事実上
医務室を出てから数分後。
私と龍馬は学園の校庭に移動しました。
…本当にもう夜なのね。
眠っていたせいで実感がないのですが、
校舎の外は夜の景色です。
見上げてみると沢山の星の光がきらめいているのが見えました。
とても綺麗だとは思いますが、
今はのんびりと景色を眺めていられるような状況ではありません。
今後の話をするために二人で中庭を進みました。
…まだみんな帰ったわけではないのね。
すでに午後9時を過ぎているのですが、
校庭の各地には何組かの生徒たちの姿が見えます。
男子だけだったり。
女子だけだったり。
様々な集まりが見えるのですが、
一番多いのは恋人同士、でしょうか。
夜の校庭は恋人達にとって居心地の良い空間なのかもしれませんね。
そんな校庭を龍馬と二人で歩くのは少し気恥ずかしい気もするのですが、
私たちの目的は話し合いです。
決してそういう目的ではないのですが、
それでも少し緊張してしまいますね。
…ふう。
気持ちを切り替えるために深呼吸をしてみました。
そしてもう一度空を見上げてみました。
…こうして見ると不思議ね。
校庭に限らず、
学園内を歩いていると時々不思議に思うことがあるのです。
朝でもお昼でも夜でも。
学園内は気温の変化がないからです。
本来なら4月の夜はまだまだ肌寒い季節ではないでしょうか?
ちゃんと上着を着なければ風邪をひきかねない気温だと思います。
ですが。
学園内に限って言えば、
季節の変わり目という感覚は存在しません。
超広域魔術である気温調整魔術『フラワー』によって安定した温度調整が行われているからです。
だから真冬でも真夏でも。
お昼でも夜でも。
学園内において気温の変化はほとんどありません。
魔術によって常に調整されているからです。
…だから。
例え町が雨で濡れようとも。
国中に雪が降り積もろうとも。
学園内の気候は一切左右されません。
常に快適な気温が維持されるようになっているのです。
そのおかげで夜9時を過ぎた時間であっても肌寒いということはありませんでした。
今も快適な気温が保たれているからです。
そして研究所で生み出される魔力によって、
学園内は夜でも絶やす事なく明かりを燈し続けられています。
今、私達がいる中庭もそうです。
幾つも建ち並ぶ街灯によって明るく照らし出されているのです。
特に学園の中庭は数多くの花壇や植木が整備されていますので、
学園自慢の休憩所として大切に手入れがされています。
ですので、街灯も多く、
暗くて何も見えないということはありません。
昼間に訪れれば数多くの生徒達が食堂がわりに食事に訪れますし、
夜になればあちらこちらに恋人達の姿が見られる場所でもあるのです。
そんな中庭の中心にある最も良く手入れされている綺麗な円形の花壇。
その周辺は街灯のおかげで特に明るくて見通しが良いせいか、
恋人達が集まることはほとんどありません。
目立ってしまいますからね。
人気の少ない場所では恋人達が愛を語らったりするそうですが、
見通しの良い花壇の側に備え付けられているベンチには今のところ誰もいないようでした。
「とりあえず、ここでいいかな?」
「ええ、どこでもいいわ。」
今は恋人同士の語らいをしたいわけではありませんから。
見通しの良い場所を選んだ龍馬に微笑みを浮かべながら頷きました。
そして花壇を取り囲むように幾つも配置されているベンチの一つに二人で腰掛けました。
状況的には夜のデートという感じがありますが、
私達の目的は天城君に関する話し合いです。
気を抜くことはできません。
「さて、と。色々と聞きたいことはあるんだけど、とりあえず気分はどうだい?」
「私なら大丈夫よ。多分、翔子と同じじゃないかしら。」
天城君との試合後。
医務室で目覚めた翔子が絶好調だと言っていた意味が今ならよく分かります。
自分でも驚くほど調子が良いからです。
「多分、彼の治療の影響で回復魔術が体の中に残存しているのだと思うわ。」
実際にどういう方法なのかは聞いてみないとわからないけれど。
「強制的な治療によって起きるはずの副作用を排除するために、持続性のある魔術を残しているんじゃないかしら?」
「へー、なるほどね。僕は回復魔術がそれほど得意じゃないから詳しいことはわからないけれど、もしもそうなら翔子や沙織が助かった理由が納得できるよ。」
「ええ、私も概念がわかるだけで理論までは分からないけれど、多分、そういうことだと思うわ」
方法は分かりませんが、
推測自体は間違っていないと思います。
そう思える程度には魔術の知識を蓄えているつもりだからです。
「私なら大丈夫よ。たぶん、副作用が完全に消え去るまでは普段よりも調子がいいように感じられると思うから」
「そうか、それなら心配いらないね。」
私の体調が良くなった事を理解してくれたようでした。
「それじゃあ…。」
本題に入る事にしたようですね。
ただ、いくら心配がないとは言え、
あまり遅くまで時間をかけるわけにはいかないと判断してくれたのでしょうか。
「あまり時間もないからね。さっそくで悪いけど、彼の話を聞かせてくれないかな?」
手短に話を進める事にしたようでした。
「一応、話は聞いてるよ。彼と戦ったそうだね。」
問い掛けられたことでコクリと頷きます。
そして頭の中で話すべき内容を整理することにしました。
「どうだった?」
「…そうね。」
何から話せばいいのでしょうか?
そして何を話すべきでしょうか?
色々と考えてはみましたが、
結論はすぐに出てしまいます。
なぜなら、話せることが何もないからです。
「…ごめんなさい。正直、今でも良く分からないの。」
何も思い浮かびませんでした。
いえ、思い浮かばないというのは違いますね。
幾つか思うことはあるのですが、
話す必要があるほどの内容ではないというべきでしょうか。
翔子や北条君が調査した内容はすでに報告書にまとめて龍馬に届けてあるはずです。
ですので。
私は報告書にない情報を伝えなければいけないのですが、
新たな情報と言える事柄が何も思い浮かびませんでした。
…調査は失敗したのですから、当然ですね。
何も言えません。
…はあ。
自分の失敗を改めて感じてしまったことで、
自然とため息を吐いてしまいました。
「天城総魔。彼の力を分析しようと思ったけれど、結局何も出来なかったわ。」
悔しさを感じて俯いてしまいます。
当初の目的であった天城君の調査は進展がなかったからです。
例え私が負けてもあとに繋ぐことのできる情報を引き出す事さえ出来れば戦う意味はあると考えていたのですが、
試合の結果は惨敗です。
新しい情報を得るという目的は失敗していました。
むしろ、翔子のほうが頑張っていたのではないでしょうか?
…私も努力はしてみたけれど。
異常なまでの強さを持つ天城君ですが、
それでも攻撃が通じるという事はすでに翔子が実証しています。
そして霧の結界の限界という分析も完了していたはずです。
だから私が出来たことと言えば、
アルテマも相殺が可能だと実証できたことでしょうか?
ですがそれは、あくまでも今回だけでしかありません。
次も相殺できるという保証はどこにもないからです。
…同じではないのよ。
アルテマとは複合魔術の総称であって、
常に全く同じ力を持っているわけではありません。
その内容は常に変動するものなのです。
翔子の時と比べてみれば、
私が受けたアルテマは3倍に近い破壊力を秘めていたように思います。
だからこそ。
全く同じ構成というのはなかなか見れないと思います。
ありとあらゆる魔術が複雑に絡み合って発動する大規模魔術だからです。
一度耐え切れたからといってもう一度相殺できるかと問われれば、
答えは正直に言って分かりません。
上手くいく可能性もありますし、
失敗する可能性もあるからです。
常に変化する公式を最短時間で解き続けなければならないのと同じ状況ですね。
そんな無茶が100%成功する保証はどこにもありません。
そして。
最も恐れるべきルーンと言えるソウルイーター。
吸収の能力を防ぐ方法は現時点では存在しないと言えるでしょう。
触れれば即座に魔力を失ってしまうからです。
それでも強引な対処方法を考えるとすれば、
天城君を上回る魔力によって力付くで押さえ込むことくらいでしょうか。
それなら実現可能かもしれませんが、
翔子にも私にも出来ませんでした。
おそらく北条君でさえ難しいと思います。
唯一それが出来るとすれば、
龍馬ただ一人なのかもしれません。
…龍馬だけは違うから。
理事長にとっての最後の切り札であり、
学園内において最強の生徒だからということもありますが。
そもそもの前提として、
龍馬だけは私達と格が違うのです。
本気で戦うことが出来る私達とは違い、
龍馬だけは全力で戦うことを禁止されています。
…そうしなければ会場が壊れてしまうから。
天城君のアルテマもそうですが、
龍馬が全力を出してしまうと試合場を守る防御結界を破壊してしまい、
周囲に被害が出てしまうのです。
だから龍馬だけは本気を出すことを禁じられています。
…その状況を改善するために。
研究所で防御結界の実験が行われていたという事情があります。
…だから。
龍馬だけが天城君に対抗できる唯一の人物だと思うのです。
…なのに。
何も言えないのです。
龍馬に役立つ情報が何も思い浮かびません。
そのせいで謝ることしか出来ませんでした。
「ごめんなさい。私には何も出来なかったわ。」
「…いや、そうでもないよ。」
…え?
謝ることしか出来なかったのですが、
それでも龍馬は私の努力を認めてくれているようでした。
「すでに真哉からある程度の報告は聞いてるからね。沙織との試合によって彼の限界値は明らかになったそうだよ。それだけでも十分すぎるほどの意味はあるんじゃないかな。」
…彼の限界?
もっとも考慮すべき天城君の限界。
それだけは明らかになっていたそうです。
「彼の魔力が尽きたの?」
「ああ。」
私は試合中に倒れてしまったのでその後の経過を知らないのですが、
北条君からの報告によってすでに私の知らない情報を聞いているようでした。
「彼の魔力は間違いなく底をついたよ。」
私に力を分け与えたからでしょうか?
天城君の魔力は限りなく0に近づいたそうです。
…だけど、それは。
天城君の魔力が私以上だと実証されたことにもなります。
私の魔力を完全に回復させたのですから、
単純に計算しても私より少ないということはありえません。
その前提を考慮したうえで考えると。
『私と翔子に分け与えた魔力』と
『試合と私達の治療に消費した魔力』を加算すれば、
おおよその推測は可能になるのでしょうか?
他の試合の細かい情報はありませんが。
単純に考えても天城君の魔力は翔子の軽く5倍程度。
私と比べても倍以上ある事になると思います。
あくまでも単純な目安でしかありませんが。
それぞれの魔力を比較した場合。
天城君を10とするなら。
私は4~5、
翔子なら1~2、
龍馬なら3~4という計算になるでしょうか。
魔力の総量だけで言えば龍馬よりも私が上ですので、
私を上回っている時点で龍馬よりも魔力が上回っているのは間違いありません。
現時点でも差があるという状況で、
もしも北条君との試合で魔力を吸収した場合。
天城君の魔力が龍馬の3倍にまで拡大する可能性もあると思います。
その可能性も考慮すれば北条君との試合の結果次第では学園最強の龍馬といえども全く油断出来ないでしょう。
いまだに未知数の力を持つ天城君の魔力の総量を知る事は出来たようですが、
残念ながらそれだけとも言えます。
彼の実力までは分析しきれていないのが現状だからです。
魔術の実力は当然として、
分析力や判断力に一目おかれる私に与えられた大賢者の称号ですが、
それほどの称号を持つ私でさえも把握できない存在が天城君なのです。
事実上『調査は不可能』という事が証明されてしまいました。
そうなれば、出来る事はあと一つだけ。
直接戦って実感するしかありません。
情報収集が出来ないのなら直接戦うしかないのです。
その結論にたどり着いたからでしょうか?
龍馬は話を終えて立ち上がりました。
「話を聞かせてくれてありがとう。せっかくだから寮まで送るよ。」
立ち上がった龍馬は私の手を引きながら、
女子寮に向かって歩きだしました。




