叶わない願い
《サイド:栗原薫》
…さて、と。
何だかんだで午後2時を過ぎたわね。
ようやく町の混乱も収まり始めて、
マールグリナに日常が戻ろうとしているわ。
…とは言っても、ね。
まだまだ町の各所では鎮火しきれていない火事が続いているし。
多くの魔術師による消火作業も続いているの。
それでも騒ぎ自体は収まってきてるみたいで、
ほぼ全域において救出作業が完了しつつあるという報告が届いているわ。
現時点で分かってる範囲で言うと、
今回の事件による被害は死者1000名を超えるらしいわね。
負傷者は数え切れないけれど。
魔術による治療によって、
大半の人々が通常の生活に戻れるはずよ。
だけど…ね。
中にはどうしても魔術で対処出来ない人々もいるの。
魔術の直撃や火事の被害に巻き込まれて腕や足を『失った』人々の体は、
どんな魔術であっても治療出来ないのよ。
血を止めて傷を塞ぐのは簡単なんだけど。
失われた体を『再生』することは出来ないの。
切れた腕や足を繋ぐくらいなら何とかなることもあるんだけどね。
失われた体は2度と戻らないのよ。
体の一部を失った人々は、
その体で一生を過ごさなくてはいけないの。
そういう部分を考えるとね。
突然起きた今回の惨劇は、
多くの人々の心に傷を残す結果になったと思うわ。
「こうなるともう…絶望としか言いようがないわよね。」
言っても仕方がないんだけど。
それでも言いたくなるのよ。
どうしてこんなに辛い思いをしなければいけないのかな?ってね。
私にとっても目の前の現実は辛いものがあるの。
魔術医師として多くのことを学んできた結果として、
学園だけではなくて共和国全土に及ぶくらいの名声を持つ私でさえも、
目の前の現実は変えられないからよ。
存在しないモノを治療することは出来ないから。
どれ程の魔力を持っていても。
どれ程の経験を詰んでいても。
叶わない願いはあるの。
目の前の現実はそれを如実に表しているのよ。
体の一部を失った人々は、
これからどんな人生を過ごせば良いの?
物を掴むことが出来なくなった人もいれば、
歩くことさえ出来なくなった人もいるわ。
そんな人達に対して、
私に出来ることなんて何もないわよね?
ただただ哀れむか同情するしかないの。
「頑張って…」なんて、
ありきたりな言葉をかけることしか出来なかったのよ。
そんな無責任な言葉をかけることしか出来なかったの。
「どうして現実は残酷で辛いものばかりなの?」
拳を握り締めながら震える体で呟いてしまう。
今の私にはもう、
その程度のことしかできなかったのよ。
兄貴を失って。
親友を失って。
そして自信まで失ってしまったから。
何も出来ない自分がただただ悔しかったの。
誰も救えないと思うことが辛かったのよ。
「魔術なんて…何の役にも立たないじゃない」
救える人は救えるけれど、
救えない人は救えない。
それをどこかで割り切らないといけないのよ。
…町の復興は難しくないと思うわ。
だけど心と体に残る傷は永遠に残ってしまうはず。
「どうすれば良いのかな?私はどうすれば良いのかな?ねえ…兄貴。ねえ…愛里。教えてよ…。私はどうすれば良いの?」
溢れる涙。
こぼれ落ちる滴。
どれだけ悲しみに暮れたとしても、
私の疑問に答えてくれる人はもう…どこにもいないのよ。




