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THE WORLD  作者: SEASONS
4月5日
172/185

0ではない確率

《サイド:天城総魔》



…ここに来るのは久しぶりか?



たどり着いたのは図書館だ。



すでに通い慣れたと感じる場所なのだが、

不思議と懐かしい気もしてしまう。



二日目と三日目に訪れて以来。


昨日、今日と来ることがなかったからな。



相反する感覚を感じてしまったのかもしれない。



…二日ぶりか。



毎日来ているような気がしていたのだが、

考えてみるとそうでもなかったらしい。



正直に言えば今日もここに来る理由はなかったのだが、

最後の試合が始まる午後7時まで特に予定がないからな。



時間を潰すつもりで図書館に訪れていた。



特に目的もないまま中に入ってみる。



…久しぶりに訪れたが。



いつきても静かな場所だな。


特に今は翔子がいないから余計な面倒がなくていい。



…一人、か。



現状、翔子と沙織はここにはいない。


二人とは別行動をとっているからだ。



今は一人で行動している。



決戦に向けて気持ちを集中させたいという理由もあって翔子達とは別行動をとっているのだが、

たどり着いた図書館はいつもと変わらない雰囲気を保っていた。



そのおかげかどうかはわからないが、

自然と心が落ち着く気持ちを感じてしまう。



…平穏な時間だな。



何気なく周囲を見渡してみる。


図書館を利用する生徒達の姿は数多く見えるものの。


知り合いらしき人物は一人もいないようだ。



だからこそ余計な気を使わなくて済むとも思う。



…一人の方が気楽で良い。



これまで学園の各地を見てきたが、

図書館にいるときが一番落ち着けるような気がする。



他とは違う独特の雰囲気だからな。



どことなく神聖な空気さえ漂っているように思えるほどだ。



…だから、だろうか?



ここで過ごした時間は短いようで長かったとも思う。



二日間で数時間程度しかいられなかったが、

その僅かな時間の間に数多くの魔道書と向き合ってきた。



そうしてさまざまな出来事を考え、

過ごした時間が今の俺の力になっている。



それらを思えば。


愛着があるというほどではないものの。


ここは特別な場所だったと言える気がした。



…ふう。



今日は4月5日か。



初日を別とすれば、

実質4日しか活動していないことになる。



僅か4日。


だが、その間に色々なことがあった。



当初は何も知らないまま戦いを繰り返し。


ある日突然、翔子と出会い。


幾度も妨害を受けながら。


霧の魔術を完成させて。


美春達との戦いを乗り越え。


翼を完成させ。


魔剣を産み出し。


数多くの戦いによって魔力を集め。


初めて翔子と戦い。


沙織や北条とも戦った。



そうして。



ついに学園2位までたどり着いた。



次の試合で全ての戦いが終わることになる。


もちろん負けてしまえば出直す必要があるのだが、

勝つことができればそこで終わりだ。



その上はもうない。



次で終わりだ。



これまでの出来事を思い返しながら、

特にすることもないまま図書館の中を見回してみる。



一体ここにはどれくらいの蔵書があるのだろうか?


例え時間があっても全てを数える気にはならないが、

ざっと計算しても軽く10万冊を超えるだろう。



一定以上の貴重な資料や魔道書は置かれていないようだが、

それでも全てを見てまわろうと思えば年単位の時間が必要になるはず。



それほど膨大な数の書籍の中で、

直接手にした魔道書は50冊にも満たない。


俺が知っているのは本当にごく一部だけだ。



これまでの戦いで身につけてきた魔術の数は、

現存する魔術の何%なのだろうか?



それすらわからないが、

多めに見積もっても一割にさえ満たないだろう。



試合そのものは順調に勝ち進んできたが、

まだまだ魔術の全てを極めたわけではないからな。



学ぶべきことはまだまだ数多くあると思う。



少なくとも沙織のように千を超える魔術を扱えるようになろうと思えば、

まだまだ先が長い話だ。



だからこそ、思うこともある。



仮に学園の頂点に立ったとしても魔術の全てを極めたとは言えない、と。


本当の意味で全ての魔術を極めるためには、

沙織のように時間をかけて一つずつ魔術を身につけていくしかない。



「全ての魔術を極める…か。」



それも良いかもしれないな。


共和国に存在する全ての魔術を極めるために学園に留まり続けるという選択肢もあるだろう。



無理に急いで卒業する必要はないからな。


今後の方針として扱える魔術の幅を広げるのも面白いと思う。



…いや。



それを考えるのは試合の後だ。


先を望みすぎて足元が疎かになるようでは目的を叶えることなど出来はしないからな。



一歩ずつ、着々と進めていくことが重要になる。



それに、ここへきた目的は気分転換だ。


余計なことを考えるのは後回しにして静かな時間を過ごそう。



最後の試合で勝つために。


今は体力と魔力を回復させることが優先だ。



そのためにここに訪れた。



元々、単独で行動することが多かったことで一人でいるほうが気持ちが落ち着くということもあるが。


周りの誰かに気を使う必要などなく、

誰もが自分の世界に集中できる特殊な空間であるこの図書館こそ、

気持ちの整理に相応しい場所だと思っている。



時間を潰すという目的においてここに勝る場所はないだろう。



そんなふうに考えながら歩いていると、

自然といつもの席にたどり着いていた。



…ここも変わらないな。



特別な思い入れがあるわけではないのだが、

最初に座ったという理由で図書館に来る度に同じ席を選んでいる。



ここが俺の指定席だ。



そんなふうに思っている席は今日も当然のように空いていた。


そのせいか無意識のうちに腰を下ろしてしまう。



そうして一息つく。



だからといって何かが起こるわけではないものの。


ここに座っているだけで安らぎを感じることができる。



…いままでなら幾つもの魔道書を並べていたのだが。



今日は捜し物はないからな。


見るべき書物の検討さえ付けていない。



そもそも目的がないから手に取りたいと思う書物も存在しない状況だ。



だから机の上には何もないはずだった。



それなのに。



目の前には一冊の魔道書が存在している。



と言っても、これは俺が用意したわけではない。



ここへ来る前から置いてあったものだ。



誰かがこの席を使用中という可能性も0ではないと思うが、

他に筆記用具や荷物があるわけではないからな。



単純に置き忘れてしまったのだろう。



おそらくここへ来る前にいた誰かが片付け忘れたものだ。



一冊の魔道書だけがぽつんと置き去りにされている。



…懐かしいな。



この本には見覚えがあった。


一度目を通したことがあるからだ。



本の題名は『特殊魔術基礎理論』と書かれている。



今ではすでに興味がないものの。


以前は興味を持って調べたことがある魔道書の一つだ。



中に記されている内容も今ならまだ覚えている。


基本的な属性とは関係のない特殊な魔術に関する項目が数多くあったはずだ。



吸収の能力に関して調べていた時に調べていた魔道書でもある。



…今でも内容は覚えている。



似たような魔道書として『特殊魔術応用理論』というものもあるのだが、

こちらは圧縮魔術に関する情報を集めている時に手にした魔道書だ。



どちらにしてもすでに興味がないのだが、

今ここあるのは初期に図書館に訪れた頃に調べていた魔道書になる。



それが懐かしく思えて、

何気なく手を伸ばしてみることにした。



…基礎理論か。



すでに一通りの基本書には目を通しているからな。


この本も研究の為に手に取っていたのだが、

全ての研究がここから始まっていたのだと思えば少し感慨深いものがある。




この魔道書と出会わなければ霧の魔術が生まれることはなかったかもしれない。


この魔道書との出会いも、

俺にとっては必要な出来事の一つだっただろう。



とは言え。


あの日からずっとここに置き去りになっていたということはもちろんない。



翔子に邪魔をされて書物を片付けられなかった経験はあるが、

次に訪れた時には本来あるべき場所に戻されていたからな。



おそらく図書委員の誰かが一つ一つ丁寧に片付けていったのだろう。


その苦労を押し付けたことに関しては申し訳ない気もするが、

翔子にまとわりつかれてそこまで手が回らなかったことも事実だからな。



出来なかったことは仕方がない。



だがまあ、書物の管理も図書委員の役目だ。


置き去りにされた書物を本棚に戻す作業も職務の一つだろう。



それが当然とは言わないが、

図書委員の職務によって本来であれば本棚に戻されるはずの魔道書も、

彼らが気づく前にここへ来たことで残っていたのだろう。



つまり。


この席で。


この魔道書を。


読んでいた人物がいるということだ。



俺ではない他の誰かがこの本を手に取り、

今日この席で読んでいた。



それが誰なのかを知る方法はないが、

俺と同じ書物を同じ席で読んでいた人物がいることを考えただけで自然と笑みが込み上げてしまう。



不思議な偶然だと思ったからだ。


決して0ではない確率だが、

その事実にこうして気付ける可能性は何%くらいあるのだろうか?



そんな疑問を考えながら置き去りにされていた書物を本棚へ戻す為に席を立ってみる。



周囲の席では真面目に勉強を行っている生徒達が数多くいるようだが、

少なくとも彼等ではないだろう。



魔道書を忘れていった人物はおそらくすでに図書室にはいないだろうからな。



それでも、もしも会えるとしたら一度会ってみたいとは思う。


仮に会えたからといって

どうするということもないのだが。


純粋に俺と同じ行動をとっていた人物を見てみたいと思うからだ。



…だがまあ、そうそう簡単には会えないだろうな。



学園には1万人以上の生徒がいるからだ。



その中の誰かを特定するのは難しい。



…ただ。



魔道書が基礎理論であることを考えれば、

俺と同じように入学したばかりの新入生なのかもしれないとは思う。



年単位で学園にいる上級生達が今更基礎理論を調べるとは思えないからな。



絶対にないとは言わないが可能性は低いだろう。



だとすれば新入生になるはずだ。


今年の新入生は千人を超える程度。



…1万人の中から捜すよりは簡単か?



それでも全体の1割になる。


1万2千人の中の千人。


その中にいる一人となると十分なほど面倒な話だとは思うが、

同期とも呼べる他の新入生達は今頃どうしているのだろうか。



俺はすでに頂点の一歩手前まで歩みを進めている。


だが、他の新入生達も同じように活躍しているかはわからない。



一部の生徒はセカンド・ステージにたどり着いているだろうか?


すでにサード・ステージまで進んでいる生徒がいても不思議ではないと思うが、

よほど特殊な魔術を考えでもしない限り難しいだろう。



おそらくほとんどの新入生はファースト・ステージで悪戦苦闘しているはずだ。



それが普通らしいからな。


もしも吸収の能力がなければ、

俺はまだセカンド・ステージにいたかもしれない。



…どうだろか?



あるいは別の能力に目覚めて結果を出していたのだろうか?



そんな仮の話は想像すらできないが、

おそらく今ほど簡単に勝ち上がることは出来なかったのではないだろうか?


全く異なる能力だったとしても、

特化した才能があれば話は変わってくるとは思うのだが。



それも仮定の話でしかない。



実際にどうなるかは考えようがない。



だがそれでも。


別の道があった可能性は考えてしまう。



吸収ではない別の能力を発見することで、

もしも今とは異なる能力を手に入れていたとしたら?


もしかしたら今とは異なる世界が見えていたかもしれない。



…吸収ではない別の能力か。



その可能性を考えてみるのも面白いかもしれないな。


あくまでも可能性でしかないが、

魔術とは想像力を具現化するものだからだ。


今の自分とは異なる状況を想像することで、

新たな能力を手に入れられる可能性はあり得るだろう。



…常に上を目指し続けるのであれば。



そういう選択肢もあるのかもしれない。



別の能力を模索すること。


それも試合後の一つの方向性になる。



…まただ。



試合後のことは考えないようにしているつもりでも、

気付けばその先を考えてしまう。



「…まあ、いい。」



読むつもりのない書物を本棚に戻してから座り慣れた指定席に戻ってみる。


今は何もないテーブルの上。


そこに少しだけ寂しさを感じてしまう。



何もないテーブルがこれほどまで殺風景だとはな。


いつもなら所狭しと書物を広げて研究を行っていた。



それなのに今日は目的がない。



幾つか考えている事はあるものの。


今はただ試合に向けて集中すべきだと考えて休息を優先している。



…このままでいいのだろうか?



もうすぐ4時になる。



試合開始まであと3時間しかないが、

まだ3時間あるとも言える。



…どうするべきだろうか?



現状で出来ることは幾つもある。


ただ、何をするにしても中途半端に終わってしまいそうな気がした。



…だとすれば。



何もしないという選択肢もたまにはあっていいのかもしれない。


気持ちを休めることも重要な選択肢だからな。



今はこのまま考え事でもしていよう。



時間はまだまだあるが、

新たな魔道書を眺めることはしない。



ただ静かに。


時が過ぎるのを待つことにした。



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