二つの想い
《サイド:常盤沙織》
…あまり時間がないわね。
試合まで残り3時間を切りました。
もうすぐ日が暮れる時刻です。
決戦までの時間が刻一刻と過ぎてしまいます。
…何処にいるの?
落ち着かない気持ちを抱えながら、
ただ独り闇雲に校舎の中をさ迷っていました。
…どこに行けばいいの?
といっても迷子というわけではありません。
どこに行けばいいのかが分からないのです。
校舎内にいるという噂を頼りにして龍馬を探しているのですが、
今日はなかなか見つかりません。
いつもならすぐに会えるのに、
今日はなかなか会えないのです。
最初に特風会に向かいましたがいませんでした。
授業を受けるという話は聞いていませんので各階の教室は見ていませんが、
職員室や理事長室にもいないようです。
…一体、どこにいるの?
会いたいときに会えない。
ただそれだけのことで焦りと不安を感じて落ち着くことができませんでした。
「龍馬…。」
…今、どこにいるの?
会って話がしたいのに、
どこにいるのかがわからないのです。
これから始まる試合に向けてすでに行動しているのでしょうか?
結果がどうなるのかはわかりませんが、
個人的には試合の行く末はどちらであっても良いと思っています。
天城君と龍馬のどちらが勝ったとしても、
素直には喜べないからです。
…ただ。
私の個人的な気持ちとしては龍馬に勝ってほしいと願っています。
ですが、翔子の気持ちを考えれば天城君が勝つ方がいいはずです。
…愛情と友情。
二つの想いで揺れる心はどちらも選べません。
だから試合の結果はどちらでもいいのです。
どちらが勝っても嬉しいですし。
どちらが勝っても悲しいから。
今はただ純粋に龍馬のことを心配していました。
龍馬は今、どこで何を考えているのでしょうか?
キョロキョロと周囲を見回しながら、
広大な面積を誇る校舎内をくまなく歩き続けます。
それでもなかなか出会えない龍馬を捜し続けて校舎の1階をひたすら歩き続けました。
その結果として。
懸命に捜索し続けていた私の視線の先に、
ようやく龍馬の姿が見えました。
彼の後ろ姿を見つけたのです。
龍馬に気づいた瞬間に自然と足を止めて呼吸を整えていました。
これから試合を行うのは龍馬なのに、
私が緊張して動揺するわけにはいきません。
龍馬の応援をするために探していたのですから、
彼の不安を取り除くことが私の役目です。
…ふう。
一度だけ大きく深呼吸をしてからごく自然な足取りで龍馬に歩み寄りました。
そして背後に近づいてから彼の名前を呼びました。
「龍馬」
「え?」
背後から呼び止めたからでしょうか?
振り返った龍馬は驚いたような表情でした。
「あ、ああ。沙織か。こんにちわ。」
「ええ。こんにちわ、龍馬。」
たわいもない挨拶ですが、
ただそれだけのことで自然と心が落ち着いていくのを感じてしまいます。
龍馬の声が聞けるだけで嬉しいと思ってしまうのです。
こうして龍馬と会えただけでも来てよかったと思えました。
「こんな所で会うなんて珍しいね。どうかしたのかい?」
龍馬の言うこんな所とは風紀委員が使用する会議室の前ということです。
私も龍馬も広い目で見れば風紀委員に所属していますのでここに来ること自体には何の問題もないのですが、
私達は管理職となる特別風紀委員に所属していますのでこちらに来ることはほとんどありません。
ですので私としては会議室に用はないのですが、
そういう龍馬がどうしてここにいるのかも分かりませんでした。
「私は龍馬を捜していただけだけど、龍馬は何か予定があったの?」
「いや、予定というほどではないかな。」
風紀委員の会議室に視線を向けてみると、
微笑みながら教えてくれました。
「以前に借りていた物があってね。少し時間が空いたから返しに来ただけだよ。」
「ああ、そうなのね。」
何を借りていたのかは知りませんが、
ここは風紀委員の会議室です。
龍馬が出入りしても不自然ではありません。
だからそれ以上の質問はやめて、
これからのことを聞いてみることにしました。
「ねえ、龍馬。試合の準備はどうなの?」
「ははっ。まあ、今更出来ることなんて何もないからね。試合が始まるまではゆっくりしようかなって思ってるくらいだよ。」
「そう。そうなのね」
心配して訊ねてみたのですが、
龍馬は笑って答えてくれました。
…思っていたよりも大丈夫そうね。
気楽に答える龍馬を見ているだけで心が安らいでいくのを感じてしまいます。
もしかしたら心配する事は何もないのかもしれません。
結果がどうであれ、
龍馬と私の関係は変わらないからです。
なんとなくですが、
そう思えるようになりました。
「龍馬は勝てると思う?」
「どうだろう?実際に彼の実力を確認してみないと判断できないけれど、勝負に絶対はないからね。だからまだ負けると決まった訳じゃないよ。」
龍馬の笑顔は変わりません。
ですが、不安を感じているのはすぐに分かりました。
…あまり良い意味ではないわよね。
勝てるとは言ってくれなかったからです。
もちろん負けるとも言いませんでした。
曖昧な表現だったのです。
…だけど。
私や翔子のように弱音を吐くことはありませんでした。
だからこそ龍馬らしいとも思います。
「落ち着いているのね。」
「あれこれ考えても仕方がないからね。」
全力で戦って、あとは結果を待つだけという感じでしょうか。
そんな決意が龍馬の言葉には含まれていました。
「もう余計な事は考えてないよ。真哉から吸収した魔力がどうとか、彼の実力がどうとか、そんな事はどうでもいいんだ。試合が決まった以上、僕としては全力で戦うだけだからね。」
余計なことは考えない。
その決意を聞けただけで十分です。
「貴方の勝利を祈ります。」
精一杯の笑顔で祈りを捧げました。
これが私の本心です。
「ありがとう、沙織。その笑顔だけで十分だよ。」
微笑み返してくれた龍馬にこれ以上言うべき言葉はありません。
ただ静かに、二人で並んで歩きだしました。
…今はこれでいいのです。
言葉はもう必要ありません。
ただ結果を受け入れるしかないのですから。
だから私は祈りたいと思います。
龍馬に勝ってほしいから。
龍馬には最強でいてほしいから。
このあとの結果なんて考えることはやめて、
ただ龍馬の傍にいることにしました。




