試合前に
《サイド:天城総魔》
「試合前に、少しだけ話をしても良いですか?」
これから試合を始めるという状況で沙織から話しかけてきた。
何の話かは知らないが、
この状況で話しかけてくる以上は何らかの目的があるのだろう。
対戦相手と仲良くなる必要はないと思うが、
わざわざ断るほどの理由もないからな。
話くらいは聞いてもいいと思う。
「好きにしろ。」
問い掛けてきた沙織に頷いてみると、
沙織は深々と一礼してから話し始めた。
「ありがとうございます。まだ自己紹介をしていなかったと思いますので。改めまして、生徒番号3番の常盤沙織といいます。」
礼儀正しく挨拶を行う沙織の振る舞いには気品すら感じられる。
それが性格なのかはわからないが、
翔子と違って落ち着いた雰囲気を感じさせた。
「貴方の事はすでにある程度把握しているつもりです。もちろん翔子との試合を拝見させていただいたという理由もありますが、試合とは別に噂話程度には話を聞いていましたので…」
…噂話か。
おそらく翔子から話を聞いていたという意味だろう。
だからと言って特に不満を言うつもりはない。
どこで誰が何を話していようと自由だと思うからな。
好きにすればいいと思うだけだ。
「言いたいことはそれだけか?」
「…あ、いえ。」
違うらしい。
まあ、これから試合を行うという状況だからな。
単なる自己紹介がしたいわけではないだろう。
おそらくこのあとに本題が続くはずだ。
「貴方はそんな話に興味はないでしょうね。ただ、どうしても試合前に一つだけ、伝えておきたい事がありました。」
…伝えたいこと?
何を言いたいのかは知らないが、
沙織は何故か翔子に視線を向けてから話を続けた。
「あの子は…翔子は私達から離反しました。」
…離反?
どういう意味だろうか?
意味が分からずに翔子に視線を向けてみると、
黙って話を聞いていた翔子も動揺しているように見えた。
どうやら沙織の話の内容に関して、
翔子は何も聞いていなかったらしい。
翔子の隣にいる北条はただ黙って沙織を見つめている。
何か言いたそうにはしているが、
余計な口出しはしないとでも考えているのだろうか?
北条はただじっと沙織を見つめている。
そして肝心の沙織は淋しそうな目で翔子を見つめていた。
「………。」
視線だけで何かを訴えているようにも思えるが、
その内容まではわからない。
そのまましばらく翔子を見つめていたが、
やがてその視線は俺に戻った。
「これ以上、貴方に迷惑をかけたくない…と。そう言って、あの子は私達から離反しました。」
…ああ。
そういうことか。
迷惑をかけたくない、か。
翔子らしい考えだな。
黙って沙織の言葉を聞いている翔子も何か言いたそうな表情を見せているが、
何を言えばいいのか分からないのだろう。
戸惑うような表情でじっと沙織の後ろ姿を見つめている。
そんな翔子に視線を向けることはせずに、
沙織は話を続けていく。
「もちろん貴方を怨むつもりはありません。寂しいと思う気持ちはありますが、あの子自身が選んだ事です。だから、それはいいんです。ただ、貴方にはちゃんと知っていてもらいたかったんです。あの子は、貴方の為に、私達とは違う道を選んだということを…。そのことを貴方には知っていてもらいたかったのです。」
俺のために、か。
懸命に想いを伝えようとする沙織の言葉からは確かな悲しみがこもっているように感じられた。
翔子が何を思って行動しているのかはまだ分からないが、
沙織が伝えたかったことは十分理解できる。
それはつまり。
翔子は『俺の味方だ』ということだ。
ただそれだけのことをどうしても伝えたかったらしい。
「…そうか…。」
沙織から話を聞いたことで、
もう一度翔子に視線を向けてみる。
何を言えばいいか分からないのだろう。
今でもまだ戸惑いを見せている。
「………。」
翔子が何を考えているのかはわからない。
今まで気にするつもりもなかったからな。
正直に言えば話を聞いた今でも翔子のことを考えるつもりはない。
個人的な意見を言ってしまうなら、
すでに倒した相手に興味はないからだ。
翔子が敵であっても味方であっても俺の対応は変わらない。
邪魔をするなら排除し、
協力してくれるなら話を聞くという程度だ。
…だが。
俺の為に仲間との決別の道を選んだという翔子の気持ちを疎ましく思うつもりもない。
迷惑だとか邪魔だとか、
そんなふうに思うほど嫌っているわけではないからな。
少なくとも信用できる人物だとは思っている。
これまでの行動から考えて、
信じるに値する人物だとは思っているからだ。
…だから今は。
翔子に向けて一言だけ伝えておくことにしよう。




