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THE WORLD  作者: SEASONS
4月5日
164/185

自然の法則

「とりあえずだ。汎用性に関しては今後も研究を続けるとして、他の部分から解決していくことにしよう。」



未だに解決していない汎用性に関しては黒柳が責任を持って考えるらしい。



実際に経験しているうえに、

どういう現象が起きるのかを知っているからな。



時間さえかければそれほど難しい作業ではないだろう。



極論すれば超音波を発生させるだけの簡単な魔術だ。


黒柳も難しく考える必要はないと結論を出しているはず。


だから今は別の疑問から解決していくことになった。



「まず、基本的な部分からだが。一口に超音波といっても、実際にはどの程度の波形が必要だと考えている?」



…超音波の周波数か。



どう説明するべきだろうか?



数字で示すことができれば話は早いが、

正確にこうでなければならないという基準はないとも思う。



ある一定以上の周波数であれば最終的な効果はほぼ同じになるだろうからな。


だから今回は実際に実験で行った方法を説明することにした。



「実験で展開したのは人が認識出来る限界のおよそ『10倍』の音域だ。今回はそうしていた。」



と言っても、倍率に関しての理由は特にはない。


ただ単に分かりやすい目安として発動してみた結果が10倍程度になっていただけだ。



「10倍か、なかなかの高周波だが、それだけの力が必要だと思うか?」



どうだろうな。



今回は暫定的に設定しただけだからな。


必須と言えるかどうかは実際に試してみなければ分からないだろう。


それでも実験結果から逆算すれば、

おそらくは5倍程度でも十分に通用すると思う。


だが、周波数を下げれば下げるほど効果が弱まる可能性が高くなるからな。


現状を基準としておいた方が調整はしやすいと思う。



「気になるのなら他にも色々と試して見れば良い。」


「…ふむ。それもそうだな。」



黒柳は顎に手をあてて何かを黙考し始める。



周波数の計算をしているのだろうか?



通常、人が認識できる可聴域かちょういきは2万ヘルツ以下だそうだ。


犬なら6万ヘルツ程度であり、

猫であれば10万ヘルツほどになるらしい。



人が認識出来る音域の10倍ということは単純に20万ヘルツの高周波ということになるのだが、

これほどの音域となれば聞き分けられるのはせいぜいコウモリくらいだろう。


それらを踏まえたうえで黒柳の頭の中では拘束結界の全貌が組み上げられているはずだ。



「ふむ。確かに10倍程度が理想的な数字かもしれないな。」



観測結果が記された書類を考慮して周波数を計算しているらしい。



黒柳が考えていた元々の理論とは大きく離れているが、

気にするほどではないだろう。


肝心なのは結果を出す事だからな。


誰のどんな理論でも問題はないと考えているのは明らかだ。



拘束結界という目的さえ実現できれば黒柳の目的も達成されることになる。



それで十分だと考えているのだろう。


将来的に敵になるかもしれないとしても、

俺の理論を丸呑みすることに抵抗はないようだ。



一人の研究者として、

完成された理論に欠点がないか?という一点のみを重要視しているように見える。



「それでは聞くが、この結界の欠点は何だと思う?」



…欠点か。



今回の実験では明らかにならなかったが、

可能性を言い出せば思い浮かぶ欠点は幾つもあるだろう。


黒柳もすでに幾つかの答えを想定しているはずだ。



だとすれば、これは俺を試すための問いかけかもしれないな。



欠点に気付かない程度の実力なのか?


それとも欠点をごまかそうとするのか?



それらを見極めようとしているように思えるからだ。


もしもそうなら下手な誤魔化しは逆効果だ。


ここは即座に答えておいたほうが良いだろう。



「可能性だけなら思いつく問題点は幾つもあるが、現時点でも確実に欠点といえる問題が一つだけあるな。」


「ほう…。」



欠点があると認めたことで、

黒柳は素直に感心した様子だった。



「自分の理論を客観的に判断できるのだな?ふふっ。一流の研究者としての素質が感じられるぞ。」



どうやら分析能力があることを評価してくれたようだが、

それ以上に黒柳を感心させた理由が別にあるらしい。



『弱点が存在する』と認めた発言そのものだ。



俺がその事実を認めるとは思っていなかったようだが、

今回の発言によってこれまで以上に黒柳の信頼を得られた気がする。



「自分自身の考えを否定できる者などそう多くはない。それこそ実験が成功したあとであればなおさらだ。」



…確かにそうだな。



目の前の結果に満足して、

そこで研究を止めてしまう者が数多くいるのが実情だろう。


それは研究員に限らず、

学園の生徒も同じだ。



目先の結果を気にしすぎて、

大局を見失うという話はよくあることだ。



「それが間違いだとは言わないが、その先へ踏み込んでいくのが一流の研究者だと俺は考えている。」



…ああ。



黒柳の考えを否定するつもりはない。


実験の成功が終わりではなく、

そこから新たな研究が始まるということだ。


その考えは理解できるが、

今回はそこまで深く考えていたわけではない。



「ただ単純な問題点を理解しているだけだ。」


「それで十分だ。そこに気づけるかどうかが重要なのだからな。その先に踏み込むかどうかは個人の判断になるが、そもそも気づけないようでは話にすらならない。」



…まあ、それもそうだな。



何も気づかなければ、

そこで研究は止まってしまうことになる。



だが。


気づいてさえいればいつでも再開できる。



「答えに気づいているというだけで、きみは十分に優秀なのだよ。」



黒柳はそう判断してくれるらしい。



「…ということで、ここで一つ確認をしてみようか。」



俺に、ではなく、黒柳は自分の隣に視線を移した。



隣にいるのは西園寺だ。


お茶の片付けを終えた西園寺が戻ってきているのだが、

彼女は問題の欠点を未だに理解出来ていないように思える。



懸命に答えを考えている最中のように見えるからだ。



とは言え。


この欠点に関しては黒柳も実験段階で気付いていただろう。



「…さて、西園寺君。」



未だに答えの見つからない西園寺に視線を向けたまま、

簡単な質問を始めようとしていた。



「もしもきみが結界の内部にいるとして、だ。仕掛けられた超音波に対して、きみならどんな対策を考える?」


「そ、それはもちろん、シールドを展開しての防御…は、不可能でしたよね。魔術を遮断出来ても音は遮断できませんから。」



そう。


魔術の遮断は簡単だが、

音を遮断するのは簡単ではない。


それこそ聞き取れない音域をどうやって遮断するのか、という問題になる。



…難しいだろうな。



不可能とは言わないが、

俺でも出来ないだろう。



目に見えるもの。


耳で聞こえるもの。


手で触れられるもの。


そういったものであれば対処は可能だ。



だが、認識できないものを対処するのは難しい。



だからこそ思いついた対処法を即座に否定して悩んでいるようだが、

それはホンの数秒だけですぐに明るい表情に戻った。



「答えは空気の遮断ですね!」



自信満々に答えていたが、

その表情を眺めていた黒柳は大きくため息を吐いている。



期待外れだったからだろう。



ため息を吐きたくなる気持ちは分からなくもない。



「…あれ?違いましたか?」



…いや。



判断に悩む部分だな。


決して間違いではないからだ。


ただ、現実的でもない。



「音を遮断すれば拘束から逃れられると思うんですけど…?」



確かにそうだな。


真空を作り出して空気を遮断すれば、

音が生み出す空気の振動を止めることはできる。


もしも実現出来れば遮断出来るだろう。



だが、実際にやってみるのは難しいと思う。



…どう説明するべきだろうか?



納得させられる説明を考えていると、

不満げな態度の西園寺を眺めていた黒柳はもう一度ため息を吐いてから話し始めた。



「間違いではないが、空気を遮断してしまっては呼吸そのものが不可能になってしまうのではないか?」



そう。


自分の周囲を真空にするということは空気を一掃するということだ。


仮に真空の層を作り出して周囲を覆うとしても、その場から動けなくなってしまうことになる。


下手に真空に触れれば自分自身を傷付けてしまうからな。


拘束結界の影響からは逃れられるかもしれないが、

その場から動けなければ拘束されているのと同じだ。


それでは対処したとは言えないだろう。



「残念だが真空による遮断方法は最善策とは言えないな。」



脱出出来なければ意味がないからだ。


そして、そもそもの問題が解決できていない。


これでは正解とは言えないだろう。



「それに、だ。そもそもの前提として拘束結界の内部で魔術を展開する余裕があるとも思えない。」



…そう、そこだ。



ここが最大の問題となる。


拘束結界の影響下でどうやって真空を作るのか?という問題だ。



黒柳でさえ魔術を使えなかった状況で、

どうやって真空を作り出すのか?


その一点が解決できないからだ。



「それらを踏まえたうえで言わせてもらうと、残念だがきみの提案は現実的ではないと言わざるをえない。」


「…でしたら…。」



西園寺が再び悩みだす。



「風で吹き飛ばす…とかですか?」



自信なく答えた西園寺に対して、

黒柳は静かに首を横に振っていた。


正解から離れてしまったからだ。



「………。」



他には思いつかないのだろうか?


沈黙した西園寺の表情は完全に困り果てているように見える。



「…降参します。」



答えが分からなかったらしい。


大人しく頭を下げたことで、

黒柳は笑顔を浮かべながら西園寺の頭を撫でていた。



「まだまだ勉強が足りんな。」


「…くっ!」



馬鹿にされているとでも思ったのだろうか。


黒柳の行動が気に入らなかった様子の西園寺は頭を下げたままで密かに握りこぶしを震わせている。



「屈辱です…っ!」



まるで子供をあやすかのような態度で頭を撫でられたことが気に入らなかったのだろう。


怒りに震える西園寺の憎悪に気付いているのかいないのか。


黒柳は笑顔を浮かべたまま正解を発表した。



「答えは簡単なことだよ西園寺君。正解は超音波を起こす。ただそれだけだ」


「………。………。………。……はぁっ!?」



意味不明といわんばかりの表情だった。


まだ理解できていない西園寺の為に、

解説を続けていく。



「今回実証した拘束結界は『超音波』によって混乱を引き起こす魔術だ。だがもしも、結界の内部でも超音波を起こせばどうなるか、分かるか?」


「…あっ!波形の相殺!?」



そこまで話を進めたことで、

ようやく西園寺も理解した様子だった。



「重ね合わせの原理ですね!」


「正解だ」



重ね合わせの原理。


それは特定の波形に対して真逆の波形を合わせると、

互いに干渉しあって両方の波形が『均一化』されるという自然現象のことだ。



同一の勢いがあれば波形は互いに勢いを打ち消しあって平行線になる。



つまり、超音波に限らず全ての『音』が消失するという事だ。



だがこれは『同一』でなければならない。


一方の勢いが強ければ均一化に失敗して相殺するどころか増幅する可能性があるからな。



波形に対して『真逆』の波形を返さなければならないという条件付きだが、

成功すれば理論上は相殺が可能になる。



それが拘束結界の理論にも適用されるということだ。



魔術による直接的な効果ではなく、

超音波という間接的な方法をとっているからな。


自然の法則から逃れる事が出来ないということでもある。



「方法は理解できましたが、結界の発動から対象への影響は僅か数秒間です。その間に魔術を発動させて超音波を起こすことができるのでしょうか?可能性としては否定出来ませんが、果たして本当に実現出来るものなのでしょうか?」



西園寺の言葉を聞いた黒柳が俺に視線を向けてきた。


それだけで黒柳の言いたいことは理解できてしまう。


すでに俺の情報を知っているはずだからな。



「出来るのだよ、西園寺君。少なくとも彼にはできる。」



黒柳は確信しているようだ


この結界を無効化出来ると。


その可能性を考える黒柳と西園寺の視線を真っ直ぐに受け止めながら説明を引き継ぐことにした。



「絶対とは言わないが、不可能ではないと思う。実際に影響が出てから混乱作用が発生するまでには2、3秒の時差があるからな。その間に圧縮魔術を展開、発動できれば間に合う可能性が十分に有る。」



俺の説明を聞いた西園寺は『なるほど』と頷いていた。



「確かに圧縮魔術による対応は可能ですね。相殺が間に合うかどうかは別問題ですが…」



まあ、そうだな。


そもそもの問題として拘束結界を圧縮しておかなければならないという前提はあるのだが、

疑問を呟く西園寺の言葉を引き継いだ黒柳が再び解説を始めた。



「現状では俺と天城君なら可能だろう。一時的には意識を分断される苦しみに耐える必要はあるが、影響が出る前に発動するだけだからな。純粋に詠唱を行うよりも抵抗できる可能性は遥かに高いはずだ。」



もちろん即座に解除とはいかないだろう。



防衛の為に発動した超音波が拘束結界の波形と真逆でなければ相殺は失敗して結界の影響を受けてしまうからな。



難しい技術にはなるが、

魔術を展開することさえできればそのあとの対応は可能になる。



試合場全域を覆うほどの結界の全方位から発生する超音波に対して真逆の超音波を起こして相殺を計るというのは至難の技だと思うが決して不可能ではないはずだ。



残念な話だが、ここに所属する職員達の実力では無理だろう。



現時点では西園寺でさえ不可能かもしれない。



だが…。



「おそらく、俺と天城君なら相殺は可能だ。理論を正しく理解し、対応出来るだけの実力もあるからな。」



…だろうな。



黒柳の発言を否定しようとは思わなかった。


俺も同じ考えを持っていたからだ。



完全なる相殺。



あるいは無効化を行う為には真逆の超音波を起こす必要があるのだが、

その答えを知らなくても正確に調べる方法が一つだけある。



ある程度弱めた超音波から徐々に周波数を上げていけばいずれ答えを探り出せるということだ。



もちろん結界の内部にいて自らの意思で魔術を操ることはできないが、

自動的に周波数を上げるだけの魔術を展開しておけば、

あとは放置するだけで答えを調べてくれるだろう。



その間。



解析までに多少の時間をようするせいで一時的には魔術の影響を受けてしまうことになるだろうが、

解析が追いついた瞬間に超音波が途絶えて魔術の影響からは逃れることができるようにはなる。



ただ、この方法では正解が判明したあとも迎撃魔術は自動的に周波数をあげようとしてしまうため。


拘束から逃れられる時間はコンマ数秒程度だろう。


それでもその瞬間さえあれば周波数を固定することは可能だ。



「言いたいことは理解できなくもないのですが…」



西園寺がふとした疑問を口にする。



「超音波を起こすと言っても、向かい来る超音波に対して、相殺の為の超音波なんて起こせるものなのでしょうか?」



まだ信じられないといった雰囲気の態度だな。


そんな態度の西園寺を見ていた黒柳が自信をもって答える。



「簡単な事だ。自分の周囲に拘束結界を展開させて内側ではなく外側に向けて超音波を起こせば良いだけだからな。」


「外側へ、ですか?」


「ああ、そうだ。もちろんこの方法にも限界はある。だがそれ以外の方法はないと言っても良いだろう。」



結界の外側に向けて超音波を起こすこと。


それ自体は難しくはない。


誰にでも実現可能だ。



だがこの方法にも自然の法則が適用されてしまうという欠点はある。



攻撃側は全方位という効果を最大限に利用出来るのだが、

迎撃側は距離と共に周波数が変化してしまうからだ。



…これは位置関係の問題だが。



結界内の立ち位置によって音波の強弱が生まれてしまう。



…こればかりは相殺側が不利になるのは避けられない問題だな。



攻撃側は多少周波数にブレが生じても問題はない。


全方位から攻撃できるからな。


だが相殺側はそうはいかない。


攻撃側の周波数を探りながら、

微妙なブレまで計算しなくてはいけないからだ。



結界内で一歩でも動けば周波数は微妙に変化する。


それは当然の現象だ。


なぜならあらゆる周波数が距離とともに弱まってしまうからな。



一歩踏み出すだけでも状況はわずかに変化する。


前に進めば前方からの周波数は強くなり、

後方からの周波数は弱くなる。



その微妙な変化に対応しなければ完全な相殺は不可能になってしまう。



そのため。


拘束結界の内部において各方面に応じた超音波を起こせるかどうかが上手く相殺出来るかどうかの分かれ目になるだろう。



だからこそ拘束結界に対する相殺の条件は3つだ。



【1】超音波を利用していることを知っている事。


【2】拘束魔術を使える事。


【3】相殺するための超音波を調整出来る事。



それら全ての条件を満たした時に拘束結界の影響から逃れる事が出来る。


現段階でいえば正確に理論を理解しているのはここにいる3人のみだ。



魔術の使用そのものは3人とも可能だが、

理論構築能力において西園寺は及ばないらしい。


それでも今回の実験内容そのままに超音波の音域が10倍の固定値だとすれば両者の波長は重なるからな。


相殺実験そのものは西園寺でも実証できるだろう。


現時点で超音波の調整ができるのは俺と黒柳だけという話だ。



「はあ…。わかるような、わからないような…そんな感じですね。」



説明を聞き終えた西園寺は小さくため息を吐いていた。




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