干渉と妨害
《サイド:天城総魔》
…ふう。
ようやくたどり着いたか。
倒れた北条を休ませる為に医務室まで移動した。
そして空いているベッドに北条を運び込んで勤務中の医師にあとを任せた。
念のために確認してみたが、
今は美春はいないらしい。
医務室にいないということは今日は会場にいるのだろうか?
美春の予定は知らないが、
医務室に来たついでに室内を見回してみると見覚えのある生徒が数多く眠っている様子が確認できた。
各ベッドには昨日の試合で倒した生徒達が今もでまだ眠り続けているようだ。
近くにいた医師に聞いてみたところ。
ここに運び込まれてから現在に至るまで目を覚ました生徒は一人もいないらしい。
唯一の例外が一番最初に搬送した翔子だが、
寮の前で倒れた翔子は魔力を全損していたわけではないからな。
回復に時間がかからず、
目覚めるのが早かったのだろう。
現状、魔剣の影響で昏倒してしまった生徒達はまだ誰も目を覚ましていないらしい。
現在の医学的な治療法では生徒達を目覚めさせることはできないからな。
彼等が目覚めるには失った魔力が自然回復するのを待つしかない。
そのせいだろうか。
食事を取れない彼らは点滴を受けることで僅かな栄養だけを与えられている状態だった。
目覚めるまでに何日かかるのかは個人差があるせいで計り知ることは出来ないが、
遅ければ2、3日はかかるかもしれない。
当然、北条真哉も例外ではない。
このままなにもしなければ当分の間は目を覚まさないだろう。
もちろん魔力を送り込めばすぐに目覚めるはずだが、
北条は倒れる前に治療を拒絶していたからな。
勝手に治療するわけにはいかない。
翔子や沙織と違って『敵の手は借りない』とも取れる言葉を残していたからだ。
俺に協力するつもりはないという意思の現れなのだろう。
俺からすればどちらでもいいと思うが、
翔子と沙織からすれば決定的な溝が出来たのかもしれない。
二人とも今はまだ何も言わないが、
それぞれに思うことはあるはずだ。
とはいえ、北条の真意は誰にも分からないからな。
今はただ目覚めるのを待つしかない。
「北条君、大丈夫かしら?」
心配そうな表情で北条を見つめる沙織だが、
俺との試合で受けた怪我は沙織の魔術でほぼ完治している。
これ以上心配する必要はないだろう。
今はただ眠っているだけだからな。
これ以上やるべきことは何もない。
だから、だろうか。
「まあ、大丈夫なんじゃない?」
翔子は気楽な様子だった。
それほど北条の容態を心配しているように見えないのは自分自身でも経験しているからだろうか。
他の生徒達と同様に俺との試合によって一度は魔力を失って倒れた翔子だが、
治療を受けて目覚めたことで北条の苦しみは知っている。
どういう症状があって、
どういう後遺症が残るのか。
それら全てを知っているからな。
心配する必要はないと考えているのだろう。
それほど深刻には考えていない様子だった。
…ただ。
翔子の場合は試合前にも経験していたことが大きいかもしれないな。
寮の前で魔剣の能力を経験して自力で目覚めた翔子は知っているからだ。
多少のけだるさはあってもそれ以上の後遺症がないことを知っている。
せいぜい眠り続けたせいで、
ご飯を食べ損ねた空腹で気持ち悪くなる程度の話だったそうだ。
だから大して気にするほどではないと判断しているのだろう。
「大丈夫!大丈夫!」
沙織を元気づけようとして話しかけている。
そんな二人のやり取りを聞き流しながら、
もう一度周囲の生徒達に視線を向けてみた。
静かに寝息を立てる生徒達に異常は見られない。
誰もが眠っているだけだ。
巨大学園の医務室ということもあって俺の試合とは関係のない生徒も少なからずいるようだが、
現時点では半数以上が俺の被害者と言うことになるのだろう。
俺が医務室送りにした生徒の総数は北条を含めて19名になる。
第2検定試験会場で10人。
第1検定試験会場で9人。
合計19人だ。
翔子と沙織はすでに行動できる状態だから数には含んでいない。
とは言え。
これ程の数の生徒達を倒して魔力を吸収したにもかかわらず、
その全てを使い切らなければ倒せなかった翔子と沙織の実力は認めなければならないと改めて感じてしまう。
逆に言えば、数を揃えなければ翔子や沙織には届かないということだ。
並みの魔術師であれば二人には勝てないだろう。
もしも吸収の能力がなければ、
俺がここまで上り詰める事も出来なかったはずだ。
『他人の力でここまで来たという事実』を嫌でも痛感してしまう状況だった。
…だからこそ。
北条との試合で得た魔力は有難い。
それほど多くはないものの。
北条の魔力を吸収したことで今の魔力量は半分程度を維持できているからな。
このまま試合をしなければ今日中には魔力が全快するだろう。
最後の試合では全力で戦える。
…のだが。
より強くなることを目指すうえで思うことがある。
他人の力を得て1位に立つ事にどれほどの意味があるのかと思う疑問が少なからずあるからだ。
俺自身の実力はまだそれほど高くはないからな。
自分自身が力を付けなければ本当の意味で強くなったとは言えないだろう。
そんなふうに、客観的に考える自分もいる。
負けない為に。
そして勝ち続ける為に。
たまたま吸収という能力に目を付けたが、
本当にこれが自分の能力なのだろうか?
ふとした瞬間に疑問を抱くことがある。
そして疑問を感じると同時に、
自分にはもっと別の力があるのではないかと考えてしまう。
それが何かは分からない。
だが、なんとなく考えてしまう瞬間があった。
…否定はしないが、疑念は残る、といったところか。
もしも自分自身の力を否定してしまったら、
もう二度とソウルイーターは発動しないだろう。
ルーンは自らの能力の写し鏡だからな。
自分自身の能力に疑問を感じた時点でルーンが発動することはなくなるはずだ。
だからこそ否定はできないのだが、
それでも可能性は考えてしまう。
…異なる可能性を。
今はまだ答えの出ない問題だが、
最後の試合が終わった時にその答えを出す事が出来るだろうか?
心の中に思い浮かぶ疑問はいつまでもなくならない。
考えれば考えるほどキリがないからだ。
そんなふうに考え事をしていると、
不意に翔子が何かを思い出したのか不思議そうな表情で話しかけてきた。
「ねえねえ。そう言えば、さっきは何の話をしてたの?」
「…さっき?何の事だ?」
「だから、西園寺さんに何か聞いてたじゃない?実験がどうのこうのって…。」
…ああ、そのことか。
質問の意味を理解して、
先程の西園寺との会話を思い出してみる。
結界の実験の裏で行われていたもう一つの実験。
その内容に関する会話だったのだが、
得られた情報は何もない。
「少し気になる事があっただけだ」
「だ〜か〜ら〜。それが何かを聞いてるんだけど?」
尋ね続けてくる翔子が追求を諦めてくれる様子はない。
これまでと同様に、
こちらが答えるまで質問を繰り返すつもりなのだろうか。
「…教えてくれないの?」
よほど気になるのだろう。
まっすぐにこちらを見つめて視線を外そうとしない。
「話したくないわけではないが、それが何か分からないだけだ。ただ、試合中に何かの実験が行われていたのは間違いないからな。それが何かを確認していただけだ」
「実験?何の?」
それが分からないから悩んでいるわけだが。
「もしかして…結界の、ですか?」
翔子の横で何かを考え込んでいた沙織が話しかけてきた。
「何か知っているのか?」
「あ、いえ…。詳しい事は何も知りません。ただ、試合場の結界の耐久性を高める為の強化実験を行っているという話は聞いた事があります。」
…結界の強化か。
その言葉を聞いて再び確信がもてた。
やはり沙織は何も聞かされていないらしい。
それと同時に当事者である北条でさえ何も知らないはずだ。
結界の強化という表向きの実験。
その実験の背後で別の実験が行われていることを誰も聞かされていないように思えた。
それが何かまでは分からないが、
おそらく俺にとって無視出来ない何かだとは考えている。
深刻な表情で思考する俺と不安そうな表情の沙織。
その間に立つ翔子が核心に迫る。
「結界の実験だけじゃない…って感じ?」
翔子の質問に頷いておく。
「ああ、そうだ。試合前には結界の実験だと言っていたが、それ以外の何かを行っていたのは確かだ。明らかに別の力、何らかの『干渉』を感じた。そしてそれは北条も同じだったはずだ。」
「…それは、どんな感じでしたか?」
…難しい質問だな。
どう説明するべきだろうか?
試合中の一瞬の出来事だったからな。
うまく説明するのは難しいが、
それでも試合を思い返しながら話してみることにした。
「…そうだな。魔力に直接働き掛けるような干渉と言えばわかるか?」
魔術の展開を阻害されるような感じだったからな。
干渉という表現が正しいはずだ。
「おそらく魔力の流れを妨害する系統の実験を行っていたのだろう。」
「妨害…ですか。」
推測できる範囲内で答えてみたのだが、
沙織は首を傾げている。
その隣で困惑している翔子も足りない知恵を振り絞っているようだ。
「それって魔術が使えなくなる…とか?」
「その可能性は高いだろうな」
「「えっ?」」
翔子の言葉を肯定してみると、
翔子と沙織は揃って驚きの表情を浮かべていた。
「それって、問題じゃない?」
「ええ、そうね。被験者の同意を得ない実験は禁止されているはずよ」
ここまでの会話によって、
二人も重要性に気付いた様子だった。




