大賢者
《サイド:天城総魔》
泣き崩れた翔子は何も言えずに俯いている。
「………。」
何かを言おうとしている様子は見えるが、
うまく言葉に出来ないのだろう。
…困ったな。
何か気の利いた言葉の一つでもかけられれば良いのだが、
残念ながらそんな都合のいい言葉は思い浮かばなかった。
…これでよかったのだろうか?
俺の発言が正しかったのかどうかはわからない。
少なくとも翔子が泣き止むまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。
翔子のすぐ隣に並ぶ北条でさえも複雑な表情を浮かべながら泣き続ける翔子を見つめている。
北条は何を考えているのだろうか?
他人の考えなど分かるはずもないが、
開始線に立つ沙織は微笑んでいるように見えた。
俺の行動に満足したのだろうか?
沙織の考えもわからないが、
沙織にとっては望み通りの結果だったのかもしれない。
「良かったわね、翔子。」
俺と翔子が和解できたことを喜んでいるようにも見える。
「本当に…良かったわ。」
そっと呟く沙織の表情は心の底から安堵しているように思えた。
翔子にとって正しかったかどうかは分からない。
だが沙織の期待通りの結果にはなったらしい。
翔子を見つめる横顔は喜びに満ちているように思えるからだ。
…そうか。
そういう顔もできるのか。
これまでの印象を言うと沙織に関しては医務室での印象が最も強かったのだが、
あの時のような憎悪とはかけ離れた慈愛と呼ぶべき表情が見れたことで沙織の印象が少し変わった気がした。
当たり前のことだが、
ちゃんと笑えるようだな。
翔子のために怒り。
翔子のために喜び。
翔子のために話しかけてきた。
それはつまり。
それほど翔子を大切に想っているということだろう。
だからこその親友なのかもしれない。
…少し、羨ましいな。
友と呼べる存在がいること。
それが少し羨ましく思えた。
翔子と沙織。
二人の関係性は理解できた気がするが、
そもそもの前提として今更翔子の行動を否定するつもりはなかった。
散々付きまとわれていたわけだからな。
特に気にしていないというのが正直な意見になるのだが、
翔子からすれば俺に対して消えない負い目があったのだろう。
…ずっと俺を監視していたわけだからな。
その過去を払拭して翔子の不安や後悔を消し去ることが沙織の目的だったのかもしれない。
だとすれば沙織の目的は叶ったと言ってもいいだろう。
涙を振り払って、
じっと俺を見つめる翔子の表情は先程よりも明るく見える。
沙織の気遣いによって立ち直れたのは間違いないだろう。
仲間からはぐれたことで自分の立ち位置を見失っていた様子の翔子だったが、
沙織の配慮によって気持ちの整理が出来たようだ。
今の翔子の瞳に後悔は感じられない。
全てを受け入れて前を向く事を決めた意思を瞳に宿しているように思える。
その想いに沙織も気づいたのだろうか。
翔子の表情に満足しているように見えた。
「…これでいいのよ。」
心から翔子を想う沙織が再び俺と向かい合う。
「もう、悔いはないわ。」
翔子の問題が解決したことで心残りがなくなったということだろう。
今の沙織からも迷いが感じられなくなっている。
「申し訳ありません。試合前に話が逸れてしまいましたね。」
本題へと入るために。
沙織は翔子に背中を向けた。
「そろそろ始めましょうか」
沙織の言葉をきっかけとして、
周囲の緊張感が急速に高まっていく。
「私の名前は常盤沙織です。ですがもう一つ別の呼び名があります。学園内でただ一人の称号である『大賢者』。その名の下に、貴方と全力で戦うことを誓います。」
…大賢者?
別名、あるいは通り名というべきだろうか。
全力で戦うことを宣言した沙織には学園に認められた称号があったらしい。
今までそういった称号があることすら知らなかったのだが、
沙織が大賢者と呼ばれる意味を試合の中で知る事になるのだろう。
「よし!!ようやく俺の出番だな。」
沙織の話が終わる瞬間を見計らっていたのだろうか。
「話は終わったな?それじゃあ、そろそろ始めるぞ?」
これまで黙って様子を見ていた北条が試合場へと近づいてくる。
「今回も試合の合図は俺が出す。文句はないな?」
確認のために問いかけてくる北条だが、
俺としては不満などない。
今回も審判員がいないようだからな。
誰も審判をやりたがらないという理由ももちろんあるようだが。
それ以上の理由として、
審判とはいえども他人が踏み込んではならないという雰囲気があるのだろう。
まるでそうであることが当然かのように、
試合場にいるのは二人だけでしかない。
俺と沙織だけだ。
二人の間から生まれる雰囲気には北条でさえ話しかけにくい空気が漂っているのかもしれない。
「まあ、とりあえず、準備は良いな?」
北条の質問に無言で頷く。
対する沙織も真剣な表情を浮かべながら試合開始を待っているようだった。
「なら、始めるか」
はっきりとわかるわけではないものの。
おそらく翔子との試合以上の緊迫感を感じているのだろう。
北条の頬から一筋の汗が流れ落ちているのが見える。
これから、どんな試合になるのか。
おそらくそんなことでも考えているのだろう。
北条が緊張した面持ちで試合開始の合図を宣言する。
「試合、始めっ!!」
合図を出して即座に試合場から離れた。
その様子を黙って見ている翔子は手を伸ばせば届く距離にいる北条に近づけないまま、
少しだけ離れた位置で試合に視線を向けている。
今はまだどうすればいいかわからないといった雰囲気だな。
北条と翔子の二人の視線を感じながら始まる試合。
試合開始と共に結界に包まれた試合場の中で、
俺のソウルイーターと沙織のルーンがほぼ同時に発動していた。
「最低限の礼儀として先に紹介しておきます。この杖が私のルーン『マテリアル』です。」
沙織が手にしているルーンは彼女の身長を大きく上回る長身の杖だ。
長さだけで言えば2メートル程度はあるだろう。
かなり細身の杖だが、
北条の身長と比べてもほぼ同じくらいに思える長さがある。
もちろんルーンの重量は魔力の結晶であるため、ほぼ0だ。
重くて振り回せないということはないだろう。
それでも沙織の身長と体力では到底振り回せないであろう長さがどうしても不自然に思えてしまう。
何か意味があるのだろうか?
よくわからないが、そもそもが杖だ。
接近戦で振り回すことを前提としているわけではないはず。
試合において長さが不便ということはないだろう。
武器としての使い勝手は疑問だが、
沙織の細くて華奢な腕でも持てる細身の杖は
翔子以上の莫大な魔力を内包しているのがはっきりと感じられる。
翔子の金色の弓もかなりの高魔力だったが、
沙織の杖から感じられる魔力量は翔子の倍と言っても言い過ぎではないはずだ。
どのような能力を持っているのかはまだわからないが、
ルーンの形状から推測すれば『星』に関わる能力なのかもしれない。
杖の先端には星を象徴するかのような大きな五紡星の形の装飾が施されているからだ。
その形にどういう意味があるのか見た目だけでは判断できないものの。
単純な属性ではない何らかの能力が秘められているのは間違いないはず。
そんな推測を裏付けるかのように、
杖全体からは緑と青を混ぜ合わせたような不思議な光が放たれている。
第一印象としては静寂だろうか。
研究所で見た光の剣のような威圧感や翔子のような豪華絢爛さは感じられない。
ただ静かにそこにあり、
ただ静かに輝いているだけだ。
それだけのはずなのに、
見る者全ての視線をくぎづけにするかのような不思議な存在感もある。
「翔子との試合を見ていましたので、すでに貴方の力は知っています。だから私からもこの杖についてお教えしておきます」
翔子同様に正々堂々と戦うことを目的としているのだろう。
互いの条件を揃えるために。
沙織は自らのルーンの説明を始めた。
「この杖の能力は無効化です。あらゆる魔術を相克する力を持っています」
…ほう、相克か。
まさか共和国でその言葉を耳にするとは思っていなかったが、
沙織の宣言が俺の知る言葉通りだとすればおおよその能力は理解できる。
…なるほどな。
だからこそ、星を司るということか。
「その力を象徴する為の『五芒』ということだな?」
「…っ!?ご存知なのですか?」
…ああ、非常に残念だがな。
「嫌というほど知っているつもりだ。」
「私の能力は、この国では一般的ではない理論のはずなのですが…」
…だろうな。
この国にいては知ることのできない理論だろう。
だが、この国の出身ではない者からすれば嫌というほど身にしみている理論だ。
もちろん俺もそのうちの一人に含まれる。
「俺はこの国の出身ではないからな。」
「…そうでしたか。それなら知っていても不思議ではありませんね。」
この国で生まれた者達は知らない法則。
沙織の持つ能力は魔術という枠から外れている理論だ。
そのため魔術の知識だけでは理論の構築が出来ない。
だが、とある考えを取り込めばそれが可能になる。
この国には存在せず、
他国には存在する知識。
それは『陰陽五行』と呼ばれる陰陽師の法則だ。
本来なら魔術師とは対極にある陰陽師が行使する理論だが、
沙織の能力は陰陽師の理論を流用しているらしい。
もちろん理論の構築に関して陰陽師としての力は必要ない。
あくまでも知識さえあれば理論は成立するからな。
五行の意味さえ理解していれば可能となる技術。
それが『五行の法則』になる。
陰陽師の扱う呪術。
その力において各属性は
火→金→木→土→水→火…と繰り返し、
それぞれがそれぞれに打ち勝つ特性を持っている。
火は水で消え。
水は土に吸い込まれ。
土に木は生え。
木は金で切られ。
金は火で溶ける。
そう考えられ、回り続ける力関係を持っている。
その力関係を正しく理解して魔術の理論として再構築することで、
あらゆる魔術を相克するルーンが完成するのだろう。
…五芒を司る魔術師か。
対魔術を想定した能力と呼ぶべきだろうな。
沙織が構築した無効化の理論はすぐに理解できた。
敵の攻撃を相殺する能力に特化した杖なのだろう。
もっと分かりやすく言えば防御に特化した能力と言ってもいい。
あらゆる魔術を相殺できる能力は非常に有用と言えるが、
問題は吸収と無効化のどちらの能力が勝つかだ。
結果は互いの魔力の差が勝敗として現れるのだが、
どうやら沙織の能力はそれだけではないらしい。
「無効化がルーンの能力ですが、それだけが私の全てではありません。学園3位である私が『大賢者』と呼ばれる理由。それをこの試合でお見せします。」
防御だけではないと宣言した直後に。
「説明は以上です。」
沙織は魔術の詠晶を開始した。
見た目だけで言えば、
か弱く見える沙織だが、
放たれる威圧感は翔子以上だ。
運動能力は高そうに見えないが、
見た目だけで判断はできないだろう。
今はまだ油断するべきではないからな。
「さあ、始めましょう」
握り締める杖をこちらへと向けてきた。




