油断
「ふぅ〜、さっぱりした〜」
髪を拭きながら、海斗はドッペルの前に戻ってくる。
「まだ寝るには早いしさ。夜中にお腹空いても困るでしょ?
一緒にテレビ見ながら、お菓子でも食べない?」
そう言って、ドッペルはチョコを差し出した。
「いや……夜は食べるなってルールが……」
一瞬迷ってから、海斗は断る。
「大丈夫。まだ18時だよ? 全然セーフ。コーヒーでも飲みながら今後について話そうよ」
こたつを軽く叩いて誘ってくる。
「今後も何も、さっさと消えてほしいんだけど……まあ、少しだけな」
やれやれと思いながら、海斗はコーヒーを淹れた。
二人でテレビを眺めながら、チョコをかじる。
「やっぱ我慢した後のお菓子って美味いな〜」
「君はまだ我慢してないよ。
食べ放題行って、帰ってきて、チョコ食べてるだけだ」
「ああ、今から我慢タイムだし。今はいいんだよ」
そう言って、海斗はドッペルの頭を軽く撫でる。
「……触るな」
鋭い視線だけ向けて、ドッペルはそれ以上何も言わなかった。
「ルールなんて楽勝だって」
余裕の笑みを浮かべ、コーヒーを飲み干す。
⸻
時計が21時を回った頃、海斗は立ち上がった。
「じゃ、そろそろ寝るかな。もう食べたら駄目な時間だし」
「随分あっさりだね今後の話もしてないよ?」
「テンポだよ、テンポ」
さっさと立ち上がり適当に手を振る。
「とりあえず寝る。おやすみ〜」
「……寝れたらいいね」
ドッペルはポテトチップスを開けた。
⸻
ベッドに横になると
隣からテレビの音と笑い声が聞こえる中、
海斗は布団でスマホをいじっていた。
気づけば、音は消えている。
部屋は静まり返っていた。
時計を見ると23時。
「……もうこんな時間か」
横になり、目を閉じた瞬間、
腹の奥で小さく音が鳴った。
(気のせいだ)
そう思い、眠りに落ちる。
⸻
目を覚ました海斗は、枕元の時計を見る。
(……まだ一時間?)
妙な違和感。
重たい。腹の上に、何かがある。
視線を落とすと、ドッペルが丸くなって眠っていた。
「おい……人の腹の上で寝るなよ」
声に反応して、片目が開く。
「うるさいな。
せっかく寝て“あげてた”のに」
ドッペルは起き上がり、部屋を出ていく。
「残りのお菓子、全部食べるから」
(……ほとんど残ってないだろ)
ため息をついた瞬間、
腹の違和感が消えていないことに気づく。
次の瞬間――
ぐぅぅ……。
静かな部屋に、やけに大きな音が響いた。
(嘘だろ……約束は守った。
食べ放題も行った。コーヒーも飲んだ……)
なのに、空腹だけが引いてくれない。
隣の部屋から、
ボリ、ボリ、と咀嚼音が聞こえてくる。
テレビがつき、
間の悪いことにハンバーガーのCMが流れた。
(……今それ流す?)
紙袋を開き、
バーガーにかぶりつく自分の姿が浮かぶ。
一度浮かんだイメージは、止まらなかった。
⸻
海斗はそっと立ち上がり、上着を羽織る。
(寝付けないだけだ。少し外の空気を吸うだけ)
玄関へ向かった瞬間、背後から声がした。
「どこ行くの?」
肩が跳ねる。
「ちょっと……寝付けなくて。すぐ戻る」
ドッペルはじっと見つめ、にこっと笑った。
「ふーん。気をつけてね」
そして、低く付け足す。
「……約束は守ってよ?」
「わかってるって」
海斗は靴を履き、外へ出た。
――玄関の扉が閉まる。
その瞬間、テレビの音が消えた。




