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THE WORLD  作者: SEASONS
4月5日
197/1414

それが普通

《サイド:米倉美由紀》



時計に視線を向けてみる。


時刻は8時40分を過ぎたところね。



「はぁ…。」



一人きりの部屋で時計を眺めながら、

大きくため息を吐いてしまったわ。



だから、何?ってこともないけれど。



自然とため息が出てしまうのよ。


たぶん精神的に疲れてるんだと思うわ。



慌ただしい一日を終えた私の疲労はすでに限界に近いものがあるのよ。



…だけど、ね。



まだ休むわけにはいかないわ。


まだやらなければいけないことが残っているからよ。



天城総魔との本格的な交渉がこれから始まるの。



さっき会場でおこなった会話はまだ前振りの段階でしかないわ。


本当に話し合うべき交渉はこれから始まるの。



だけど。



その前振りの段階で相当な資金を費やしてしまったのが痛いところなのよね。



一応、原始の瞳は返してもらったけれど。


指輪は『3つ』も失ってしまったわ。



まあ、不要になった時点で返してもらえれば損失はないんだけど。


もしも壊れたり紛失されたりしたら、

結構な額の損害になってしまうでしょうね。



デタラメに高価なものではないけれど。


決して安いものでもないからよ。



一般的に考えれば指輪1つだけでも1年は生活出来るくらいの金額がかかっていると思うわ。



学園での生活で計算すれば5年くらいはのんびり暮らせるんじゃないかしら?



少なくとも指輪一つで学園に支払う入学金や寮費や食費なんかがまるまる賄えるはずなのよ。



翔子の場合はまだ収支が釣り合う範囲だとしても、

天城君の場合は完全に学園側の出費の方が大きいわね。



それほど高価な指輪を3つも渡してしまったことを考えると大きな痛手だと思うわ。



だって、ね。



新入生達からの入学金や町の各所からの寄付金のおかげで年間の収入は莫大だけど。


出て行く金額も膨大なの。



学園の維持費や運営のための人件費。


そういう部分で大半の資金を費やしてしまっているうえに、

研究所の運営資金でさえも学園でまかなっているから貯蓄できるほどの余裕なんてないわ。



経営状況が優良とは言い難い現状。


予算を超えた資金調達の穴埋めは、

私自身の財布から行わなければいけないのよ。



何故って?


それが理事職の役目だからよ。



学園を管理するのが学園長や教師達の仕事だけど。


学園を運営するのは理事の仕事なの。



だから運営に失敗した場合は責任を取るのが理事の役目なのよ。



その代わりに利益が出れば、

その利益が理事の収入になるわけだけどね。



で、まあ、この学園の理事は5人いるわけだけど。


私はその管理職になる理事長なわけ。



前年度は黒字で終われたけれど、

今年度は既に赤字が見え始めているわ。



今回の試合で破壊されてしまった検定試験会場の復旧を考えると。



…どうしてもね。



収支が釣り合わないのよ。



どこかで資金調達をしない限り、

経営者としての立場上、

負債を抱えるか私財を投入するしかないでしょうね。



それなりに裕福な生活をしてるつもりではあったけれど。


今回の出費は笑って済ませられるような範囲じゃないわ。



会場の復旧費用はともかくとして、

指輪に関しては間違いなく私が支払うことになるからよ。



…仕方がないわよね?



私の人生を引き換えにして天城総魔を封殺するか、

指輪を手放してでも交渉するしかなかったのよ。


その2択しか選べなかったんだから。



まあ、今更後悔しても仕方がないんだけど。


それでも多分。


もう一つ必要になるでしょうね。



きっと御堂君も指輪を求めるはずだから、

用意しないわけにはいかないのよ。


彼には今まで力を借りてきた義理があるわけだし。


御堂君の願いを断るつもりはないから。


指輪の一つや二つくらいは笑顔で差し出すつもりでいるわ。



…ただ、ね。



そうは言っても、この出費は半端じゃないのよ。



指輪のおかげで私の人生は守れたし。


学園の平和も守れたし。


この国の安定を手に入れたわけだけど。



その費用は全て私の負担なのよ。



そう考えると、お金で買った平和とも言えるわね。



良いか悪いかは判断しにくいところだけど。


私一人が苦労するだけで済むのならまだいいのかしら?



最終的な結果を見てみないことには何とも言えないけれど。


少なくとも時間は稼げたはずよ。



だからこの程度の痛みで済むのなら、

まだマシだって言えるはず。



そんなふうに無理やり気持ちを切り替えながら、

もう一度時計に視線を向けてみる。



時刻は8時45分。


さっき時計を見た時からまだ5分も経過していないようね。



天城君達がここへ来るにはまだもう少し時間がかかるかもしれないわ。



そう思ったことで、

改めてさっきの試合を思い返すことにしたの。



『天城総魔と御堂龍馬の試合』



現状でも恐ろしいほどの力を持つ者同士の戦いだったのよ。


あの二人が手を組んだら、

さすがに私でも勝てないでしょうね。



私と大悟が協力しても勝率は3割ってところかしら?



最速で御堂君を沈めてから天城総魔に対して二人がかりで攻め込めれば少しは勝率が上がるかもしれないけれど。



現時点では机上の空論でしかないわ。



今でこそ共和国最強って言われてる私でも手が出せないと思うほどの相手なのよ?



試合直後の弱ってる彼等なら私一人でも十分だったとは思うけど。


翔子や沙織の行動次第ではやっぱり分が悪いでしょうね。


安易な考えで勝てるとは思えないわ。



だからかどうかは分からないけれど。


試合が終わって弱り果てた二人の姿を見ても、

誰一人として動き出そうとはしなかったのよ。



翔子と沙織が受付を離れたことで無防備になったのに。


それでも誰一人として彼等に挑戦しようとはしなかったのよ?



そこにはもちろん『恐怖』という感情があったと思うわ。



弱っている状態を狙って戦いを挑んでも、

それでも勝てないかもしれないっていう恐れよ。



でも、ね。


それ以上に考えるべきことがあったと思う。



それはつまり『不安』よ。



仮に試合で勝つことが出来たとしても、

明日にはぶざまな敗北を晒すかもしれないという不安が残るからよ。



追い撃ちをかけるような試合で勝ち取った生徒番号なんて長続きしないわ。



再戦を挑まれて敗北するのは目に見えている上に、

報復としてボコボコにされるのがオチよね。



一時いっときの栄光の為に。


明日の恐怖を抱えるくらいなら。


手を出さないほうが賢明なのよ。



そう考えるのが自然じゃないかしら?



少なくとも私なら彼等に手を出すなんて馬鹿なことは考えないわ。



後々、恐怖に怯える日々なんて私なら耐えられないからよ。



そんな無茶をするくらいなら何もしない方が遥かにマシよね?



後ろ向きな考え方だとは思うけれど。


決して『手を出してはいけない相手』っていうのは確かにいるのよ。



そういう存在は確実にいて、

彼等はそういう立ち位置にいるの。



だから受付の妨害なんていう姑息な手段を考えなくても、

最初から誰一人として試合に参加しようなんて思う勇気のある生徒は一人もいなかったと思うわ。



それが『普通』なのよ。



戦わないことが恥だなんて思わない。


それが普通のことなの。



誰もが恐れるような絶対的存在に踏み込めるのは『単なる馬鹿』か、

もしくは本当に『実力のある者』だけよ。


だけどあの会場にはそのどちらも居なかった。



ただそれだけの話なの。



そのことを不甲斐ないとか情けないなんて思わないわ。



戦えないと思うことが当然だからよ。



だから翔子の努力は結論から言えば無駄だったでしょうね。



わざわざ本人にそんなことを説明する必要はないけれど。


きっと翔子だってその程度のことはちゃんと分かっていたと思うわ。



分かっていながらも。


それでも天城総魔の役に立ちたいと考えていたんでしょうね。



…恋する乙女の行動ってところかしら?



まあ、その辺りに関しても余計な口出しをするつもりはないんだけど。


今後は翔子の行動も考慮しながら計画を立てていくべきでしょうね。



上手くいけば天城総魔を取り込めるかも知れないのよ?



翔子の努力次第では御堂君以上に強力な味方を手に入れられるかもしれないわ。



だとすれば。


ここは翔子を応援するのが私にとって最善策じゃないかしら?



まあ、肝心の天城君がどう思うかにもよるけどね。


そんなことも考えながら、

いつ来るかも知れない彼等を待ち続ける。



そうしてじっと時計を見つめ続けているうちに。


時計の針が9時を指そうかという頃になって、

ついに部屋の扉がノックされたのよ。



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