情報の秘匿
《サイド:ウィッチクイーン》
「いい子ね。」
栗原薫の寝顔を眺めながら琴平に聞こえるように呟いてみる。
「色々あって精神的に疲れてるのはみんな同じなのよ。だからこそ、心に余裕を持つというのも大事なのよ。」
改めて忠告しながら栗原薫の頭を撫で続ける。
そんな私の姿を横目で眺める琴平は小さく息を吐いていたわ。
「…ふう。焦りですか。確かにそうかもしれませんね。」
命を狙われている状況で敵かもしれない人物と共に行動している状況。
そして戦争の行方と竜の牙の動向。
あらゆる不安が心に渦巻いて、
余裕を失っているのは確かなはずよ。
「少し冷静になるべきですね。」
焦っても仕方がないと理解できたのか、
琴平は馬車を減速させていたわ。
車輪の音も静かになって、
栗原薫の寝息も安らかになったように思えるわね。
これでひとまず馬車の揺れも収まるはず。
そんなふうに考えながら栗原薫を眺めて微笑んでみる。
そんな私達の様子が気になったのか、
琴平から話し掛けてきたのよ。
「優しい顔ですね。以前とは違うように見えます。」
…以前、ね。
どうかしら?
私は私よ。
それは今も昔も変わらないわ。
以前とは状況が違うだけで、
私は何も変わっていないはずよ。
今でも共和国の考え方には賛同出来ないし。
敵対関係にあることも事実だから。
…でもね?
「私達にはやらなければいけないことがあるの。その為にしばらく共和国に協力しようと考えているだけよ。」
「そのやるべきこととは?」
残念だけどそれを知るのはまだ早いわね。
私達にも事情があるのよ。
だけどいずれ正式に交渉に行くことになるから、
その時に全てを答えることにはなるでしょうね。
「全ての準備が整い次第。共和国に共闘の交渉を行うつもりでいるということよ。」
「共闘…ですか?」
「いずれ分かるわ。」
そう遠くない未来に…ね。
説明を終えたことで栗原薫の頭から手を離す。
「この子を守ってあげなさい。この子の決断が共和国の未来を左右するかもしれないから。」
「…あなたは何を知っているのですか?」
私の言葉に疑問を感じる様子の琴平だけど。
今ここで説明できることなんて何もないの。
だから説明の代わりに、
一つだけ聞いてみることにしたわ。
「全ての魔術師の頂点に立つのが誰なのか?それを知りたいとは思わない?」
「は…?それはどういう意味ですか?」
…ふふっ。
やっぱり分からないようね。
だけど言葉通りの意味なのよ。
「もしも本当の意味で『最強の魔術師』が存在するとしたら?そしてもしもその魔術師が『敵』だとしたら?だけどもしもその魔術師を『味方に引き込む方法』があるとしたら?あなたならどうする?」
「仮説が多すぎて答えようがありませんね。せめてもう少し具体的な事例があれば答えようもあると思いますが…。」
…まあ、そうでしょうね。
だけどそれ以上の説明はまだ出来ないのよ。
「この子はその為の鍵になるの。最強の魔術師を引き込む為の…ね。」
ここまでが最大限の情報提供よ。
これ以上の情報を教えることは出来ないから。
「雑談はここまでよ。あとは自分達で調べなさい。」
ひとまず会話を打ち切って、
栗原薫と並んで横になることにしたわ。
遠回しな会話を続けるよりも、
休める間に休んでおきたいのよ。
「全ての真実を知った時に、この子はどんな決断を下すのかしら?」
それが私達の望み通りの判断だったらいいけれど。
そうでなかったとしても大きな問題はないわ。
どちらであったとしても、
私に課せられた任務は成功と判断されるから。
…結果はどうでも良いの。
この子が生存さえしていれば、
それだけで良いのよ。
…まあ、期待はしてるけどね。
期待を込めた眼差しで栗原薫の寝顔を見つめてみる。
そんな私を見た琴平は疑問を抱えている様子ね。
私が言った『最強の魔術師』が誰なのか?
そして私は誰と戦おうとしてるのか?
敵対する共和国の力を借りてまで倒したい相手とは?
不可解な行動を続ける私の今後の動向も気になるでしょうけれど。
今この現況で気にすべき問題は一つだけよ。
「竜の牙は私が追い払ってあげるから、落ち着いてジェノスを目指しなさい。」
「…竜の牙の狙いも栗原さんということですか?」
…うぅ〜ん。
私と同じ目的をもって竜の牙が動いていると考えたのかしら?
だとしたら、それは間違いよ。
竜の牙はまだ『アレの価値』に気づいていないはずだから。
関連性だけは否定しておくことにしたわ。
「牙の目的は別よ。この子に関してはあくまでも私達の都合であって、あいつらには何の関係もないから。」
「それでは…?」
「あいつらの狙いはあなたよ。まあ、目的は単純な口封じでしょうね。」
ジェノスへの援軍の要請を阻止すること。
あるいは琴平を捕獲して交渉の材料にすること。
そのどちらかが目的だと思うわ。
「なるほど。それでは最強の魔術師という話とは無関係ということですか?」
「全くの無関係よ。それに、どんな事情があったとしても決して向こうにはつかないわ。」
「それにも事情があると?」
「まあね。」
…って、それはどうでもいいのよ。
あまり知りすぎるのも問題になるわね。
「あなたは余計なことを聞かずに黙ってジェノスに向かえば良いのよ。」
可愛らしい栗原薫の寝顔のおかげで、
ついつい余計なことまで話してしまったけれど。
具体的な内容まで教えることは出来ないわ。
もしも情報が漏えいしてしまったら、
私の命どころか大陸南部全域が死の荒野に変わる危険性があるから。
だからあの魔術師だけは、
絶対に『怒らせて』はいけないの。
…いえ、違うわね。
あの魔術師だけは、
絶対に『狂わせて』はいけないのよ。
…ある意味では兵器よりも危険な存在だから。
暴走という最悪の展開を回避するために。
私達が表舞台に立つことで、
魔術師の存在を秘匿しているんだから。
ここでむやみに情報を流すわけにはいかないわ。
「余計な詮索は身を亡ぼすわよ?」
「…分かりました。」
少し強めの口調で警告したことで、
これ以上の駆け引きは無理だと判断してくれたようね。
大人しく質問を諦めてくれたのよ。
それでも多少なりとも情報を手に入れることが出来たんだから、
少しは疑問が解決したんじゃないかしら?
もちろん増えた疑問もあるでしょうけどね。
ひとまず街道に視線を戻した琴平は、
移動を優先した様子だったわ。




