契約
黒猫は急に真剣な顔になり、重い口を開いた。
「君はメタボ予備軍だって言われたのに、まだお菓子と弁当を食べ続けてる。このままじゃ本当に死ぬよ? わかってる?」
煎餅をかじったままの指摘に、海斗は少し動揺する。
「わかってるけど……っていうか、メタボ予備軍のことやけに詳しいな。何か見たのか?」
「君自身だって言ったでしょ。しつこいぞ」
黒猫は肩をすくめる。
「それより、変えたいと思うかい?」
海斗はポテチをつまみながら言い訳を挟んだ。
「まあ、変えたいけどさ。でも何から始めればいいんだ? それに俺、別に太ってないし。みんなも引っかかってるし……」
「うーん、まだそんな感じか。その考えじゃ危ないよ」
黒猫はごそごそと何かを探し、紙を一枚、海斗の前に置いた。
「とりあえず、これにサインしない?」
海斗は紙をまじまじと見る。
「なんだよ、急に怪しい紙出しやがって。……って、契約書?」
「うん。僕と契約してダイエットしよう」
黒猫はポテチを咥えたまま、ペンを差し出す。
海斗は少し躊躇しつつ、冗談めかして目を輝かせた。
「え? これにサインしたら簡単に痩せられるのか? お前の魔法とか?」
「サインしたら、後日トレーナーさんから連絡が来るよ」
次の瞬間、海斗はテーブルを両手で叩いた。
「それ、お前ほとんど関係ない契約じゃないか!」
契約書を放り投げ、何かを察したように言葉を吐く。
「……ああ、なるほど。
不安を煽って、高額契約にサインさせるタイプか。
最初からおかしいと思ったんだ。死ぬだの、死んでみろだのさ。
……信じかけた俺がバカだった」
そう言って、その場にごろりと横になる。
黒猫は冷静にポテチをもぐもぐしながら言った。
「そういう魂胆も何も、僕は君だよ。分身みたいなものさ。怪しい契約をさせるために出てきたわけじゃない」
寝転んだまま、海斗は鼻で笑う。
「まだ分身商法を続けるのか? じゃあその路線なら、お前はドッペルゲンガーだな。今日からドッペルだ」
「え……?」
黒猫は言葉に詰まり、手にしていたポテチをぽろりと落とした。
「それって……名前、付けてくれたってこと?」
瞳が潤む。
海斗はその反応に驚き、体を起こした。
「気に入ったのか? そうだぞ。今日からお前はドッペルだ。よろしくな」
そう言って手を差し出す。
ドッペルも潤んだ瞳のまま手を伸ばし、二人はがっちりと握手した。
「絶対に嫌だぁぁぁ〜!!」
ドッペルの叫びが、こたつ部屋の静寂をかき消した。




