課題
そして彼と共に行動してから数分後。
校舎前の校庭から校舎内の医務室は近いからね。
すぐに到着したんだけど。
午後10時になる5分ほど前に医務室にたどり着くと、
彼は迷うことなく医務室の中へと足を踏み入れてしまった。
そして挨拶もせずに医務室を進んでしまったんだ。
そんな彼に常駐している医師達が視線を向けていたけれど。
彼は気にする様子もないまま真哉の眠るベッドまで進んでしまう。
…遠慮という言葉はないのかな?
なんて、思わなくもないけれど。
聞いたところで「興味ない」と言われてしまいそうだからね。
僕は医師達に一礼だけしてから、
彼の後を追いかけることにした。
「真哉に会いに来てどうするつもりなんだい?」
「…少し気になってな。」
彼は真哉の胸の上に手を置いてから、
ようやく話してくれたんだ。
「これから行うのはあくまでも確認だ。だからおそらく意味はない。」
「…意味はない?」
「ああ、俺は吸収の力を失ったからな。当然それに関する力は一切使えないはずだ。だとすれば…」
彼は右手に力を込めたようだ。
だけど、何も起こらなかった。
…魔力の反応もなかったよね?
魔術が失敗したというよりも、
そもそも何も起きなかったように感じたんだ。
「…やはり、無理か。」
彼はこの結果を予想していたらしく、
静かにため息を吐いていた。
だけど僕としてまだ、
何をしたかったのかが分からない。
そもそも何を確かめたかったのかさえ知らないからね。
そんな僕の疑問を感じ取ったのかな?
彼は何かの確認を諦めてから、
ようやく説明してくれたんだ。
「すでに知っているとは思うが、俺は吸収の力を基点として幾つかの魔術を完成させていた。」
「…あ、ああ。そうらしいね。それなら僕も知ってるよ。」
彼の言葉の意味なら分かる。
魔剣ソウルイーターもそうだけど。
僕の知っている範囲だけでも霧の結界や天使の翼などの幾つもの特殊魔術を彼は完成させている。
だけど。
…この話に流れだと、他にもまだ僕が知らない力があったということなのかな?
首を傾げてしまったからかな?
彼は説明を続けてくれたんだ。
「俺が完成させた魔術の中には『魔力の供給』という力もあった。」
「魔力の供給?」
「読んで字のごとく、魔力を他人に受け渡す理論だ。」
…あっ!?
彼の言葉を聞いて直感的に理解した。
彼が試したかったこと。
それは『魔力の回復』だ。
僕や沙織、そして翔子に魔力を送り込んでいたように、
真哉に対しても魔力の供給を行おうとしたんだと思う。
だけど、彼は失敗した。
力を失った影響で魔力を送り込むという力まで使えなくなったんだろうね。
彼はそれを確認しにきたんだ。
「魔力の供給そのものは吸収とは関係がない。真逆の理論だからな。だが、吸収の能力を基点としているせいで理論に狂いが生じているようだ。」
彼はそう分析しているらしい。
だけど確かにそうとしか考えられないと僕も思う。
本当に無関係なら使えるはずなんだ。
だけど力が使えないということは、
封印した能力に属しているということになる。
つまり。
現状において真哉を目覚めさせる方法がない、ということでもある。
彼が力を使えない以上。
真哉が自然と目覚めるのを待つしかない。
それが明日なのか?
明後日なのか?
それとも一週間後なのか?
それは誰にも分からない。
「思った以上に封印の影響が出ているようだな。少し研究し直した方が良いかもしれない」
彼の話を聞いたことで、
僕も不安を感じてしまった。
それは恐怖と言ってもいいと思う。
何故なら彼の言葉はそのまま僕にも当てはまるからだ。
僕も支配の能力を中心として独自の理論を組み上げてきた。
…こうなると。
ジャッジメントとグランド・クロスは使えないだろうね。
力を封印した影響で理論に歪みが生じているはずだ。
それがどの程度まで影響を及ぼすのかは僕自身でも計り知れない。
だからこそ。
彼の落胆はそのまま僕の今の状況を如実に映し出していることになる。
力を封印したことによる影響。
それを完全に把握して、
理論を組み替える必要があるんだ。
「きみは理論の組み替えにどの程度の時間がかかると考えているんだ?」
「新たな基点があればそれほど時間はかからないはずだ。問題はその基点を見つけられるかどうかだが、それが俺達の抱えている課題と言えるだろうな。」
…そうだね。
僕達の抱える課題。
それは潜在能力であり。
僕達が目指す新たな力だ。
彼の言う通り、
新たな能力がはっきりすれば理論の構築は難しくないと思う。
だけどそれが理解出来なければ、
いつまで経っても理論は完成しないということでもあるんだ。
ただ力を失っただけで、
成長できないことになってしまう。
もちろん封印を解除すれば今まで通りには戻れるんだけど。
ここで諦めてしまえば彼との差は更に広がってしまうことになる。
だから、封印を解除することはできない。
…ただやり直せば良いという話じゃないんだ。
今まであった力が使えない。
その事実を乗り越えた上で別の力を探さなければいけない。
頭ではわかっていたはずなのに、
それがどれほど難しいことなのか。
今まで気づかなかった現実と直面したことで、
言葉に出来ない重圧感が心に広がっていく。
…本当に辿り行けるんだろうか?
悩んでしまう。
だけど。
そんな僕にも彼は微笑んでくれるんだ。
「焦ってもすぐに答えは出ない。それは俺も同じだからな。」
僕と同じだと言ってくれた。
同じ悩みを抱えていると言ってくれたんだ。
…そうだね。
今はまだ同じ場所にいるんだ。
僕だけが出遅れているわけじゃない。
僕も、彼も、翔子も。
同じ場所から始めるんだ。
「時間はある。お互いにゆっくり考えればいい。」
確認を終えた彼は真哉から離れて、
来たときと同じように周りを気にすることもなく医務室を出て行ってしまった。
僕や真哉のことも気にかけることなく、
一人で行ってしまったんだ。
…ははっ。
…置いていかれてしまったね。
無理に追いかける必要もないんだけど。
これはこれでどうすればいいか悩んでしまう。
…封印の影響、か。
一人残されたことで、
真哉の寝顔を眺めながら小さくため息を吐いてしまった。
「…はぁ。落ち込んでも意味がないってことは分かってるんだけどね。」
分かってはいるけれど。
自然とため息が出てしまうんだ。
そんな自分を情けないと思ってしまう。
だから今は。
しっかりと真哉と向き合うことにしたんだ。
今もまだ眠り続けている真哉を見ていたら、
こうして行動できるだけでもありがたいと思えるからね。
「大丈夫。僕はまだくじけたりしないよ。」
眠り続けている真哉と向き合って、
今の気持ちを言葉にする。
…これから始めるんだ。
「僕はここから強くなるよ。」
真哉に対して。
そして自分に対して。
心に誓う。
決して後ろを振り返らないこと。
そして前を向いて突き進むことを。
誓ったんだ。




