親友への牽制
《サイド:黒柳大悟》
天城君が結界を解除した瞬間。
拘束結界の影響下にいた職員達が次々と倒れて意識を失っていった。
…まさか、これほどの影響が出るとはな。
もちろんこの結果は予想できる範囲内ではあった。
すでに自分で経験しているからな。
どういった現象が起きて、
どんな状況が現れるかも知っている。
だからこの結果は予想通り。
いや、予定通りと言うべきか。
…こうなるとは分かっていたが。
実際に目にしたことで余計に実感してしまうな。
すでに実験場は死屍累々といった惨状だ。
これでは職員達は当分使い物にならないだろう。
少しやりすぎな気もするが、
そうでなくては目的を達成できないからな。
拘束結界本来の目的を考えればこの状況は喜ぶべき結果だ。
…とはいえ。
結界の影響は肉体的な不快感よりも精神的な被害が大きいからな。
実験に参加した職員達の中には嘔吐してしまう者までいるようだ。
すでに意識を失って痙攣している者までいるが、
この場合はむしろ意識を失えたほうが幸せだったかもしれないな。
気絶できずに中途半端に動ける者のほうが苦しみが大きいように思えるからだ。
…いっそ、気を失えたほうが何も感じなくて済む。
俺自身も死んだほうがましだと思えるくらいの不快感を感じていたからな。
抵抗力の弱い職員達では元の状態に戻るまでに数日を要するかも知れない。
だが、これほどの効果がなければ実験を行う意味がなかったのも事実だ。
予想を下回る程度の効果では実験を行う意味がない。
最低でも天城総魔を封じられるだけの効果がなくてはならないのだ。
その前提を達成するためには職員が全滅する程度の効果は必須だったと言えるだろう。
…少なくとも。
その程度の効果がなければいざという時に役に立たない。
実験の結果は最悪の状況だが、
だからこそ結界の有効性が実証されたとも言えるのだからな。
実験台として参加した全ての職員達が体調不良を訴える惨状と化した実験室。
30名もの職員達が一斉に医務室送りになってしまったが、
結果だけを見れば実験は大成功と言えるだろう。
天城総魔の宣言通り。
30分とかからずに終了したのだ。
…まさしく有言実行だな。
職員達には気の毒なことをしたが、
これで美由紀の求める研究は完成したと言える。
汎用性という問題点はまだ残っているものの。
結界自体は完成したからな。
現状では魔術を発動できる人員は限られてしまうが、
決して使えないわけではない。
最低でも俺と西園寺君は間違いなく実行できるだろう。
おそらく研究所の幹部達なら他にも発動できる者がいるはずだ。
…理論自体は単純だからな。
ある一定以上の理解力さえあれば結界を発動させることはできる。
おそらく美由紀や常磐君でも使えるだろう。
…幾つか欠点はあるとしても。
現時点では十分に満足出来る結果と言って良い。
あとは、詳細を突き詰めるだけだ。
…時間はまだある。
もう少し彼と話し合うべきだろう。
ただその前に、念を押しておく必要はあるかもしれないな。
…さて、どうしたものか。
倒れた職員達が次々と医務室に運び出されて行く様子を見送りつつ、
隣に居る西園寺君に振り返ることにした。
「心配か?」
「…え、ええ、まあ。」
運び出されていく職員達を心配そうに見つめている。
普段は厳しい態度を見せる西園寺君だが、
それは根が真面目ゆえにだ。
決して性格に問題があるわけではない。
ルーン研究所の副所長として、
職員達の模範となる行動を心がけているにすぎないからな。
「彼らが心配な気持ちは分かるが、これも研究のためだ。今は我慢してくれ。」
「は、はい。もちろん分かっています。仮に私が彼らの立場だったとしても不満を言うつもりはありません。私達は研究者です。魔術のさらなる発展の為なら、この身を捧げる覚悟は出来ています。」
…やはり真面目だな。
いや、真面目すぎるか?
もう少し柔軟な考えを持ったほうが楽に生きられると思うのだが、
こればかりは俺が言えた立場ではないだろう。
…西園寺君には世話になっているからな。
仕事に人生をかけられる。
その意気込みを見込んで副所長を任せているのだ。
今ここで彼女の性格を改めさせる必要はないだろう。
「きみに指揮を任せて良かった。」
「い、いえ…。私は私の職務を全うしただけですから。」
俺と向き合う西園寺君は、
真剣な表情で一人の研究者として自らの思いを言葉にしてくれた。
「そもそも今回の実験においていかなる事態が起きたとしても、それは実験に参加の意思を示した職員の自己責任です。ですから、彼を恨むようなことは絶対にしません。」
…そうか。
惨劇を起こした張本人である天城総魔を恨むつもりはないと宣言してくれたのだ。
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
…これなら心配はいらないだろう。
西園寺君だけでない。
おそらく実験で倒れた職員達でさえも彼を恨むようなことはしないはずだ。
なぜなら。
この研究は天城総魔を拘束する手段を開発するという目的で始められたからだ。
それなのに。
彼自身を拘束する為の魔術が完成したというのに。
彼を恨むのはお門違いというものだ。
研究が完成するということは彼自身が困る結果になるのだからな。
その危険性を受け入れた上で実験に協力してくれた彼に不満など言えるはずがない。
互いに危険を承知の上で実験を始めたのだ。
彼の行動は賞賛こそするが、
批判などできるはずがない。
「随分と冷静になったな。」
「目の前にある現実を否定するほど頭が固いつもりはありません。」
…つくづく真面目な人間だな。
だが、だからこそ頼りになる。
「やはりきみに任せて良かった。」
「…求める結果に対して明確な答えを出した彼を批判するつもりはありませんから。」
彼を恨まないと断言した西園寺君を少しばかり褒めてみると、
天城総魔に視線を向けてながら小さな声で呟いていた。
…まあ、そうだな。
結果が全てと言ってしまうと語弊があるかもしれないが、
西園寺君なりに彼の実力を評価したということだろう。
これまであからさまな敵意を示していたからな。
今回の実験結果によって彼への敵対心が高まっては面倒なことになると思って心配していたのだが、
今の西園寺君からは彼に対する警戒心が感じられなくなっている。
…丸くなったというべきか?
こちらの研究を盗みに来たのではなく、
本当に協力に来たのだと理解したのだろう。
今はただ一人の研究者として、
天城総魔の実力を高く評価していることが感じられる。
「ふむ。きみの気持ちはよくわかった。俺としても優秀な協力者をみすみす手放すようなことはしたくないからな。仲良くしろとは言わないが、話し合いが成立する程度の関係は維持してもらいたいところだな。」
「…そうですね。前向きに努力するつもりでいます。」
こちらの希望を素直に受け入れてくれる西園寺君の表情にごまかしや偽りは感じられない。
誰よりも真面目な西園寺君のことだ。
一度発言したことは意地でも守ろうとするだろう。
肝心の天城総魔が西園寺君をどう考えているのかはわからないが、
今後、西園寺君から敵対することはないはずだからな。
ひとまずこれで心労が一つ減ったと言えるだろう。
…いや、二つか?
西園寺君の態度が軟化したことも喜ばしい変化だが、
研究が完成したことで美由紀の圧力からも解放されるのだからな。
その点においては彼に心から感謝するべきだ。
…一度、じっくりと話し合いをしたいものだな。
時間を気にせずに疲れ果てるまで議論がしてみたい。
そんなふうに思えるほど、
彼への興味が膨らんでいた。
…ここで関係を終わらせるのは惜しいな。
以前は追い立てるように彼を見送ったが、
今では彼を引き止めたいと思っている。
…これほど興味を惹かれる人物は数年ぶりか?
何年か前に別の部署から西園寺君を引き抜いてきた時以来かもしれないな。
数年ぶりの優秀な人材だ。
是非とも味方に引き込みたいと願ってしまう。
…そう思えるほどの人材と出会えたのは久しぶりだ。
正直に言えば御堂君にはさほど興味を惹かれなかった。
ルーンの性能に関しては十分に素晴らしいと思ってはいるのだが、
彼そのものにはそれほど興味を惹かれなかったからだ。
どちらかといえば常盤君のほうが素晴らしい逸材だと思っているのだが、
彼女は『別の部署』に所属しているからな。
こちらの手元に引き込めないという事情がある。
…まあ、彼女に関しては諦めるしかないだろう。
常磐君の目的は『治療方法の確立』だと聞いている。
その点で言えばルーン研究所よりも治癒魔術の専門機関に所属するのは当然の判断だ。
だからこそ地上の研究所所長を務める友人の慶一郎が羨ましいと思っていたのだが、
今は彼女以上に興味を惹かれる人物が目の前にいる。
そして彼の存在を慶一郎は知らないはずだ。
…だとすれば今が最大の好機か?
…悪いが天城総魔はこちらで引き取らせてもらうぞ。
地上の研究所において最も大きな権限を持つ親友に対して心の中で牽制しつつ。
何も言わずに休んでいる天城総魔に視線を向けてみる。
久々の逸材だ。
絶対に逃がしはしない。
…彼を手の内に引き込んでみせる。
そんな思惑を抱きつつ。
報告を行ってくれる観測班達の話にも耳を傾けることにした。
彼らからの報告によると実験の結果は疑う余地なく大成功だったようだ。
想定していた範囲内において余す事なく影響を及ぼす事に成功し。
拘束結界の実用性が認められたらしい。
一度経験してわかっていたことではあるが、
改めて結果が出ると感慨深いものがあるな。
何もかもが順調だ。
ひとまず全ての報告を受けたあとで天城君に話しかけることにした。
「一旦、部屋に戻ろうか。まだ幾つか聞きたい事があるのだが、時間はいいか?」
「ああ。予定よりも早く終わったから時間はまだある。少しくらいなら付き合おう。」
彼は悩む素振りすら見せずに快く聞き入れてくれた。
…ふむ。
思っていたよりも素直な性格に思えるな。
これが演技で実は他国からの密偵だったという可能性はまだ否定できないが、
今のところ怪しい気配は感じられない。
…その辺りの探りを入れる意味でも話し合いは必要だな。
もう少し彼の情報を引き出すために、
場所を変えることにしよう。
「それでは、ついてきてくれ。」
彼の了承を得たことで、
改めて所長室に戻ることにした。




