黒猫
部屋に戻り、テレビの前に座る。
リモコンを手に取り、意味もなくチャンネルを変える。バラエティの明るい声が流れているのに、内容はまるで頭に入ってこなかった。
画面を見ているはずなのに、視線はどこにも定まらない。
気づけば、テーブルの上にあったポテチを掴んでいた。歯磨きをしたばかりだということは思い出したが、どうでもよかった。口に放り込み、無意識に噛む。
ボリ、という音だけがやけに大きく感じられる。
別にテレビを見たいわけじゃない。
ポテチが食べたいわけでもない。
ただ、何かをしていないと落ち着かなかった。
しばらくして、それが急に馬鹿らしくなる。
海斗はテレビを消し、袋に残っていたポテチを一気に口へ流し込んだ。そのまま立ち上がり、寝室へ向かう。
電気を消し、ベッドに横になる。
目を閉じると、部屋は驚くほど静かだった。
――と思った。
暗闇の中で、ボリボリという音が聞こえる。
自分のものじゃない。そう思った瞬間、腹の奥がずしりと重くなった。胃が沈むような、不快な感覚。
音が、止まる。
海斗はすぐに目を開けなかった。
ほんの一拍置いて、うっすらと瞼を持ち上げる。
視界の端に、黒い影があった。
ベッドの脇。
そこに、見知らぬマスコットのような黒い猫が座っている。丸く、太っていて、こちらをじっと見ていた。
息を吸おうとして、体が動かないことに気づく。
腕も脚も、鉛を流し込まれたみたいに重い。
黒猫が、口を開いた。
「お疲れ、海斗。とりあえず、ポテチ食うか?」
短い前脚で、袋を差し出してくる。
「うわぁぁ!! なんだお前!!」
声は出た。
それだけで、少し安心してしまう。
「落ち着いて。ほら、薄塩だよ?」
「いや……何を言ってるんだ……?」
「食べたいなら食べなよ。我慢は良くない」
「待て。そもそもそれ、俺のじゃ……? って、は? ふざけんな。明日食べようと思ってたやつなんだけど!?」
「好きだよね、薄塩。まだストック、いっぱいあるよ?」
「好きだから買ったんだよ! つーか誰なんだよ! まさか願いを一つ叶えてくれるやつか? じゃあ……願いを無限にしろ!」
「それは無理だね。君にそんな力があったら、もう使ってるでしょ」
「なにぃ? じゃあ何しに来たんだ。金欠だし、養う余裕もないぞ。よそに行け!」
黒猫は袋を抱えたまま、首を傾げる。
「そんなに警戒しなくていいのに。ほら、君と一緒で太ってるでしょ?」
「はぁ!? 太ってねぇし! 俺は普通だし!……でもお前の方は太ってるな。マスコットなら、その方が可愛いけど」
「自分に“可愛い”って言うの、わりとキモいからね」
「俺にじゃねぇ! お前に言ってんだよ!」
黒猫は返事をせず、にやりと笑った。
その笑みが、なぜかやけに腹に落ちた。




