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THE WORLD  作者: SEASONS
4月5日
155/199

貴女なら

《サイド:米倉美由紀》



…はあ。



もうお手上げね。



その言葉が頭の中を駆け巡ってしまったわ。




私の味方が次々と天城総魔側へ流れているのよ。


ここまで絶望的な状況に追い込まれたのは初めてだわ。



このままだと学園の均衡が崩れかねない。


その危機感が心の中を渦巻いているのよ。



…追い込まれすぎて、計画を急ぎすぎたのは確かね。



味方が減ったことに焦りを感じて根回しが追いついていなかったのよ。


このままでは御堂龍馬からの信頼さえも失いかねないわ。



…だとしたら。



もしもそうなれば御堂君に肩入れする北条君も私から離れてしまうかもしれないわ。



…さすがに、それはちょっと問題が大きすぎるわね。



学園を維持するために対策を考えているのに全て裏目に出ているよ?



本気で悔しく思えてしまうわ。


この状況はもうダメね。



まさしく最悪の状況に向けて一直線に進んでいるようにしか思えないからよ。


なんとか沙織を説得しないと守るべきものを全て失うことになるかもしれないわ。



そんな絶望を実感すると共に、

失敗続きの自分に憤りも感じてしまう。



…稀代の策士と呼ばれた私がこうも追い込まれるなんて、ね。



作戦立案能力に関しては多くの人々から認められていたのよ?


だからこそ国を代表するものとして選ばれていたの。


それなのに。


たった一人の生徒を制御できないどころか、

自分の立場さえ失いかねない状況にいるという事実が私の心を蝕んでしまう。



…ホントに、ままならないわね。



もう打つ手がないのよ。


諦めにも似た心境の中でも沙織の視線は冷たく突き刺さったままだし。


下手な言い訳は通じないでしょうね。



それほどまでの状況に追い込まれてしまったことで、

もうため息を吐くしかなかったわ。



「はあ。どうしてこうも上手くいかないのかしら?」



どう考えても今この場で次の策を考える余裕なんてないわ。


ここは大人しく敗北を認めるしかないでしょうね。



「素直に謝っておくわ。」


「…それでは、説明していただけますか?」



何度も問いかけてくる沙織の言葉が重くのしかかってくる。



口調は丁寧なんだけど。


こういう圧力をかけるような話し方は沙織が本気で怒っている時なのよ。



だからこれ以上、沙織との関係が悪化するのを防ぐためには全て説明するしかないわ。



「…そうね。」



もはや隠し通せないでしょうし。


こうなったら話すしかないのよ。



下手に茶を濁すような発言を控えて、

本心を語る事にしたわ。



「一応、説明の前に一つだけ聞かせてもらうけれど、天城総魔に関して、あなたはどう考えているのかしら?」


「………。」



私からの質問に、

今度は沙織が言葉を詰まらせていたわ。



どう答えるべきか考えているのかしら?



「単純な善悪基準は分かりませんが…。」



少し思案してから答えてくれたのよ。



「恐れるような人物ではないと判断しています。」


「…その根拠は?」


「ありません。」



はっきりと宣言する沙織だけど、

それだと困るのよ。


根拠のない宣言を聞いてしまったことで再びため息を吐きたくなってしまったわ。



「はあ。それじゃ困るの。あなたも、それは分かってるはずよね?」


「………。」



沙織だってわかっているはずなのよ。


だからこそ私の指摘が胸に刺さったのかしら?


これまで冷たい視線を向けていた沙織の表情から怒りが消えて、

どこか戸惑うような表情に変わったわ。



…どうして私が天城総魔に固執するのか?



その理由を沙織は知っているから。



だけど。


それでも天城総魔に敵対する事態を避けたかったのでしょうね。


その気持ちは私だって分かっているわ。


出来ることなら何もかも穏便に済ませたいのよ。



…でも、ね。



沙織がどう思うかに関係なく。


私達を取り巻く環境が私達の自由を許してくれないの。



天城総魔に限らず。


私も、沙織も、翔子もそう。



あらゆる魔術師はその存在を『否定』されているから。



風水師や陰陽師のような能力者とは違って、

魔術師は世界からその存在を認められていないからよ。



辛く険しい修業を乗り越えて辿り着ける他の能力者とは根本的に違うわ。



魔術師は持って生まれた才能に大きく影響するから。


生まれながらにして魔力を持っているから。


自由自在にその力を行使出来てしまうのよ。



もちろん何の努力も必要ないかと問われれば答えは否だけど、

それでもある程度簡単な事は出来てしまうわ。



『魔力と魔術』



それらはその名が示す通り、

悪魔の力を使う術だから。


魔術師の能力を恐れる者は圧倒的に多くて、

世界各地で魔女狩り等の争いまで起きるほどなのよ。



それほど魔術師は悪魔に等しい存在だと思われているの。


そういった思想が世界中に広がっていて、

今でも世界中で残酷な虐殺が続いているわ。



そういった苦しみから逃れようとして、

世界各国から魔導共和国へ逃げて来る者が後を絶たない状況なのよ。



だから。



あらゆる魔術師達にとって『最後の楽園』と言っても良いこの国の代表を務める私が背負う重責は決して小さくはないわ。



隣接する他国からの脅迫めいた抗議文や降伏勧告とか、

ありとあらゆる苦情が私の元へ届けられるのよ。



その緊迫した情勢の中で少しでも弱みを見せれば容赦無く戦争の手が共和国全土に広がってしまうことになる。



そうならないために。


そうはさせないために。



この国の平和と安定を願って毎日のように外交と交渉を繰り返す私からすれば、

圧倒的な能力を持ちながらもその素性が一切不明という人物は恐怖の対象でしかないのよ。



この国にとってどんな影響を及ぼすか分からない天城総魔という人物は危険視するに値する存在でしかないの。



そんな正体不明の危険な存在を押さえる事も出来ずに何もできないまま見逃したとなれば、

それを機に共和国は他国の侵略を受けることになってしまいかねないわ。



それほど他国との関係は不安定な状況なのよ。



そういう状況の中で、

私は数え切れないほど多くの国民の命を背負っているの。



…大切な民の命を守る為には。



どんな些細な事にも対処出来るようにしておかなければならないのよ。



…もちろん。



私が守るべき命の一つには沙織も含まれているわ。



沙織も他国から亡命してきた一人だったから。


家族と共に他国から亡命してきた過去を持っているから。



だから私にとっては沙織も守るべき一人なのよ。



そう思っているからこそ沙織に対しては本心で話せるの。



誰よりも絶望を知っているから。


そして誰よりも悲しみを知っているから。


沙織には理解してもらえると信じているのよ。



「貴女なら、分かるわよね?」


「…ええ、そうですね。」



再び問いかけてみると、

沙織はしっかりと頷いてくれたわ。



…まあ、ここまでは理解してくれるって信じてたけどね。



家族に守られながら、

命からがらこの国へと逃げ込んできたことで、

今ではこの学園で暮らしている沙織だけど。


学園の外に広がる町に帰れば家族が待つ家があるのよ。



すでに卒業出来るだけの力を持っていながらも、

いまだに卒業せずにこの学園で治安維持に協力してくれている理由がそこにあるの。



この町の治安を守ることで、

この国に住む『家族』を守る事が出来ると信じているから。



…だけど。



それでも沙織は思うのでしょうね。


天城総魔は敵ではない、と。


それを理解してほしいって願っているのは分かるわ。



…私も馬鹿じゃないしね。



沙織の気持ちは十分過ぎるほど察しているのよ。



だけどね。


この国を代表する者として、

そう簡単に割り切るわけにはいかないの。



「問題が起きてからでは遅いのよ。」



何かがあってからでは遅いわ。


戦争が始まってしまってからでは取り返しがつかないから。



平和と安定の為に。


私は常に考え続けなければいけないの。



だからこそ。


常に最悪の事態に備えて決断するしかないのよ。



「…ねえ。沙織。」



優しく語りかける。


出来る限り優しい想いを込めているつもりよ。


ちゃんと伝わるかどうかは沙織次第だけれど。



「私の話を聞いてくれる?」


「…はい。何でしょうか?」



心を落ち着かせながら返事をしてくれた。


けれど沙織の目には本当ならこんな追求なんてしたくなかったっていう気持ちが感じられるわ。


だから今は、その気持ちだけでも十分ありがたいと思える。



「私には背負わなければいけない義務があるの。それは分かってくれるわよね?」


「…はい。理解しているつもりです。」


「だったらお願い。天城総魔に対する抑止力として、私に力を貸してくれないかしら?」



すがるような表情で沙織に視線を向けてみる。


今の言葉には一切の裏なんてないわ。


心を込めた本心からの一言なのよ。


力を貸してほしい。


ただそれだけの微かな願いなんだけど。



「…できません。」



沙織は静かに首を左右に振ってしまったわ。



「理事長の気持ちは分かります。ですが、私には翔子を裏切る事が出来ません。」



…翔子のため、ね。



それが沙織の本当の気持ちみたい。



天城総魔の為ではないのよ。


もちろん私の為でもないわ。



ただ翔子の為に。


私の手を離れて別の道を歩む事を選んだということ。



そんな沙織の言葉を聞いて小さくため息を吐いてしまったわ。



…これでも願いは届かないのね。



ただただ悲しみを実感してしまったわ。



けれど、落ち込む私を見た沙織が言葉を続けてくれたのよ。



「…ですが。」



今度は沙織が優しく語りかけてくれたの。



「今後も協力することはお約束します。実験に関しては仕方のない事情があるのだと分かりました。ですから、もう追求はしません。今まで通り、今後ともよろしくお願いします。…ただ一点だけ、『天城総魔に関して以外』という条件付きにはなりますが…。」



…そう。



それが沙織の結論なのね。



「…ありがとう。」



沙織が譲歩してくれたのよ。


今朝の状況と変わらないけれど。


けれど悪化もしなかったということ。


それだけでも大きな前進に思えたわ。



「そう言ってもらえるだけで助かるわ。ただ、私からも一つだけお願いを聞いてもらえないかしら?」


「はい。何でしょうか?」


「天城総魔に関して、もしも何らかの問題が生じた場合。私はこの命に代えてでも、その問題を解決しなければならないわ。」



…だけど、ね。



だからこそ思うの。



「そうなってしまった時に、沙織に味方であってほしいなんて贅沢は言わないから…だから、お願い。」



味方でいて欲しいなんて言わないわ。


それは断られてしまうから。


だけどね。


だからといって守るべき沙織と争うようなことはしたくないの。



…だから、せめて。




「どうか私の敵にはならないで。」


「…っ!…分かりました。お約束いたします。」



私からのただ一つの願い。


その願いだけは心に刻み付けてくれたわ。



「ありがとう。」



私の願いを聞き入れてくれたのよ。



これでひとまず最悪の事態は回避できたはず。


それだけは嬉しく思えたから微笑んでみると。



「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」



丁寧に一礼してから退出していったわ。




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