二度目
《サイド:常盤沙織》
そろそろ時間ですね。
龍馬と私は一足先に検定会場へとやってきました。
翔子との約束の時間は午後7時なので、
まもなくその時と言えます。
…ですが。
たどり着いた会場内の雰囲気は、
少しだけ異常な空気だと思いました。
いつもと雰囲気が違うのです。
龍馬が前を進み、
私はその後ろを歩いているのですが、
足を踏み入れた検定会場の中は異様な静けさに包まれていたからです。
静か、と言っても誰もいないわけではありません。
むしろ人の数だけで言えば珍しく思えるほど沢山います。
それなのに。
誰一人として会話をしていませんでした。
まるで会話そのものを禁じられているかのような、
よそよそしい態度でただじっと会場内にいるのです。
「どういうことかしら?」
「さあ?僕にもわからないけれど、何らかの事情があるんだろうね。」
受付の周辺には見覚えのある生徒達もいます。
彼らも私達に気づいて視線を向けているのですが、
決して近づいてこようとはしませんでした。
「もしかすると、僕達と接触することを禁止されているのかもしれないね。」
…ええ、そうね。
私もそう思います。
おそらく彼等はこれから起こる出来事を知っているのでしょう。
異様に張り詰めた緊張感が彼らの現状を物語っています。
彼らは動く気配すら見せないまま、
ただじっと私達を観察していました。
「詳しいことはわからないけれど、そういう指示が出ているんだろうね。」
一言も話さない彼等から視線を逸らした龍馬と共に受付周辺を見回してみると、
研究所の職員と思われる人物達が出入り口の内側を封鎖している姿が見えました。
もちろんそのことは会場に入る時から気づいていたのですが、
その理由までは知りません。
「出口を封鎖して、外出を禁止していたのかしら?」
「だろうね。だからいつもより沢山の人がいるんじゃないかな?」
今ここにいる生徒達はここにいたくているわけではないようです。
外に出ることを禁止されて、
出るに出られない事情があって残っている様子でした。
…まだ状況が飲み込めないわね。
もう一度受付を見渡してみます。
ですが、肝心の彼の姿は見えません。
「まだ来てないのかしら?」
肝心の天城君の姿が見つからないのです。
そして翔子もまだ来ていないようでした。
すでに約束の時間は過ぎているのに、です。
まだ午後7時を数分ほど過ぎただけですが、
だいたいそのぐらいの時間という話だったので遅刻という訳ではありません。
これから来るのでしょうか?
「これから来るのかもね。」
龍馬も同じように考えたようです。
そしてのんびりと受付に向かったのですが、
そこですぐに間違いに気付きました。
「…いや、どうやら出遅れたのはこっちのようだ。」
龍馬と共に名簿の一覧を眺めてみると、
生徒名簿にはすでに天城君の名前が記されていたのです。
「先に来ていたのね。」
「ああ、そうみたいだね。」
即座に振り返りました。
龍馬と共に試験会場に視線を向けてみると、
試合場の一角に天城君の姿が見えます。
「…こうして会うのは二度目かな。」
私はその場にいませんでしたが、
研究所で一度だけ見た事があるそうです。
試合場に立つ天城君の姿を目にしたからでしょうか。
龍馬は小さな声で彼の名前をつぶやきました。
「…天城総魔。」
龍馬の声を聞きながら、
私も天城君の後ろ姿を見つめました。
龍馬の視線の先にいるのは間違いなく天城君本人です。
受付側からは後ろ姿しか見えませんが、
見間違うことはありません。
試合場がある会場内に他の生徒は一人もいないからです。
受付周辺の待合室付近では数多くの生徒達が軟禁状態になっているのですが、
試合場方面には誰もいないようでした。
生徒としては天城君しかいないのです。
ただ、彼の周辺には黒柳所長や西園寺さんなどの研究所の職員の方々の姿が見えます。
天城君と何か話をしているようにも見えるのですが、
何を話しているかまでは分かりません。
「何を話しているのかしら?」
「…なんだろうね。ここからだと分からないけれど、向こうに行けばわかるんじゃないかな?」
龍馬は受付で天城君からの挑戦を受けるという手続きを済ませてから、
彼がいる試合場に向かって歩き始めました。
その後ろを私も追いかけます。
少しずつ近付いていく彼との距離。
龍馬が会場内に足を踏み入れたことで、
彼や黒柳所長達も私達が接近していることに気付いた様子でした。
だから、でしょうか。
「…それでは健闘を祈る。」
「ああ。」
黒柳所長達は彼と言葉を交わしてから立ち去ってしまったのです。
その結果として所長達がここで何をしていたのか分からないままになってしまったのですが、
研究所が関与しているのであれば例の結界に関してかもしれないという予測はできます。
そしてそれは龍馬も同じように考えているようでした。
「退出禁止による情報規制。その目的はルーン研究所が密かにおこなっていた結界に関する情報漏洩をふせぐこと、かな。」
「ええ、この状況だとそうなるでしょうね」
「彼と黒柳所長の関係は分からないけれど、黒柳所長としては真実をごまかすための偽の情報を伝えたか、あるいは事実を話して圧力をかけたか、その辺りじゃないかな?」
…さあ、どうかしら?
「実験の内容に関しては彼も既に知っているはずだから…」
「だとしたら、正々堂々と結界の準備を整えたと話していた可能性が高いかな。」
「多分、そうだと思うわ。」
「でもそれだと、情報を封鎖する必要はなかったんじゃないかな?」
「もしかしたら、他にも何か目的があるのかも…。」
「ああ、そうかもしれないね。見え見えの罠を仕掛けておいて、裏で別の罠をしかける。理事長なら考えそうな作戦だね。」
「気をつけたほうがいいかしら?」
「どうかな?僕達に危害が及ぶようなことはないだろうから、気にする必要はないと思うよ。」
…それは、そうかもしれないけれど。
「彼のことも心配しなくていいと思うよ。一応、理事長の目的は彼を戦力に引き込むことだからね。無茶なことはしないはずだよ。」
「だと、良いんだけど…ね。」
これまでの流れを考えると、
そんな簡単には割り切れない気がします。
もっと重要な何かが隠されているのではないでしょうか?
それが何かは分かりませんが、
直感的に感じてしまうのです。
きっと何かが起こるはずだと、
警戒心が訴えていました。
…これが単なる思いすごしなら良いのですが。
何も起こらないと断定できる期待も信頼もありません。
理事長から情報が得られなくなったせいで、
ただただ不安だけが心の中を渦巻いてしまうのです。
…翔子はどうしているのかしら?
試合場付近にも受付付近にも翔子はいません。
本来なら天城君の傍にいるはずの翔子がどこにもいないのです。
…もう、試合が始まってしまうのよ?
天城君と龍馬の距離は20メートルほどです。
まもなく会話が出来る距離になってしまいます。
それなのに翔子はまだ会場に来ませんでした。
…試合を見ないつもりなの?
少し心配に思いながら何度も翔子の姿を捜していると、
ついに龍馬が試合場へとたどり着いてしまったのです。
「やあ。」
気軽に声をかけながら。
試合場にたどり着いた龍馬は自己紹介を始めました。




