自己責任
受付で待っていたのは翔子だ。
…やはり、ここにいたのか。
翔子は心配そうな表情で俺を見つめている。
何故か?
その理由は既に察している。
おそらくそうだろうと考えていたが、
どうやら翔子は本気のようだな。
俺が弱っていることを見越して失われた番号を取り戻そうとしているわけではない。
その逆だ。
おそらく、そうならないように動いているのだろう。
それが翔子の選んだ道ということだ。
残された僅かな気力を振り絞りながら、
翔子の前では冷静さをたもとうとしてみたのだが。
「無理はしない方がいいわよ?」
すでに翔子には気付かれているからな。
無駄な努力でしかないらしい。
「強がるのもいいけどね。たまには頼ってくれてもいいんじゃない?」
…たまには、か。
これまでに何度も協力してもらったつもりではいるが、
おそらくそういう意味ではないのだろう。
顔では笑って見せているが、
翔子の目は笑っていなかった。
本気で心配そうに俺を見つめている。
その気持ちがわからないほど馬鹿ではないつもりだ。
「…ああ、そうだな。」
意地を張っても仕方がないのなら強がるのはやめておこう。
すでに見抜かれているからな。
事実を認めて素直に力を抜いた瞬間に。
意識が途切れて倒れそうになってしまった。
「あっ!?」
反射的に動いたのだろう。
即座に翔子が体を支えてくれていた。
「ちょっ!大丈夫なのっ!?」
翔子の表情から笑顔が消えて不安だけが残る。
「病院…じゃなくて、医務室に行くっ!?」
…ああ、そうか。
そういう選択肢もあったのか。
今まで医務室で世話になったことがなかったから思いつかなかったが、
本来ならそれが正しい判断なのかもしれないな。
…だがまあ。
いまさらだとも思う。
心配してくれる翔子の優しさには感謝の思いを感じるが、
小さく微笑みを返しておくだけにとどめることにした。
「いや、問題ない。しばらく休めば自分で治せるからな」
1時間も休めば回復に必要な魔力は取り戻せるはずだ。
医務室で治療を受けるにしても、
それなりの移動時間と手間暇を考えれば自分で治療するのと大差ないだろう。
「大丈夫だ」
心配する必要はないと告げたのだが。
「うぅ~。」
それでも不安を感じるのだろう。
翔子は俺の治療を行うために回復魔術を使ってくれた。
「ヒーリング!」
初級に位置する簡単な回復魔術だ。
微かな光が翔子の手の平で輝いている。
だが、魔術の構成が安定しているようには思えない。
おそらく沙織や美春ほど回復魔術も得意ではないのだろう。
翔子の回復魔術は気休め程度でしかなかった。
「ご、ごめんね。私ってどちらかといえば攻撃特化だから、こういうのって苦手なの」
だろうな。
やはり苦手らしい。
翔子らしいというべきかもしれないが、
ひとまず自分でも欠点は分かっているようだ。
「ごめんね…。」
「いや、謝る必要はない」
そもそも俺自身も回復魔術が得意というわけではないからな。
これまで回復魔術を覚える機会がなかった。
ほぼ全ての試合を無傷で勝ち上がってきたというのも原因の一つではあるが、
そもそも回復魔術を目にする機会がなかったことも原因になる。
そのせいで回復魔術だけは最後まで後回しになっていたのだが、
この会場で試合を経験して待機している間にようやく魔術を学ぶ機会を得た。
俺が倒した生徒達を治療するために美春達が駆け付けたのを目にしていたからだ。
そこでようやく回復魔術を学ぶことができた。
もしもあの時、
美春の魔術を見る機会がなかったとしたら?
俺はまだ翔子を助ける手段を持っていなかっただろう。
もちろんあの時駆けつけたのは美春だけではない。
医療班の魔術を学べたのが大きかった。
実際の治療を確認し、
学ぶ機会があったからこそ、
回復魔術を身に着けることができたからな。
そしてこの場で過ごせる時間があったからこそ。
瀕死の翔子達を治療できるほどの魔術を完成させることができた。
「攻撃とは違い、回復は技術的に難しいからな。」
炎や氷といった目に見える現象ではなく、
視覚では判断できない人体の構造を理解しなければ回復魔術は使えない。
翔子もそうだが、
目に見える傷を癒す程度の魔術なら扱えるとしても、
根本的な治療は出来ないのは当然のことだ。
「…治せなくてごめんね。」
「いや、大丈夫だ。」
あまり上手くはない翔子の治療だが、
それでも全くの無駄というわけではない。
怪我の治療は期待できないが痛みは緩和されている。
少なからず痛み止め程度の効果はあった。
「気持ちだけで十分だ。」
痛みが和らいだことで、
礼を言って魔術を中断させる。
「すまないな。感謝する」
「で、でも、まだ何も…っ!」
翔子はまだ気にしているが、
中途半端な回復魔術は体に悪影響を及ぼしかねない。
「心配するな。もう大丈夫だ。それに、これ以上続ければ副作用が起きる。」
「あう…っ」
俺の指摘に反論できなかったようだ。
翔子は唇を噛み締めている。
「ご、ごめんね。」
「いや、いい。この状況は自己責任だからな」
「それは…っ!」
「いいんだ」
「うぅ…。」
翔子の言い分はわからないでもないが、
翔子や沙織を治療したから魔力が足りないなどと言い訳をするつもりはない。
それをしてしまえば今以上に翔子は自己嫌悪に陥るだろう。
それに。
自分の行動を他人のせいにするつもりもない。
事情がどうあれ自分の体を治療できないのは自分自身の責任だ。
俺がもっと努力していればここまで怪我を負うことはなかっただろう。
あるいは俺自身がもっと成長していれば魔力に余裕を持てていたかもしれない。
だから今のこの状況は自分の行動の結果だ。
他の誰のせいでもない。
「気にするな」
「…気にするわよ。」
まだ不満があるようだが、
不器用な翔子の回復魔術ではなんらかの副作用が起きる可能性が高い。
それが睡眠か、麻痺なのか?
どういった症状が起きるのかは分からないものの。
歩く事さえままならなくなるのは避けられない。
「うう~。ちゃんと、勉強しておけばよかったわ…。」
回復すら満足に出来ない自分を悔しく思っているのだろう。
激しく落ち込んでいる様子の翔子だが。
「あっ!!そうよ!!」
それは一瞬だけで、
すぐに別の方法を思い浮かべて笑顔を見せた。
「魔力が足りないのなら私の魔力を吸収すればいいんじゃない!?総魔なら出来るし、魔力があれば回復出来るでしょ?」
…ああ、そうだな。
魔力さえあれば治療できる。
それは間違いない。
…だが、な。
自分の魔力を差し出すことで治療を願う翔子だが。
その好意には感謝しつつも、
翔子の意見は却下しておくことにした。
「大丈夫だ。そこまでする必要はない。少し休めばある程度の魔力は回復するからこのままでいい。」
「で、でもっ!」
「良いんだ。それに、な。吸血鬼でもあるまいし、他人の魔力を奪ってまで回復するのもどうかと思うからな。」
「…それは、今更じゃない?」
「そうかもしれないが、戦いでもない場で知り合いを犠牲にするようなやりかたは選びたくない。」
少なくとも好意的に接してくれる人物から魔力を奪って喜ぶ趣味はない。
敵を制することに迷いはないが、
味方を犠牲にする人間にはなりたくないからな。
「もう二度と翔子から魔力を奪うつもりはない。」
「うぅ…。私はいいのに…」
「気持ちはありがたいが、遠慮しておく」
翔子の気持ちを丁重に断りつつ、
ひとまず受付に向かう。
その間、翔子は大人しく様子を見ている様子だった。
力ずくというわけにも行かないからだろう。
翔子は諦めにも似た心境でため息を吐いている。
そんな翔子に時折視線を向けながら、
今は受付で話を進めることにした。




