上級生の務め
「ひとつ聞きたいんだが、ここには何番の生徒がいるんだ?」
「基本的にこの検定会場に集まっているのは9000番から9999番までの生徒ですよ。」
「ざっと千人か?」
「ええ、そうなります。全てではありませんが、ほとんどの会場が千名ごとに区切られていますので、他の会場に行っても生徒数は似たようなものです。ただ、ここもそうですが、会場に集まる平均的な人数で言えば200人に満たないでしょう。」
…なるほどな。
初戦を行なった12番の会場は初心者用だったから1万台の生徒が全員いたのだろう。
そのせいで2千人を越える生徒が所属していたのだが、
基本的には千人ごとに分けられているらしい。
そして所属は千人であっても、
実際に会場に集まっている生徒数は2割程度のようだ。
それも当然か。
校舎で授業を受ける生徒もいれば、
各施設で訓練を行う生徒もいるからな。
時間帯によって変動するだろうが、
平均的にみて200人程度ということだ。
「検定試験を受けたいんだが、入ってもいいのか?」
「11382番ですか…。」
手帳を見せながら問いかけてみると、
係員は生徒番号に視線を向けてから諭すように語りかけてきた。
「試験を受けるのは自由ですが、あまり無理はしないほうがいいですよ。対戦相手を選ぶ時は10番程度上の相手を目処にして試合を進めていくのが一般的な流れですから。」
…10番程度か。
引き留めはしないが出直した方がいいという意味だろう。
言いたいことはわかる。
自分よりも10番程度格上の相手と戦っていくのが基本だとすれば、
千番以上離れた成績で次の会場に向かうのは無謀だと言いたいのだろう。
もっと成績をあげてから、
せめて1万に近い番号を得てから挑戦すべきだと忠告してくれているのは分かる。
その意見はもっともだと思うが、
無理をするなと言われても引き下がるつもりはなかった。
…無理かどうかは戦えばわかるからな。
少しずつ成績をあげるのも悪くはないが、
それはその必要性を感じたときに判断すればいい。
まずは現在の力でどこまで勝ち上がれるかを調べることが重要だと思っている。
「やるだけやって、ダメなら出直すつもりだ。」
「そうですか。まあ、何事も経験です。その意気込みも大事かもしれませんね。」
意気込みか。
…どうだろうな?
勝敗よりも調査を優先する方針が意気込みと言えるかどうか分からないが、
善意で忠告してくれた係員の横を通り過ぎて会場内に向かうことにした。
そして迷うことなく受付に並ぶ。
「試合がしたい。」
先程と同じように試験の手続きを行う。
生徒手帳を出して申請すると返事はすぐに返ってきた。
「11382番、天城総魔さんですね。こちらの参加者名簿をどうぞ」
先程の受付と同じように、
受け取った参加者名簿には現在会場に集まっている生徒の番号と氏名が一覧となって記されているのだが、
今回は少しだけ内容に違いがあった。
自分よりも格下の生徒がいないからな。
会場内にいる全ての生徒の名前が記されているようだ。
だからこそ言えるのだが。
外にいた係員の説明通り、
集まっている生徒の総数は200名程度だった。
とはいえ数は問題ではない。
選べる相手は多いが、
探すべき相手は一人しかいないからな。
どれだけ集まっているかは重要ではない。
次に戦うべき相手の番号を確認しつつ、
差し出された参加者名簿を軽く眺めてから即座に一人の生徒を選んだ。
「この生徒で頼む。」
指差した先に記された名前は篠田良太。
面識は一切ないが、現時点では他に選択肢がない。
「え、え~っと…。篠田良太さんですか?」
対戦相手の名前を確認した係員は、
どことなく困ったような表情を浮かべながら言葉を詰まらせている。
「その…。本当に、この人で、いいんですか?」
言葉を詰まらせているのは、わざとだろう。
確認のために念を押しているのはすぐに分かったが、
だからと言って考えが変わるわけではない。
「ああ、そうだ。何か問題でもあるか?」
「え、い、いえいえっ。問題とかそういう訳ではないのですが、問題以前の問題というか…。いえ、挑戦は自由なので問題はないとも言えるのですが…。でも、その…。」
どう説明するべきか悩んでいるようだな。
とは言え、指名そのものに問題はないはずだ。
誰を選ぼうと自由だと聞いているからな。
だから、だろうか。
試合を拒む理由が思いつかなかったのか、
ため息混じりに試合の手続きを進めてくれた。
「え~っと、篠田良太さんですが本日はまだ下位対戦を行われていませんので挑戦を許可します。試合場E-9にお向かい下さい。」
「ああ、分かった。」
色々と面倒くさそうに手続きを済ませる係員の指示を受けて試合場E-9に向かうことにした。
会場内に複数ある試合場の中でも南側に位置する今回の試合場は受付から向かってすぐの場所にあるため、
たどり着くのは簡単だった。
手続きを終えてからものの数十秒で試合場にたどり着くと、
今回の審判を務める審判員が話しかけてきた。
「天城総魔さんですね。只今、対戦相手をお呼びしていますので、少々お待ちください」
「ああ」
小さく頷いてから対戦相手が現れるのを待つ。
そうしてそのまま何をするわけでもなく数分ほど待機していると、
呼び出しを受けた篠田が堂々とした足取りで試合場に姿を現した。
「待たせたな。あんたが今回の対戦相手か…って、見たことのない顔だな?」
話しかけながら歩み寄ってくる篠田からは
この会場における上位の風格が感じられる。
誰が相手だろうと絶対に負けないという自信に満ち溢れた強者の威厳が感じ取れる生徒だったのだが。
「…なっ!?」
こちらの生徒番号を確認したからだろう。
即座に顔色を豹変させていた。
「11382番だと!?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたのか?」
俺の番号を知って驚いている様子だが、
学園が定めた規則に従って行動しているだけだからな。
誰を選ぼうと何の問題はないと考えているのだが、
こちらの態度を見ていた篠田の表情は一瞬にして不機嫌に染まってしまった。
「どうかしたかだと?ふざけているのかっ!?仮にも俺は9007番だぞ!!2千番以上も離れているのに、勝てるつもりなのか!?」
もちろんそのつもりでここにいるのだが、
言い争う必要はないだろう。
勝てなければ出直すだけだからな。
そもそも負けても構わないという前提で行動しているのも事実だ。
勝てないと思える実力であってくれればそれでいい。
「勝てるかどうかは戦えば分かる。」
「馬鹿馬鹿しいっ!とんだ命知らずだなっ!!」
吐き捨てるように言い放ち、
見下しながら睨み付けてくる。
どうやら本気で怒らせてしまったらしい。
わざと怒らせようと思ったわけではないのだが、
俺の態度が気に入らなかったようだ。
「痛い思いをしても泣き言を言うなよ!」
その発言自体がバカバカしいと思うのだが、
下手に指摘すれば余計に逆上するだけだ。
今は余計なことを言わないほうが良い。
「大丈夫だ。そのつもりはない。」
言い争いをするためにここにいるわけではないからな。
感情を抑えるように淡々と答えることでつまらない会話を打ち切ったのだが、
もはやどう対応しても無駄なのだろう。
篠田はさらに不機嫌さを増していった。
「ちっ!」
舌打ちだ。
あからさまに不機嫌な表情を見せている。
…面倒だな。
こちらとしては戦って負けるならそれまでのことでしかない。
あくまでも実力調査が目的だからな。
結果的に勝てるようであれば次の会場に向かうだけだ。
負けても構わないと思っているからこそ必要以上に対戦相手と話し合おうとは思わないのだが、
篠田は格下の対戦相手に舐められていると感じたのだろう。
完全に沈黙してしまっていた。
「………。」
互いに沈黙することで生まれてしまう険悪な雰囲気。
息苦しささえ漂う重苦しい空気のなかで、
会話が終わったと感じた審判員が曖昧な笑顔を浮かべながら試合場に歩み出てきた。
「それでは試合を始めます。両者共に準備はよろしいですね?」
問いかける審判員に対して俺は無言で頷いただけだが、
篠田は不満を隠すことなく審判員に念を押していた。
「実力に差があるんですから、やりすぎで反則とか言わないでくださいよ?馬鹿が大ケガしてもそれは自己責任です。」
「…うーん。」
この試合において何が起きても自分が悪いわけではないと主張する篠田だが、
審判員はそうは思わなかったらしい。
「…初心者に指導をするのも上級生の務めですよ。」
やんわりと諭すように説得してから、
ゆっくりと後方に下がり始める。
「それでは、試合、始めっ!!」
どちらに味方するわけでもなく。
試合開始を宣言した審判員が結果を見届けようと行動するなかで、
篠田は開始早々に全力の一撃を放ってきた。
「氷柱吹雪!!」
風を起こして吹き抜ける冷気。
魔術としての格がどの程度なのかは分からないが、
生み出された数百もの小さな氷柱が上空から吹雪のように降り注ぐ。
…吹雪か、耐えきれるか?
一つ一つが細い針のような氷だ。
例え当たっても致命傷にはならないと思うが、
刺さればそれなりの怪我は避けられないだろう。
…数が多いな。
一つ二つなら回避できる自信はあるが、
数百の氷柱の全てを回避するのは不可能だ。
…ここは素直に防御するしかないな。
僅か数秒で距離を詰める吹雪を見つめながら、
迫り来る氷柱に対して防御結界を展開する。
「シールド!」
結界を展開した直後。
数えきれないほど多くの氷柱の雨が続々と結界に降り注いだ。
一本一本が針のように鋭く尖る氷柱。
眼などの当たりどころによっては重傷を負う可能性もある凶器。
鋭く尖った氷柱が次々と降り注ぎ、
展開している防御結界に着弾してパキパキと小さな音を立てながら結界を凍結させていく。
その様子を眺める篠田は容赦なく攻撃を続行していた。
「手加減なしだっ!!」
立て続けに発動する魔術。
数百が数千になり、
急速に数が増え続ける。
宣言通り、手加減は考えていないのだろう。
魔力を使い果たす勢いで何度も攻撃を繰り返し続けている。
…悪くはない闘い方だな。
相手に攻撃の隙を与えないという考えは共感できる。
連続して放たれる氷柱によって、
結界ごと氷に覆われて視界を遮られてしまっているからな。
これではこちらからの反撃はままならない。
…確かに強いな。
この会場において最上位の成績を持つだけはある。
放たれた魔術は俺の予想を上回るほどの威力を秘めているからだ。
そのうえで手加減など一切考えない篠田は、
結界を突き抜けるために容赦なく攻撃を続けている。
両手から絶え間なく放たれる氷柱。
限りある魔力を消費し続け、
膠着状態のまま数分の時間が流れていく。
その結果として。
「これが実力の差だ!!」
防御結界ごと氷付けにする力技よって勝利を確信したのだろう。
魔術を止めて吹雪を消し去った。
「まあ、俺が勝つのは最初から分かっていたから当然の結果だけどな。」
勝利を宣言する篠田によって静まり返る試合場。
誰も声を発しない試合場にいるのは無傷の篠田と審判員。
そして結界ごと凍結させられて姿の見えない俺だけだ。
「ふんっ!!調子に乗って一気に上位番号を狙おうと思ったんだろうが、そんなに甘くはないんだよ。もっと下から出直してくるんだな!」
篠田の台詞を聞き終えた審判員が動き出す。
試合終了を宣言しようとしているのだろうが、
このまま見過ごすつもりはない。
試合が強制終了する前に、
反撃の一手を放つことにした。
「炎の刃!」
「なっ!?」
氷で閉ざされたと思わせた内部で魔術を発動して炎を放つ。
「反撃だとっ!?」
不意を突かれて動揺したのだろうか。
周囲を包み込む氷を砕きながら突き抜けた炎の刃は、
勝利を確信して油断していた篠田の体を深く切り裂いていた。
「ぐ…あっ!?」
すでに試合が終わったと思い込んでいたのだろう。
完全に油断していた篠田は、
炎の刃の直撃を受けて片膝をついてしまっている。
その一瞬の隙をついて、さらに幾つもの炎の刃を生み出すことで周囲の氷を打ち砕く。
…これで自由は確保できたな。
篠田の先制は完全に失敗だった。
俺は無傷だからだ。
対する篠田は炎の刃を食らって負傷したために試合場にうずくまっている。
今、攻撃すれば楽に勝てるだろう。
氷からの脱出後、即座に新たな魔術を発動させる。
「氷柱吹雪」
「な…ん、だと!?」
今度はこちらの手から放たれた吹雪。
炎の刃の直撃によって身動きがとれない篠田は、
成す術もないまま吹雪に襲われて全身を凍結させながら意識を失っていった。
「………。」
立場が逆転した。
今度は篠田が沈黙する番だった。
すでに意識を失っている。
動く気配は感じられない。
完全に戦闘不能状態に陥っているようだ。
そんな篠田の様子を見ていた審判員が今度こそ試合終了を宣言した。
「試合終了!勝者、天城総魔!」
これで二勝目。
再び試合に勝利した。
ここまでは予定通りと言えるだろう。
たった2回の試合で一気に順位を上げることができた。
…この勢いなら次の試合も勝てるかも知れないな。
試合会場が変わっても極端な差は感じなかったからだ。
この辺りはまだまだ成績下位組ということだろう。
生徒総数はおよそ1万2千人。
その中で実力重視の生徒がどれほどいるのかは分からないが、
仮に半数程度だとすれば中央の6千番までは恐れるほどではないのかもしれない。
だとすれば次の試験会場でも勝てるだろう。
成績上位組と言えるのはまだまだ先のはずだからな。
次の八千番台でも大きく変わらないと思われる。
その予想を実証するために。
受付で手続きを終えてからすぐに次の検定会場に向かうことにした。




