研究者としての魂
《サイド:黒柳大悟》
…は?
何だ?
どういうことだ?
彼は協力がしたいと言った。
短い台詞だからな。
聞き間違えようがない。
だが、それでもだ。
彼の言葉の意味をすぐには理解出来なかった。
いや、理解出来るわけがないというべきか。
当然だろう?
実験は彼を拘束するための魔術を開発するために行っているのだぞ?
その実験に協力する?
そんなデタラメな発言を理解できる方が異常だ。
協力など認められるわけがない。
だが、彼が事実に気付いているのは確かだ。
…どうやってごまかせばいい?
自分ではそれなりに頭の回転が早いほうだと思っていたが、
さすがに今回は都合のいい言葉など思い浮かばなかった。
はっきりと事実を指摘されてしまったからな。
否定のしようがない。
…だとすれば、どうするべきだ?
いや、それ以前に彼は本気で言っているのだろうか?
『対天城総魔用』の切り札として研究している実験なのに、
その実験に天城総魔自身が協力を申し出てきたのだ。
混乱するなというほうが無理だろう。
普段なら多少のことには動じないつもりだが彼の発言は常軌を逸している。
対処を考えるどころか言葉一つ出てこなかった。
「俺の力が必要なのだろう?」
自信を持って宣言しているが、
これはそういう問題ではない。
確かに、彼の協力は重要だ。
実験を成功させる為には本人がいる事が一番望ましいからな。
それは間違いない。
だが、これでは本末転倒ではないか?
天城総魔を押さえ込むための力を研究しているのだぞ?
それなのに。
自らを追い込む実験に協力する事に一体どんな利益があるというのだ?
こちらの策に対する対処法を探りに来たというのなら理解できるが、
それは無駄な努力でしかない。
…そもそも協力する必要がないからな。
『実験は未完成』だ。
研究への対処を考える以前に対策をとるべき理論がまだ存在していない状況なのだ。
そしてなにより。
『完成している理論に協力は必要ない』
だから彼は確信しているはずだ。
実験はまだ未完成だということを確信しているはずなのだ。
そして恐れるような効果などないという事もすでに把握しているはず。
だとすれば。
彼は全てを理解したうえで、
ここに来たことになる。
その理由は何なのか?
聞いてみるべきだろうか?
そこまで考えがおよんだことで、
ようやく口を開くことができた。
「…なぜ、協力を?」
疑問を問いかけた瞬間に、
彼は魔力への干渉という仮説を俺が肯定したと判断した様子だった。
「興味がある。ただそれだけだ。」
短く答えて俺の対応を探ってくる。
………。
再び考え込むことになってしまった。
…この状況でどうするべきだろうか?
もちろん実験は完成させたいと思う。
だがそれは天城総魔の抑止力としてだ。
実験の全てを知られるわけにはいかない。
もしも知られてしまえば、
それはもう抑止力としての意味を失ってしまうからな。
対処法などあってはならない。
だがすでに手遅れとも言える状況だ。
実験内容は完全にバレてしまっている。
あの程度の実験から隠された実験内容にまでたどり着いた彼をこれ以上ごまかす事など出来はしないだろう。
…だが、な。
だからと言って全てを話すわけにもいかないのだ。
実験を完成させることも重要だが、
完成した魔術が使い物にならなければ意味がない。
彼に通用する魔術を完成させることが最終的な目的なのだから。
対策を考えられてしまいかねない状況で彼の力を借りることなどできるはずがない。
…だからこれは受け入れられない提案だ。
そんなふうに思い悩んでしまうのだが。
「考える必要はない。どういった理由で実験を行っているかには興味ないからな。たとえそれが『抑止力』としての力であってもだ。」
…っ!?
彼はこちらの迷いにさらに踏み込んできた。
…やはり。
彼は全てを理解しているらしい。
その事実に気付いたことで額に汗がにじみ出る。
どこまで読み切っているのだろうか?
彼の洞察力と考察力が計り知れない。
何をどう考えればその考えにたどり着けるのかが理解できないからだ。
「何故、そう思う?」
「その質問も俺の指摘を肯定したと受け取っていいんだな?」
………。
何も言い返せなかった。
何を言ったとしても裏目に出ると感じるからだ。
だから口を塞ぐことしかできなかったのだが。
「…まあ、いい。」
彼は一旦追求を控えて自らの考えを語りだした。
「どうしてそう思うか、だったな。その理由は幾つもある。いや、幾つもある理由を総合的に判断した結果というべきか。」
…総合的な判断だと?
その言葉が事実だとすれば、
たった一つの何かから判断したのではないということになる。
先程の試合場での実験だけではなく、
複数の判断材料があったということだ。
「…一応、聞かせてもらおうか。」
「ああ、まずは学園の方針だな。」
…は?
意味が分からない。
研究所は学園内にあるが、
基本的な運営は別だからな。
学園の方針が研究所に与える影響など微々たるものでしかない。
「学園の方針だと?」
「ああ、そうだ。俺の知る限り、この学園は『安全を重視』して『危険を侵さない』という方針で動いているように思える。その理由は学園内の各施設の距離でもあるし、生徒に対する一般的な対応でもある。」
…それはまあ、そうだな。
否定はしない。
学園の運営に関わらず、
何事も安全重視なのは当然だ。
それと研究内容がどう関係するのかは疑問だが、
彼は検定会場の周辺を空き地にしていることや生徒の自主性を尊重して授業を強制していないという部分からも推測しているらしい。
「なるほどな。きみの言い分はもっともだ。確かに学園の方針は安全第一で間違いないが、それと今回のこととどう関係がある?」
「この実験が『俺に対して行われた』からだ。」
「…何故、そう言い切れる?」
その根拠こそが疑問なのだ。
「もしも北条に対する実験だったとしたら、実験の情報を事前に説明していたはずだからな。」
…確かにそうだな。
北条君に隠し事をする理由はない。
むしろ事前に説明したほうが快く協力してもらえるだろう。
「だが、実際には一切の説明が行われていなかった。そして実験内容は北条だけではなく、美袋翔子も常盤沙織も知らなかった。」
…確かに、その通りだ。
北条君だけではない。
美袋君と常盤君にも説明することができなかった。
「それらを考えれば説明したくてもできなかったと考えるのが妥当だろう。」
…ああ、それも否定できない。
あの3人に情報を流すことはできなかった。
それができない理由があったからだ。
「味方であるはずの北条達にすら説明できない理由はなんなのか?考えられる理由は一つしかない。情報を伝えられない人物が他にいるからだ。」
…まさしくその通りだ。
反論の余地は一切ない。
完全にこちらの意図を読み切っている。
「…それが、きみというわけか。」
「ああ、そうだ。北条達にも説明できない理由があるとすれば、それは情報の流出を防ぐためだ。そして情報の漏洩を防ぐためには情報を封鎖するしかない。」
………。
「他の誰かに『情報を漏らさない』ために、味方にも黙っておく必要があった。そう考えれば、その誰かは必然的に絞られてくる。」
…ああ、その通りだ。
彼の考察は完璧だった。
消去法による完璧な推理。
ここまでの発言に矛盾は一切ない。
…末恐ろしいな。
本来であれば北条君達には全ての事情を説明した上で協力してもらうのがこれまでの流れだった。
だが今回はそれができなかった。
事情を説明することができなかったのだ。
なぜならすでに美袋君と常盤君が彼に協力しているからな。
そして今後、北条君が彼に手を貸す可能性も否定できない。
その危険性があるせいで何も説明できなかったのだ。
全て、彼の指摘通りだった。
「情報を伏せて実験を強行したことが最大の矛盾だ。その行動によって翔子と沙織の学園に対する不信感が急速に高まっているからな。そんな危険を冒してまで北条達と敵対する理由があるとは思えない。だが、本当に危険視している人物が他にいるとすれば話は別だ。」
…これが。
これが一学生の考えだというのか?
信じられない。
反論の余地が一切ない完璧な指摘だったからだ。
…彼は危険だ。
この推理力は俺の手には負えない。
少々あがいたところでごまかし切るのは無理だろう。
「実験を強行したのは『俺を標的としているから』だ。そして実験内容が魔力への干渉であり、魔術の停止であることを考えれば『俺を拘束しようとしている』ことはすぐに分かる。」
…これはお手上げだな。
完璧だった。
まさに非の打ち所がない考察だ。
ここまで断言されてしまった状況で何をどう言えばごまかせるのだろうか?
そんな都合のいい言葉を俺は知らない。
「大した推理力だ。ケチのつけようがない。だから素直に認めよう。きみの考えは概ね正しいとな。」
認めるしかない。
否定のしようがない。
ここで意地を張っても無意味だ。
だからこそ、聞かせてもらおう。
「何故そこまで分かっていながら実験に協力しようと思った?実験の完成はきみ自身の立場を危うくするだけだぞ?」
「それならすでに答えたはずだ。どういう目的かは興味がないとな。俺が知りたいのは魔力への干渉をどうやって行うかという部分だけだ。それ以外のことに興味はない。結果的に俺自身がどういう状況に追い込まれるとしても、それすら切り抜ける手段を考えるだけだ。」
本気で言っているのだろうか?
…正気とは思えないな。
もしも彼の言葉が事実だとすれば、
その先のことには興味がないということになる。
純粋に実験内容そのものに興味があるということだ。
…だが、そんなことがありえるのか?
実際に何を考えているのかは分からないが、
ひとまず彼がここに来た理由は理解できた。
彼も実験に参加したいということだ。
そこまではいい。
そこまではいいのだが。
だからと言って協力を求めるかどうかは別問題だ。
情報を教えられないという根本的な問題が解決していないのだからな。
出来ることならこれ以上の話し合いは控えるべきだ。
本来なら情報の漏洩は避けるべきだからな。
どうにかして彼に退場を願うべきなのだが、
何を言えばいいのかが分からない。
「申し訳ないが…。」
「実験に協力したい。俺の力が必要か?不要か?」
断る前に二者択一を迫られてしまった。
…彼の協力が必要か不要かだと?
そんな選択肢など選べるわけがない。
実験を公開することなど出来ず、
実験を放棄することも出来ないのだからな。
今のままでは実験が間に合わないことは確実だが、
だからと言って彼に実験を協力させれば美由紀に何を言われるか…。
どちらを選んだとしても俺の立場は危ぶまれるだろう。
…どうする?
第3の選択肢がないか考えてみるが何も思い浮かばない。
それでも必死に考える俺を見ていた彼は大きく溜息を吐いていた。
「…期待はずれだな。」
天城総魔の冷たい視線が突き刺さる。
その視線を向けられただけで、
全てを見透かされているかのような圧迫感すら感じてしまうほどだった。
…これか。
西園寺君が怯えた理由が今ならわかる。
彼の瞳には闇が宿っている。
本気で視線だけで人を殺せるのではないかと思えるほどの闇を感じるのだ。
…単なる一生徒と思うのは危険だな。
少し考えを改めるべきだろう。
「もっと有能だと思っていたのだが、研究者とは思えない判断力の低さだ。」
…くっ!?
痛いところをついてくるな。
先程から何度も感じていたことだが、
彼の指摘には容赦がない。
まるで罪人を断罪するかのような厳しさがあるのだ。
だが、同時に彼の言葉の正しさも感じてしまう。
…研究者として、か。
そうだな。
確かにそう考えれば彼の協力は望ましいだろう。
いや、必須といえる。
この実験に彼の協力は喉から手が出るほど有り難い話だ。
だから断る必要はない。
研究を完成させることが研究者の務めだからな。
そう言われてしまったら返す言葉がない。
あくまでも研究所を任される立場として美由紀への義理を優先して極秘に進めるつもりだったのだが、
すでに情報が漏洩している以上は隠しても仕方がないだろう。
…ならば実験を完成させる事を優先しても良いのではないか?
そう思い直してみることにした。
まあ、流されている気はするがな。
上手く誘導されているような気はしたが、
もはやそんな些細なことはどうでも良い。
研究者としての魂に火が着いたのだ。
一度始めた研究を途中で中断させるよりも最後までやり切って次につなげる方が望ましい。
美由紀には後で小言を言われるかもしれないが、
要は結果を出せばいいのだ。
まずは実験を完成させること。
それが最優先だ。
その結果として彼に理論を盗まれる事になったとしても、
それを上回る理論を新たに構築すればいい。
今は未完成の実験を完成させる事に集中する。
そのあとの事はそのあとで考えればいい。
そう判断して彼を室内に招き入れることにした。




