初戦
受付を離れてから数分後。
幾つかの試合場を通りすぎ。
すれ違う生徒達の会話を聞き流しながら目的の試合場にたどり着いてみると、
この試合場を任されている審判員が微笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
「試合場へようこそ。きみが天城総魔君だね。ここがE-2の試合場だよ。今、別の係員が対戦相手を呼びに行っているから、もう少しここで待っていてくれるかな。」
「ああ。」
丁寧な対応の審判員に頷いてから、
対戦相手である柊健一の到着を待つ。
その間は暇になってしまうのだが、
会場の敷地が無駄に広いからな。
対戦相手を捜索するだけでもそれなりに時間がかかるのは仕方がないだろう。
…まずは初戦だ。
会場の係員が柊を探して連絡を取り、
対戦相手が試合場に来るまでの数分の間に初試合に向けて思考をめぐらせる。
初めての試合だからな。
この結果次第では試合を続行するか出直すかを考えることになる。
現状、入学試験が首位だったことで新入生としては最高の生徒番号を持っている。
だからこそ現時点でまだ変動がなければ上位の番号を持つ生徒は全て上級生と判断して良いだろう。
少なくとも一年以上学園に在籍して練習を積み重ねているはずだ。
すでに多少の変動はあるかもしれないが、
対戦相手が新入生である可能性は低い。
昨日の時点で少数の新入生達が上級生を撃破して格上の番号を持っている可能性が0ではないのだが、
それほど多くはないはずだからな。
数人いればいいほうだろうか。
その辺りを考えれば今回の試合相手はわずか10番ほど格上の相手だが、
現在の番号から考慮しておそらく前年度の生徒だと推測できる。
そしてその推測が正しければおよそ一年間の経験でどれほどの実力差がつくのかを見極められるはずだ。
もしも上級生との実力差が大きいようなら、
当分の間は試合よりも勉強を優先する。
敗北も一種の経験となるが、
それだけで強くなれるわけではないからな。
素直に下積みを経験して実力の底上げをしたほうが良い。
だがもしもそれほど実力に差がないようであれば、
一気に上を目指して、より上位の生徒達と対戦するべきだと思う。
強くなる為には下層の生徒相手に手間取っているわけにはいかないからだ。
現時点では1万台の成績になる。
まずは1000番以内を目標にして検定試験を進めていきたい。
…そのための第一歩だ。
まだ見ぬ未来を見据えながら静かに考え事をしていると、
ようやく対戦相手の柊健一が到着した。
「うわぁ、きみが挑戦者なのかい?入学試験首席の噂は聞いているよ。きみが相手だと、正直勝てる気がしないんだけど…。一応、全力で戦わせてもらうよ。」
前向きなのだろうか?
それとも後ろ向きなのかだろう?
よく分からない発言をして控えめに笑う柊の表情にはすでに諦めの色が見える。
何故かすでに敗北を確信しているらしいが、
こちらとしてはまだ何の情報も得ていない状況だからな。
勝手に諦められても困るとしか言いようがない。
「勝敗はともかく、まずはこの学園での一年の経験がどの程度かを見させてもらうつもりだ。」
「…うーん。」
勝敗よりも経験が目的だと告げたのだが、
何故か柊は深々とため息を吐いていた。
「僕と戦うことで学園の実力を計るつもりかい?だとしたら、きみが思うほどこの学園は甘くないよ。僕は二日前まで学園最下位の生徒だったからね。」
…ということは、昨年度の最下位か。
一年かけても実力を伸ばせなかったのか?
それとも一年かけても勝ち上がれないほど他の生徒が強かったのか?
どちらにしても興味深い気がしてきた。
「その辺りも含めて判断させてもらうつもりだ。」
一度経験してみなければ何もわからないからな。
今ここで必要なのは勝つ事ではない。
一年間で身につけられる学園の実力を見極める事。
それさえ確認できるのであれば、
仮に負けたとしても些細な問題でしかない。
「上級生の実力を見せてもらう。」
ゆっくりと呼吸を整えながら試合場に足を踏み入れる。
そして開始線と呼ぶべき紋様の上に立つと、
柊も向かい合うようにして開始位置に立った。
「「………。」」
話を終えて漂う緊張感。
状況を察したのだろうか、
待機していた審判員が俺達の間に立った。
「只今より検定試験を行いますが、両者共に準備はいいですか?」
問いかけられた言葉に対して二人揃って頷く。
「よろしい。」
審判員も大きく頷いていた。
「それでは試合を始めたいと思いますが、その前に天城君は試合を行うのは今回が初めてのようですね。すでに理解しているとは思いますが、一応試合の説明をしておきます。」
試合前に改めて説明をしてくれるらしい。
すでに一通り把握しているつもりだが、
一度くらいは聞いておいてもいいだろう。
規則1:試合時間は無制限。
戦闘不能か敗北の宣言によって勝敗が決まる。
規則2:防御結界の存在。
試合場には広域の防御結界が張ってあり、
強力な魔術や魔法を使っても外部に影響は出ない。
規則3:物理攻撃の無効化。
試合はあくまでも魔術の実力を計る事を目的としているため、物理的な攻撃は無効化される。
そのため対戦相手に攻撃する際には必ず魔術を使わなければならないという一通りの説明を終えた審判員は、
試合開始を宣言するために一歩後ろへと下がった。
「それでは、改めて準備はいいですね?」
もう一度両者に確認をとり、
双方に異論がないことを確認した直後に試合開始が宣言される。
「試合、始めっ!!」
「勝てないとしても、ぶざまに負けはしないっ!」
試合開始とほぼ同時に、
対戦相手の柊が魔術を発動させた。
先手必勝のつもりだろう。
「全力で放つ!炎の刃っ!!」
詠唱と共に掲げた右手を一直線に振り下ろす。
上段から下段へ。
勢い良く降り下ろした右手の軌道に沿って炎が生まれ、
前方に向けて半月の炎の刃が打ち出される。
…炎の魔術か。
投石のような勢いで迫り来る炎。
回避は難しくないが、
どの程度の威力があるかには興味がある。
…あえて受けてみるか。
炎にはあまり良い思い出がないが、
だからと言って逃げてばかりはいられないからな。
今後の試合ためにも、
どの程度の威力があるのかを確認しておくべきだろう。
…出来るはずだ。
向かい来る炎の刃に向けて左手を突き出す。
そして手のひらに魔力を込める。
…生み出すのは炎。
この程度なら問題ない。
逃げる必要はない。
突き出した左手に集めた魔力で迫り来る炎を強制的に受け止める。
「消え去れ!」
掛け声と共に左手を握りしめると、
炎の刃は千切れるように霧散して消滅した。
「なっ!?そんな!?」
予想していなかった事態らしい。
「炎を握りつぶすなんて…!?」
口を開いて驚く柊は呆然と立ち尽くしてしまっている。
追撃を仕掛けてくるどころか、動き出す様子さえなかった。
………。
まさか、この程度なのか?
戸惑う柊の様子を見ただけで、
ため息を吐きたい気分になってしまった。
…残念だな。
上級生だと思って警戒していたのだが、
完全に期待はずれだったようだ。
本当に数日前まで最下位だったのだろう。
戦闘能力に関して危険視する実力は全くなさそうに思える。
少なくとも呆然と立ち尽くす柊では調査対象にすらならなかった。
…もっと上位の生徒の実力を調査する必要があるか。
だがその前に。
まずはこの試合を終わらせよう。
「受け止めろ。これがお前の力だ。」
突き出したままの左手から力を解放する。
「炎の刃!」
一度掲げた左手を一気に振り下ろす。
生み出すのは炎の刃だ。
「…そんなっ!?」
自らの魔術を打ち返されるという事態にすら冷静に対処できなかったのだろう。
柊は自分が放った炎と全く同じ炎の刃に体を切られて着弾した炎に飲み込まれた。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
驚いて戸惑っていたせいだろうか?
それともこれが普段通りの結果なのだろうか?
回避する余裕もなかったらしい。
炎の刃の直撃を受けた柊はあっさりと倒れてしまった。
…これで終わりか。
試合開始から終了まで、
ほんの40秒程度だ。
1分と経たずに柊は敗北した。
「そこまで!勝者、天城総魔!!」
即座に宣言された審判員の掛け声によって初戦はあっさりと終了してしまう。
そして倒れた柊を眺めて思うことはただ一つ。
…確かに最下位だったようだ。
上級生とは言え、実力は低かった。
これでは参考にならないが、
柊に文句を言っても仕方がないからな。
無言のまま試合場を離れることにした。
…思っていたよりも帰ってくるのが早かったな。
試合場を離れてから僅か二分後。
「初勝利、おめでとうございます。」
受付に戻ってみると先程の女性が出迎えてくれた。
そして柊の持っていた生徒番号を俺の手帳に書き換えてくれた。
「次も頑張ってくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
試合を終えて生徒番号が更新される。
10番ほど上がっただけだが、
11393番から11382番に変わった。
…こうして記録を塗り替えていくのか。
どこまで更新できるかはわからない。
だが決して無謀な試みというわけではなさそうだ。
…少し外の空気を吸いに出るか。
無事に初戦を終えて新たな生徒番号を受け取ったことで、
一旦会場の外に出ることにした。




