密偵の派遣
《サイド:楠木博文》
進藤元帥が陸軍を率いて撤退を始めてからすぐに、
ヴァルセム精霊学園の生徒達が俺の傍へ駆け寄ってきた。
訪れたのは『成瀬智久』と『宮野晃』、
『金田敦子』と『八木真奈美』の4人だ。
俺の傍に集まった彼らは『とある願い』を申し出てくる。
「先程の話を聞いていました。」
率先して話し始めたのは成瀬智久だ。
成瀬君は4人を代表して頭を下げてから、
他の生徒達と同様に想いを告げてきた。
「ミッドガルムに調査部隊を派遣するのなら僕達にも参加させて下さい。」
…ふむ。
どうやら彼等はミッドガルムへの諜報活動に同行したいようだな。
…だが、これはどうだろうか?
少し困ってしまう。
本来なら彼等の行動に許可を出せるのはヴァルセムの責任者だけだからだ。
仮に軍部の人間であるなら多少の融通は利かせられるのだが、
彼等はまだ学園に在籍する一生徒達でしかない。
だからこそ。
共和国軍の中でも国境警備隊の司令官でしかない俺に彼らを動かす権限はない。
強制も協力もできないのだ。
「ミッドガルムへの潜入は命懸けの作戦になる。」
もしも潜入がバレれば、
捕虜となるか暗殺されるだろう。
場合によっては共和国の立場も危うくなる。
それほど危険な任務なのだ。
「生半可な気持ちでは死にに行くようなものでしかない。それを理解したうえで、きみ達にはそれだけの覚悟があるのか?」
参加を認める権利はないが、
引き留める権利もないのだ。
だからこそ問いかけてみたのだが、
成瀬君達は真剣な表情で頷いていた。
「もちろん覚悟の上です。僕達は…いえ、僕達も強くなりたいんです。命を賭けるほどの危険を乗り越えて、今以上の強さを…。そして仲間を守れる力を手に入れたいと思っています。」
大塚義明を守れなかったという現実。
そして自分達の力ではウィッチクイーンには遠く及ばないという現実。
それらに悔しさを感じているのだろう。
だからこそ学園で勉強しているだけでは決して学ぶことの出来ない命懸けの戦いを求めて、
調査部隊への参加を申し出てきたようだ。
「命懸けの戦場こそ望むところです。僕達はそこから始めたいと思っています。強くなる為に。そして共和国を守る為に…です。」
共和国に住む家族や友人を守る為に、
成瀬君達も戦う意志を見せてくれていた。
「強くなりたいんです!!」
…強くなりたい、か。
…いいだろう。
そこまで言えれば十分だ。
強く願う成瀬君の言葉を受け入れて参加を認めることにする。
「きみ達の行動を黙認しよう。だがこれだけは覚えておいてほしい。これからきみ達が向かう場所は敵地であり、味方の援護は一切期待出来ない場所だ。その為、ミッドガルムに潜入して以降の魔術の使用を禁止する。」
もしも魔術師であることがバレてしまったら生きて帰って来れる可能性は限りなく0に近付くからな。
「魔術も精霊もルーンも全ての使用を控えて生き残ることを優先して行動しろ。それが出来なければ…死ぬことになる。」
成瀬君達に課せる制限。
それは魔術の禁止だ。
魔術師であることを悟られない為に。
そして潜入の事実に気付かれない為に。
正体を隠す必要がある。
「密偵として、戦場を生き抜く技術を学んでくると良い。」
「はい!今よりも強くなれるのならば、どんな制限も受け入れます。」
禁止令を受け入れてくれた成瀬君達だが、
続けてもう一つの願いを託してきた。
「ただ、僕達がいない間は義明をよろしくお願いします。」
魔力を失って昏倒状態の大塚義明を残していくことになるからな。
保護を俺に託したいようだ。
「ああ、任せておけ。」
その程度の労力なら惜しむまでもない。
「きみ達が成長を望むのであれば、最も危険度の高いミッドガルム王都の調査を頼もう。きみ達4人とは別にこちらからも4名ずつの3部隊、計12名を潜入させるつもりでいる。」
そのため。
合計で16人での作戦になるのだが。
「誰かが失敗すれば他の部隊にまで危険性が広がることだけは理解しておくようにな。」
「はい!決して足手まといにはなりません。」
力強く宣言する成瀬に続いて。
「全力を尽くします!」
宮野晃も誓い。
「生きて帰ってきます。」
金田敦子も宣言してくれた。
そして最後に。
「精一杯頑張ります!」
八木真奈美も応えてくれたことで、
4人がそれぞれの意志を示してくれた。
「全員揃って生きて帰ってくることを信じている。」
可能性は低いかもしれないが、
それが出来てこその成長だ。
「ミッドガルム王都はここから北西の方角になる。街道にそって進めば辿り着けるはずだ。調査の内容は戦争の行方になるが、可能であれば解放軍の行動も調べてもらいたい。」
「はい、分かりました!それではミッドガルムへ行ってきます!」
成瀬君を先頭にしてミッドガルムの国境を目指す4人。
国境を無事に突破して王都へ辿り着けるのかどうか?
そしてどの程度の情報を得られるのか?
幾つもの不安を感じながらも、
成瀬君達に任せることにした。
今以上の成長を目指して。
成瀬君が率いるヴァルセムの生徒達も、
ついに動き出したのだ。




