恐怖の克服
《サイド:常磐成美》
午後6時30分になりました。
私はまだジェノスの港にいます。
夕陽が海に沈んで訪れる時刻。
世界を照らす光が消えて、闇が支配する世界。
それが『夜』です。
暗闇に怯える私は目を伏せてお母さんに抱き着きながら震えていました。
どうしても落ち着くことができません。
闇の世界は私にとって恐怖の象徴です。
目が見えなかった昨日までの日々を連想させる孤独の世界だからです。
「怖いよ…お母さん。」
「大丈夫。何も怖くなんてないのよ、成美。」
夜に怯えていると、
お母さんが優しく囁いてくれました。
「確かに夜は暗くて淋しいかもしれないけれど…。でもね、成美。夜にも輝く光はあるの。だから空を見上げてみなさい。空に輝く沢山の光が成美を照らしてくれているでしょう?」
…夜に輝く光?
…それは何なのでしょうか?
お母さんの言葉を聞いた私は恐る恐る空を見上げてみました。
そして、気付いたんです。
暗闇が支配する世界の中で、
キラキラと輝く沢山の光が在ることを。
そして一際大きな輝きを放つ光が在ることを知ったんです。
「…綺麗…。」
思わず呟いていました。
そうして驚きながら空を見上げていると、
お母さんが微笑みながら説明してくれたんです。
「沢山輝いている小さな光の粒が『星』なのよ。そして、一つだけ大きく輝いているのが『月』なの。」
「星と月?」
「ええ、そうよ。夜にしか見れない光。それが星と月なのよ。」
どこまでも無限に広がる暗闇の空に輝く幾千の星。
その中で神秘的な光を放つ月。
夜の暗闇をささやかに照らしてくれる月の光を浴びながら、
私はじっと空を見上げていました。
「真っ暗なだけじゃないんだね。」
「ええ、そうよ。夜には夜の光があるの。決して明るくはないかもしれないけれど。とても優しい光があるのよ。」
お母さんと二人で見上げる空。
そこには冷たいような優しいような神秘的な光を放つ月がありました。
暗闇を照らし出す不思議な光です。
それはまるで目の見えなかった私に訪れた奇跡と同じように。
暗闇という世界に光を与えているかのように思えました。
「これが月なんだね…。」
初めて見る光です。
不思議な輝きを放つ神秘的な存在でした。
…お姉ちゃん、翔子さん。
…私ね、沢山のことを知ったよ。
…色んなことを教えてもらったの。
…お母さんやお父さんに。
…それに深海さんのお父さんとお母さんにも。
…色んなことを教えてもらったんだよ。
色と形と名前。
…沢山教えてもらったの。
それらは今まで何も知らなかった知識です。
今日一日で全て補うことなんて出来ませんが、
それでも少しずつ知識を蓄えて様々なことを学びました。
今までなら想像さえも出来なかった世界だけど。
今は全てを見ることが出来るんです。
それはまるで暗闇を照らす月の光のように。
私の瞳にも光が注しているんです。
…きっとこの瞳には、お姉ちゃんと翔子さんがいるんだよね?
二人がいてくれるから見えるんだよね?
…私はそう信じてる。
月をじっと眺めながらお姉ちゃん達を想いました。
だけど不思議と涙は浮かびません。
涙で視界が滲むことがもったいないって思えるくらいに目の前の景色が綺麗で、
私の心を強く惹きつけていたからです。
…もう怖くないよ。
…だってこの月と同じように。
お姉ちゃんと翔子さんが、
私を照らしてくれているから。
…だからもう怖くないよ。
だから、ね。
…もう泣かないよ。
月の光を浴びながら瞳に想いを込めました。
夜の恐怖を克服したことで、
暗闇と向き合う強さを持ったんです。
…もう大丈夫だよ。
…夜は怖くない。
…暗闇も怖くないよ。
光はちゃんとあるから。
だからもう怖くなんてありません。
静かに月と向き合う私の体の震えはとっくに治まっていて、
お母さんの手をしっかりと握り締めることができました。
「ありがとう、お母さん。もう…大丈夫だよ」
笑顔を見せる私を見て、
お母さんも微笑んでくれています。
「良かったわね、成美。」
「うん♪」
もう夜は怖くありません。
暗闇におびえる必要なんてないんです。
「お家に帰ろ♪お父さんが待ってるかも♪」
「ええ、そうね。帰って晩御飯の準備をしないといけないわね。」
お母さんと一緒に手を繋いで帰ることにしました。
月の光を浴びながら歩く帰り道。
静かで幸せな時間が流れます。
「また一緒にお出かけしようね♪」
今日はもう終わりですが、
今度は家族そろってお出かけしてみたいです。




