カトレア
「また違うお店が一杯だよ〜?」
「ええ、そうね。」
骨董品屋さんを出てからどれくらいの時間が過ぎたのでしょうか?
商店街を歩き続ける私とお母さんは、
サンセットロードを進む途中で、
とあるお店の前で足を止めました。
「不思議なお店〜。」
ここは商店街の中でも比較的大きめのお店です。
隣接する他のお店と比べると、
このお店の大きさは倍くらいの広さがあるような気がします。
「大きくて、広〜〜い!」
広さだけは十分過ぎるくらいあるお店なのですが、
お店の中はそれほど多くの品物が詰め込まれているわけではないみたいです。
広々と余裕を持って商品が並べられているような気がします。
「綺麗〜〜〜♪」
ゆっくりと見ることが出来るように、
わざと広く並べられているのでしょうか?
壁際に並ぶそれらは色とりどりに敷き詰められているんですけど。
店内はお母さんと一緒に並んでも歩けるくらいの余裕が残してあるように見えます。
鮮やかに咲き誇るそれらを目にした私は、
興味津々になりながらお店の前へと歩み寄りました。
店先にも並んでいる商品は決して高価ではないようなのですが、
数が揃えばそれなりの金額になるような気がします。
…ただ。
食べ物ではないと思いますし。
何かに使う物でもないような気もします。
「これは何かな~?」
「…あ、ダメよ。成美」
手で触れようとしてみたところで、
今回はお母さんに止められてしまいました。
「『お花』は散りやすいから無理に引っ張っちゃダメよ。」
「あう~。ごめんなさい〜。」
お母さんに注意されたことで触るのを諦めました。
その代わりに、じっと向き合ってみます。
これも初めて見る形なんですけど。
どれも決まった形というわけじゃなくて、
それぞれに違いがあるような気がします。
こういうのを個性というのでしょうか?
何か違うような気もしますけど。
近くで見ているとほんのりと甘い香りがしました。
他の花と比べると少し大きいような気もします。
とても色鮮やかで綺麗な花なのですが、
やっぱり名前は分かりません。
文字が読めないので、
お母さん尋ねてみることにしました。
「ねえねえ、お母さん。このお花の名前は何て書いてあるの?」
「えっと…『カトレア』って書いてあるわね」
お母さんが私の代わりにお花の名前を読んでくれました。
ですが、今まで聞いたことがない名前です。
「かとれあ?」
変わった名前だと思います。
なのに、何となく覚えやすいような気もしました。
「カトレアって言うんだ?」
もう一度カトレアに振り返って顔を近づけてみました。
す~っと息を吸うのと同時に、
甘い香りが運ばれて来ます。
今まで一度も感じたことのない香りです。
それがすごく気に入ってしまって、
何度も何度も香りを楽しんでしまいました。
「甘くて良い匂い~♪」
ずっとこうしていたいと思っていると、
一人の男性が近づいてきました。
「何か、お花をお探しですか?」
優しい微笑みを浮かべながら尋ねてきた男性は緑色のエプロンを身に付けています。
…ということは?
このお店の店員さんなのでしょうか?
「このお花が凄く綺麗で甘い香りがするから見てたんです♪」
「ああ、なるほど。カトレアですか。それは特別な物でして、本来は熱帯地方にしか咲かない花なのですが、うちでは温室を用意して栽培しているんです。『娘』もその花が大好きでしてね。いつでも娘が見れるようにと思って店先に並べているのですよ。」
…ああ、なるほど~。
娘さんのためですか。
ちょっぴり羨ましいです。
「今は居ないんですか?」
「ええ。魔導学園はご存知ですか?娘はそちらに入学していまして、今ここにはいないのですよ。」
…ん?
…あれ?
…魔導学園?
「それってもしかして?」
疑問を感じたことで、
とことこと後ろに下がってみます。
そしてお店の看板を見上げながら、
お母さんに聞いてみました。
「ねえねえ、お母さん。お店の名前読める?」
「え~っと。深海…花店ね。」
「深海?」
ものすごく聞き覚えのある名前です。
お姉ちゃんと翔子さんから学園の話題として何度も聞いたことがある名前でした。
…深海優奈さん。
それはお姉ちゃんと翔子さんが二人揃って認めるくらいとても優秀な魔術師さんです。
『吸収』の能力を持っていて、
学園3位の成績だそうです。
その実家が『お花屋』さんという話を覚えていました。
「もしかして…深海優奈さんのお父さんですか?」
違っていたらどうしようかと思いながら問い掛けてみると。
「おお。娘のお友達でしたか。」
予想は当たっていました。
深海さんのお父さんが笑顔を見せてくれたんです。
嬉しそうに微笑んでくれた深海さんのお父さんは、
お店の中にいる女性に呼び掛けました。
「母さん!優奈のお友達が来てるんだ。お茶の用意をしてくれないか?」
…え?
…お友達?
「あ、あの…っ!」
違うと伝える前に、
今度は深海さんのお母さんが笑顔で出迎えてくれました。
「あらあら、優奈のお友達なんて珍しいわね。すぐにお茶の用意をしますから、ゆっくりしていって下さいね。」
挨拶をしてからすぐに店の奥へ行ってしまいます。
その間にも深海さんのお父さんは笑顔で話し続けてくれました。
「いやいや、娘の友達とは気付かず申し訳ありません。大したことは出来ませんが、どうぞゆっくりしていって下さい。」
「…えっと。その~」
何の疑いもなく微笑んでくれる深海さんのお父さんの笑顔を見て、
私はちょっぴり困ってしまいました。
…どうすればいいのでしょうか?
深海優奈さんの名前は知ってます。
どういう人なのかも、
お姉ちゃん達から話を聞いていますので、
ある程度なら知ってます。
ですが。
直接会ったことは一度もありませんし。
話をしたことさえありません。
他人とは言いませんけど。
友達でもないと思うんです。
少なくとも私にとって友達と呼べる人は一人もいません。
お姉ちゃんと翔子さんは家族ですし。
どちらも『姉』と呼ぶべき存在なので、
友達ではありません。
もちろん深海優奈さんも友達ではありません。
それなのに完全に誤解されてしまっているんです。
そのせいで気まずく思ってしました。
…ですが。
「すみませーん!」
「あ、はい!すぐに行きます」
私が誤解を解く前に深海さんのお父さんは、
他のお客さんに呼ばれたことで離れて行ってしまったんです。




