私に視線を向けてくれました。
まずは、挨拶をしたほうが良いでしょうか。
「おはようございます。」
出来る限り丁寧に挨拶をしてから歩みを進めていくと。
「おう、おはよう、常盤さん。」
「おはよ〜沙織。元気にしてる?」
長野君と里沙の二人が気さくに挨拶を返してくれました。
「ええ。健康そのものよ。」
軽く挨拶を交わしてから3人の側に歩み寄ります。
「龍馬もおはよう。」
「ああ、おはよう沙織。調子はどうだい?」
「特に問題はないわ。いつも通りよ。」
「ははっ。それは何よりだね」
龍馬も笑顔を見せてくれました。
本当は彼の方が疲れているはずなのに、
そんな様子を一切見せないのです。
「龍馬は大丈夫なの?」
私の視線は自然と龍馬の右手にある指輪へと向いてしまいます。
だから、でしょうか?
私の質問の意味に気付いた龍馬も指輪に視線を向けました。
「ああ、大丈夫さ。後悔はしてないし、する必要がないからね。強くならなければ彼に追いつくことは出来ないんだ。だから力を失うとかそういうことは大した問題じゃないって今は考えてる。」
天城君に追いつくために。
強く拳を握り締める龍馬の瞳には強い意志の力を感じます。
ですが。
長野君は納得できなかったようですね。
「はぁ…。そういうもんかねー?」
龍馬の言葉を聞いて疑問を呟いていました。
「わざわざ力を捨てる必要はないと思うけどな?」
確かに、そうかもしれませんね。
長野君の言い分も分かります。
いえ、分からないとは言えません。
そう思う気持ちは誰にでもあると思うからです。
ですが。
割り切ることも大切なのではないでしょうか?
今の力を維持しながら別の力を求めるよりも。
今ある力に見切りをつけて、
全く異なる力を追い求めること。
それも一つの方法だと思うからです。
二つを追い求めるのではなくて、
ただ一つを求める方がより確実ではないでしょうか?
荒療治と言えばそうかもしれませんが、
新たに一から出直すという気持ちが大事なのだと私は思います。
そしてそれはきっと。
龍馬も同じはずです。
「これでいいんだよ。」
自信を持って答えた龍馬の言葉には一切の迷いが感じられません。
「………。」
龍馬の気迫を感じた長野君は大きなため息を吐いていました。
「まあ、本人が良いならそれで構わないけどな。でもなー。何だか勿体ねえな。」
何度もぼやく長野君ですが、
静かに話を聞いていた里沙は別の話題が気になっている様子でした。
「まあ、なっちゃったものは仕方がないとして…。それはともかく、御堂君が負けるなんてそっちのほうが驚きよね~。その天城って子はそんなに強いの?」
いまだに信じられない様子の里沙ですが、
そう思うのも無理はありません。
これまで龍馬は無敗の英雄だったからです。
学園の内外を問わず。
龍馬が敗北したことは一度もありません。
だからこそ里沙も驚いているのですが、
今回の事実はどれほど疑っても変えられないのです。
多くの人達が二人の試合を見届けていたからです。
だから龍馬は真面目な表情で里沙の質問に答えていました。
「彼はとても強いよ。おそらく…」
言葉を詰まらせて、瞳を閉じました。
少し思い悩むような表情ですね。
口に出す事をためらうような表情を浮かべてから、
静かに言葉を続けました。
「おそらく僕達が…いや、特風全員で挑んでも彼には勝てない。それだけは自信を持って言えると思うよ。」
「…はあ?」
「う、うそ〜〜~!?」
龍馬の言葉に驚く二人。
けれど。
真剣な表情を浮かべる龍馬を見て、
二人は口を閉ざしました。
信じられないという表情を浮かべながらも、
龍馬の言葉に嘘はないと思う信頼があるからです。
相反する二つの気持ちが重なり合って、
どう答えるべきか悩んでしまう様子の二人でしたが。
今度は私から話し掛けることにしました。
「龍馬の言葉に嘘はないわ。」
私も戦ったから分かるけれど。
彼は決して負けないと思うのです。
「例え力を封印した現状でも…彼に戦いを挑む勇気を私は持てないわ。そう思えるくらいにね。彼は強いのよ。」
「「………。」」
私の言葉を聞いて黙り込む二人。
面識がなくて情報すらまともにないからか、
私達がどれだけ説明してもすぐには納得出来ない様子ですね。
ですが真剣な表情を浮かべる私と龍馬を見て、
二人はそれ以上の追求を諦めたようでした。
「御堂、悪かったな。勝手なことを言って」
「いや、気にしてないよ。きみの言葉も決して間違ってはいないからね。」
微笑みを浮かべる龍馬。
そんな龍馬を見たからでしょうか?
長野君は気まずさを捨て去るかのように、
もう一度頭を下げました。
「いや、御堂の気持ちも考えないで言い過ぎた。俺は天城という男を知らないが、御堂の心を動かすほどの男だということは理解出来た。だから…」
長野君は頭を下げたままで言葉を続けました。
「俺も応援する。御堂がもう一度学園の頂点に返り咲ける日が来るように、俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「ははっ。ありがとう。きみが理解してくれたことが何よりも嬉しいよ」
龍馬が笑顔を浮かべた瞬間に空気が軽くなったような気がしました。
長野君も笑顔を浮かべています。
こういう関係を友情というのでしょうか?
少し、羨ましい気がしますね。
「ん~。とりあえず私は様子見かな~?」
呟いた里沙は私達から離れて自分の席へと戻って行きました。
そして慣れた手つきで私物を整理しながら私に話しかけてきたのです。
「ねえねえ、沙織。今日は図書館で少し調べ物をしてから医務室に行くつもりなんだけど、沙織はどうするの?」
…そうですね。
今日の予定は、特にはないはずです。
強いて言うなら昼食で翔子と合流できるかどうか?というくらいでしょうか。
ですので。
いつも通り魔術研究所に向かうつもりでいます。
「今日も研究室に篭ると思うから医務室には行けないと思うわ」
「あ~、やっぱり?まあ、沙織はそっちが本業だから専念してて良いと思うんだけど。ここ最近、医務室も忙しいみたいだから時間があったら手を貸してほしいって依頼が来てるわよ。」
「あら?そうなの?」
珍しいですね。
そういった依頼が来ることは滅多にないからです。
翔子の友人である鈴置美春さんもそうですが、
医療に関しては保健委員でもある救急医療班が担当しているはずです。
そのため。
風紀委員に依頼が来ることは基本的にありません。
「何かあったの?」
「さあ?私も詳しい話は知らないんだけどね。やたらと怪我をして医務室に運び込まれてくる変な新入生がいるらしいわよ~」
「新入生?」
「っていう話よ。まあ、実際にどういう事情なのかは、あとで医務室に行って確認してくるわ。まあ、心配しなくても沙織が出向くほどの問題じゃないとは思うけどね~」
どうなのでしょうか?
よく分からない依頼ですが、
救急班の手が追いつかないほどの怪我人が出ているという話なのでしょうか?
「私に協力できることならいつでも言ってね。」
「ええ、必要ならね。まあ、とりあえず確認に行ってくるわ。」
医務室からの援護要請の内容を確認するために。
里沙は会議室から出て行ってしまいました。




