月の光
《サイド:常磐成美》
午後5時になりました。
お母さんと二人でもう一度、海を眺めに来たのですが、
港から眺める景色は昼間とは違った色合いを見せてくれています。
夕暮れに紅く染まる空を映し出す海。
紅と蒼が入り混じる綺麗な景色は『夕焼け』と言うそうです。
太陽が沈むこの一瞬にしか見ることの出来ない景色だとお母さんは言っていました。
…確かに綺麗かも。
…でも。
夕陽が照らし出す景色はどこか淋しくて。
何故かとてもはかなげで、
切ない光景に思えるんです。
それは一日の『終わり』が訪れる時間だからでしょうか?
時が過ぎて今日という日に終わりを告げる瞬間。
その光はとても綺麗で、
とても切ない光に思えました。
「綺麗だね…お母さん。」
「ええ、そうね。」
二人で並んで眺める景色。
海へと沈んでいく夕陽を眺めながら私はそっと呟きました。
「…夜が来るんだね。」
少しずつ暗くなっていく空を見ていると、
どうしても悲しみが押し寄せてくるんです。
微かに見え始める星の粒。
月はまだ見えませんけど。
もう少し待てばその輝きも見えるのでしょうか?
『月』も『星』もまだ見たことがないので実物を知りません。
だからでしょうか?
徐々に暗くなっていく空を見上げているだけで恐怖を感じてしまいました。
私が感じる『恐怖』
それは『暗闇』です。
太陽が姿を隠して空に夜が訪れる。
それは私にとって目の見えなかった昨日までと同じ『闇』に近い世界だと思うんです。
このまま夜になっていくということは、
私が恐れる闇に等しい世界が訪れるということです。
そんなふうに思ってしまうから、
暗くなっていく空を見て恐怖を感じてしまいました。
「これが…夜なんだね。」
まだ夕陽は沈みきっていません。
空は茜色で完全な夜にはまだ早いと思います。
…ですがそれでも。
恐怖を感じてしまうんです。
少しづつ暗くなっていく空。
その闇の訪れを恐れていました。
「…ねえ、お母さん。」
「ん?どうしたの?」
「もう…帰ろう。」
自然と俯いてしまいます。
そんな私の表情を見たお母さんは、
私の体を優しく抱きしめてくれました。
「大丈夫よ成美。何も怖くなんてないの。大丈夫、お母さんが傍にいてあげるから…だからもう少しだけここにいましょう。」
お母さんは気づいてくれたようです。
私が何を恐れて何に怯えているのか。
その理由を分かってくれた上で、
あえて留まることを選んだようです。
「大丈夫よ。お母さんを信じて…」
囁いてから空を見上げるお母さんは、
私に何かを見せようとしてくれていました。
「夜はね。『暗闇』だけじゃないのよ。」
優しく話しかけてくれています。
ですが、それだけで私の恐怖が消えるわけではありません。
私にとって暗闇は絶望にも等しい苦しみだからです。
「お、お母さん…っ。」
必死にお母さんの体にしがみついてしまいました。
目が見えるからこそ感じる恐怖もあるんです。
夜の訪れに…私は怯えてしまいました。
徐々に広がってく夜の闇。
その闇がどこまで世界を覆うのかが私には想像も出来ないからです。
「怖いよ…お母さん…っ。」
「大丈夫よ。お母さんを信じて。」
「で、でも…っ。」
心は恐怖に染まり。
体は悲しく思うくらいに震えてしまいます。
ここから逃げ出したくなる気持ちで狂ってしまいそうでした。
…だから今は。
優しく抱きしめてくれるお母さんの温もりだけが唯一の安らぎでした。
「お母さんっ!?」
「…大丈夫。大丈夫よ。」
お母さんは静かに待つことを選んでいます。
希望が現れる瞬間を。
「夜は『暗闇』だけじゃないの。夜にはね。ちゃんと成美を照らしてくれる『光』があるのよ。」
「…光?」
「ええ、そうよ。」
お母さんはじっと待ち続けていました。
夜の闇を照らし出す『光』が現れるその瞬間まで待ち続けることを選んでいたんです。
…そして。
私が恐怖を乗り越える瞬間を…待っていたんです。




