渋沢東吾
《サイド:矢野桃花》
「どういうことなのっ!?」
御堂君の指示を受けて特風会に向かった私は、
木戸君と須玉さんに合流してから校舎の外に出たの。
…だけど。
その直後に私達3人は多くの生徒達に包囲されてしまったのよ。
ざっと見て100人を越える生徒達がいるわね。
その生徒達を率いるのは、
この学園において最も危険な人物だったわ。
「まさか、渋沢東吾…っ!?」
半月ほど前に最重要危険人物として地下の生徒指導室に隔離されたはずなのに。
彼が率いる生徒達に包囲されてしまったのよ。
「何故あなたがここに…っ!!」
「ははっ!誰かは知らないが、地下の扉を開けてくれた奴がいてな。やっと外に出られたぜ。」
…扉を開けた?
…一体、誰が?
事情が呑み込めないけれど。
どうやら渋沢東吾も扉を解放したのが誰なのかは知らないよう様子ね。
…だとしたら。
これ以上の質問は時間の無駄でしかないわ。
「どういう理由か知らないけれど。もう一度、生徒指導室に送り込んであげるわ!」
「ははっ!言うじゃねえか。だがな。あまり俺を甘く見るなよ?絶対に逃がさねえぜ、矢野百花。あの日の屈辱は、しっかりお前に返してやるからなっ!!」
…ちっ。
面倒くさい男ね。
口先だけじゃなくて実際に実力があるから余計にタチが悪いのよ。
「私に復讐するつもり?だったら無駄な抵抗は止めなさい。あなたは私に負けて生徒指導室に押し込まれたのよ?」
「ああ?いいや、違うな。強がるのは勝手だが言葉はちゃんと選んだほうが良いぜ?俺はお前達に負けたんであって、お前に負けたわけじゃねえ!」
………。
…確かにね。
渋沢東吾を倒したのは私と里沙の二人がかりだったわ。
私一人では渋沢東吾を捕えることが出来なかったのよ。
でもね?
「言いたいことはそれだけ?」
強気な態度を維持しつつ、
かつての出来事を思い浮かべてみたわ。
…あれは先月の任務だったから。
もう二週間以上前の出来事よ。
学園で暴動を起こした彼等を鎮圧する為に、
御堂君を筆頭に特風総動員で彼等と対立したことがあったの。
その時に私は里沙と二人がかりで渋沢東吾を捕らえて生徒指導室に収容したのよ。
「…出来るものならやってみなさい。」
渋沢東吾の目的を察して、
木戸君と須玉さんを後方に下がらせる。
この男が相手だと二人には荷が重いからよ。
「以前は私よりも番号が上だったけれど。いつまでも私より強いなんて思わないほうがいいわよ?」
周囲に逃げ道はない。
だったら倒すしかないわね。
「周囲の雑魚は任せるわ!私は…渋沢東吾を潰す!」
「潰れるのはお前だっ!!お前を潰して芹澤里沙にも絶望を叩き込んでやるっ!!」
………。
………。
………。
…は?
渋沢東吾が里沙の名前を叫んだ瞬間に、
私の中の『何か』が外れた気がしたわ。
それは『理性』かもしれないし。
それは『慈悲』かもしれないわね。
自分でも分からない何かだけど。
私の心の中で確実に何かが蠢いたのよ。
「…何ですって?」
低く小さな声で問い返す私に、
渋沢東吾は余裕の笑みを浮かべながら答えてくる。
「お前も、里沙も、俺の奴隷として飼ってやるって言ってんだよ!!」
…奴隷?
…飼う?
…私と里沙を?
自分で自分の変化に気付くほどの怒りが沸き起こってくる。
そんな不思議な感覚の中で、
抑えきれない憎悪が私の心を埋め尽くしていったわ。
「私と里沙を飼う?ふふっ。随分と面白い発言ね。」
「今からたっぷりとその体に絶望を叩き込んでやるっ!!」
…たっぷりと、ね。
「やってみなさい。出来るものなら…ね。」
宣告してから魔術の詠唱を開始する。
そして渋沢東吾へと狙いを定める。
「だけどね?里沙には指一本さえ手出しはさせないわ。」
…里沙の敵は殲滅してみせる。
…それが里沙との約束だから。
「覚悟は良いわね?」
私と渋沢東吾。
そして特風と暴走する生徒達。
それぞれの戦いが…今、始まったのよ。




