拘束結界
「西園寺君!!」
呼び掛けた直後に、
西園寺君は即座に駆けつけてくれた。
「はい!何でしょうか?」
「例の実験を試す良い機会だ。襲撃者達に対して『あの魔術』の使用を許可する。」
「えっと…よろしいのですか?アレはまだ調整中ですけど?」
「問題ない。」
発動さえすれば戦局が大きく動くからな。
「分かりました。それでは瑠美と共に実験を開始します。」
「任せる。」
「はい!」
方針が決まったことで、
西園寺君は即座に後方へと下がっていく。
研究所の入り口だ。
職員達の多くも入り口付近に待機しているのだが、
いくら優秀なルーン研究所の職員といえども竜の牙が相手では数合わせにもならないからな。
今は防衛に徹するように指示を出してある。
…ふう。
西園寺君も無事に後退できたようだな。
後方で待機している藤沢君と合流して、
例の魔術を詠唱してくれている。
…さて。
西園寺君達には実験を行ってもらうとして、
俺達は俺達でやるべきことをしよう。
「竜の牙を全滅させるぞ!それが亡き友達への手向けだ。」
「ああ、そうだな。」
話しかける俺に微笑みを返した慶一郎も魔術の詠唱を開始した。
…攻撃魔術か。
共和国一の魔術医師でありながら、
密かに戦う術を身につけていたらしい。
「あの時とは状況が違うな。」
5年前は俺が先頭に立ち、
慶一郎は援護に徹していた。
「攻守が逆転したな。」
「…ああ、そうかもしれないな。こうして共に戦場に立つのも5年ぶりか…。月日の流れとは早いものだな。」
…ああ。
…確かにな。
慶一郎の言葉に異論はない。
むしろ俺自身も同じように感じている状況だからだ。
「あの日と同じ失敗は繰り返さない。それが俺達の誓いだ。」
「…そうだな。」
かつての悲劇を繰り返さないこと。
そのために。
俺も慶一郎も日々研究を続けてきたのだ。
「俺が道を切り開く!慶一郎は自らの役目を果たせ。」
「ああ、分かっている。」
慶一郎との短い打ち合わせを終えてから、
俺も魔術を発動させることにした。
西園寺君達とは個別に展開しているが、
例の魔術に変わりはない。
「準備は良いか!?」
「「はい!!」」
ほぼ同時に返事をしてくれた西園寺君と藤沢君の魔術が竜の牙の集団を包み込む。
「「「テンプテーション!!!」」」
西園寺君達と同時に放った俺の魔術も竜の牙の集団を捕えたことで、
二箇所で結界魔術が発動した。
…これで分散していた竜の牙も全員が結界内だ。
魔術名テンプテーション。
これこそ天城君が遺してくれた対魔術師用の拘束結界になる。
結界内において特殊な超音波を発生させて、
対象の自律神経を刺激して感覚を狂わせる魔術なのだが。
…一種の精神攻撃だな。
視界が歪むほどの苦痛によって、
魔術の理論を展開するだけの冷静さを失うことになる。
「ぐぁっ!?」
「く、ぅっ…!魔術が…っ!?」
「頭が…割れるっ!!」
間接的に魔術が使えなくなるという結界だ。
それにより竜の牙の魔術師達を混乱させることには成功した。
「「「「「ぐぁぁああっ!!」」」」」
激しい頭痛と目眩を感じて苦しむ襲撃者達は、
誰もが魔術を詠唱する余裕を失った様子だな。
結界内で苦しむ者達に向けて、
待機していた神崎達の魔術が襲い掛かる。
「テスタメント!!!」
絶対零度の冷気が結界内部に吹き付けて、
襲撃者達の体を氷付けにしていく。
「今のうちだっ!!敵を殲滅しろっ!!」
指示を出す俺の言葉に従って、
研究所の職員達が次々と魔術を放つ。
幾十、幾百もの魔術だ。
一方的に放たれる魔術の連続攻撃によって、
動きを止めた襲撃者達は瞬く間に全滅してしまった。
…終わったな。
戦闘の終了を感じて結界を解除する。
「西園寺君ももういいぞ。」
「はい。」
「…ふう。」
西園寺君も魔術を中断させたことで、
補佐に回っていた藤沢君も安堵の息を吐いている。
「しばらく休んでいてくれ。」
二人に声をかけたことで、
西園寺君と藤沢君は大人しくその場で腰を下ろしている。
慣れない魔術で疲れが出たのかもしれないな。
今は少し休ませておくべきだろう。
そんなふうに判断して周囲を見渡していると隣にいる慶一郎が話し掛けてきた。
「大した魔術だな。一方的に対象の動きを拘束する魔術か?」
「ああ、今は亡き天城総魔の遺産だ。」
「…そうか。彼は亡くなったのか…。」
まだ事実を知らなかったようだな。
少し落ち込んでいるようにも見える。
「そういえばまだ話をしてなかったか?」
「ああ。」
…そうか。
やるべき仕事が多すぎて、
ゆっくりと話す暇がなかったかもしれないな。
「聞きたいか?」
「いや…今は良い。」
真実を告げるべきだと思って問いかけてみたのだが、
慶一郎はあえて話を聞こうとはしなかった。
「知って良いことではないのだろう?常盤沙織君の話なら…あとで聞かせてくれればいい。」
天城君を追って旅立った生徒の中で無事に帰還したのは御堂君のみ。
その事実から結果を予測した慶一郎は、
すでに気付いているのだろう。
…常盤沙織が亡くなったことに。
それでも気持ちの整理が追い付かないことで、
整理のための時間を望んでいるのかもしれない。
…だとすれば。
わざわざ真実を突き付ける必要はないだろう。
「聞きたくなったらいつでも言ってくれ。」
「ああ。」
話し合いを後回しにした慶一郎が俺の傍から離れていく。
その後ろ姿を見送ったあとで、
再び西園寺君達に話しかけることにした。
…ひとまずは、だ。
拘束結界テンプテーションの展開には成功した。
今回の実験を基に理論を改良すれば、
いずれは汎用化も難しくはないだろう。
「良く頑張ったな。」
一か所に集まっていた研究所の仲間達に歩み寄ってみると。
「この程度なら簡単です。」
中心にいる西園寺君が笑顔を見せてくれていた。
「なるほど、この程度…か。」
自信を持つのは良いことだ。
…だが、な。
失敗は失敗として認める勇気も必要なのだ。
「僅かにだが結界に歪みが生じていたな?」
強がる西園寺君に冷静に指摘してみる。
「今回は藤沢君が協力していたから成功したが、西園寺君単独では失敗していた可能性が高い。」
「…うっ。」
自分でも気付いていたのだろう。
西園寺君は無理に反論せずに、
言葉をなくして沈黙してしまっていた。




