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ホメオスタシスは、今日も眠ってる  作者: 紅月ヨルカ


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おじさん猫タロウ

モゾモゾと不気味に蠢く毛玉が、パンパンに膨れ上がる。その隙間から溢れ出したのは、可愛らしい子猫……ではなく、加齢臭が漂ってきそうな、くたびれた「おじさん」の顔をした猫だった。

ドッペルはやれやれと肩をすくめ、他人事のように告げる。

「君にも紹介するね。ヨルマックタロウさんだ。初対面だけど」

「あ、ああ、初対面……って、なんで毛玉からおじさん猫が出てくるんだよ!」

海斗は喉元まで出かかった悲鳴を抑え、困惑を露わにする。タロウと呼ばれた猫は、海斗の手元にあるハンバーガーセットをじっと見つめ、鼻をヒクつかせた。

「あ〜、よろしくな。それより……それ、美味そうだな。食ってもいいか?」

「え? これ? ちょっと待ってな、今、分けるから……」

海斗がポテトを差し出そうとした瞬間、ドッペルがそれをひったくった。

「これは僕のだ〜!!」

「なんだよ、ケチくさい奴だな。じゃあ、こっちのポテチをもらうか」

タロウは勝手に袋を破り、バリバリと下品な音を立てて食べ始める。ドッペルはハンバーガーの包み紙を剥がす音に夢中で、仲間の蛮行など眼中にない。

海斗は、脂っこい匂いと咀嚼音が充満する部屋で、自分の財布の軽さを思い出して溜息をついた。

「どうでもいいけど、全部俺の金で買ったやつなんだけど……。困ったな、どんどん変なのが増えていく……」

その時、ドッペルがパッと顔を上げた。

「確かにな。あんなおじさんがいたら食い尽くされてしまう。いっそ倒してしまおうか……いや、絶対に倒そう! 君もそう思うだろ?」

「え……ああ、そうだな。俺の食費をこれ以上削られるのはごめんだ! でも、どうやって?」

海斗の問いに、ドッペルは不敵な笑みを浮かべる。

「もう、しょうがにゃいな〜……あれを見てごらん…」

ドッペルとドッペルが昨日吐いた毛玉の一個を指差すと毛玉が巨大な塊になった。

その中から現れたのは、ずっしりと重厚な「台座」に深く突き刺さった、一振りの剣だった。

「それは……伝説の剣だああぁぁっ!?」

海斗の叫びが部屋に響き渡る。少年のように目を輝かせ、一気にテンションが跳ね上がった。

「急に大声出してさ〜、びっくりしたよ。台座に刺さった剣がそんなに珍しいの? その辺にいっぱい落ちてるよ」

ドッペルの冷めた声が、海斗の熱狂に冷や水を浴びせる。

「落ちてないよ! 昔からさ、ゲームのパッケージとかでこういう剣を見ると、いつか抜きたいなってずっと思ってたんだ!」

「そんな人、嫌だよ。ずっと『抜きたい』なんて欲求不満抱えて生きてるとかさ」

「そこだけ切り取るな! 変態みたいだろ。ロマンのわからん奴め……」

「なあ、さっきからうるさいぞ」

タロウが脂ぎった口元を前足で拭いながら割り込んできた。

「カツ丼の出前、頼んどいたから一緒に食おうぜ」

タロウは親指を立て、爽やかな笑顔を(おじさん猫の顔で)浮かべる。

「いいね、食べよう食べよう!」

ドッペルも嬉々としてタロウの隣に座り込み、ポテチの残骸を漁り始めた。

「ちょっと待て! 勝手に頼むなよ! っていうか支払いは……!? まさか俺か? 勘弁してくれよ、ただでさえメタボ対策の食費がかかってるのに……」

「ウジウジ言ってるとご飯抜きにするぞ。黙ってポテチでも食べてなさい」

タロウの説教じみた口調に、海斗は絶句する。

「ほら、タロウさんもそう言ってるし。黙ってポテチを噛みしめてなさいよ」

「……ああ、わかったよ。もういいよ……」

海斗は渋々床に座り込み、小さく、重い溜息をついた。

(なんで俺が自分の金で買った飯を食われ、説教され、宥められてるんだ……?)

「そんなに暇なら、その剣でも抜いてみたらどうだ?」

ドッペルの軽い一言に、海斗の顔がパッと明るくなる。

「え、いいのか!? それならそうと言ってくれよ! カツ丼代くらいで文句言わないからさ!」

海斗は期待に胸を膨らませ、台座の前に立った。

「伝説の剣は、この俺が抜いてやるぜ!」

両手で柄を握り、グッと足を踏ん張る。

しかし――その瞬間、ベルトがパツパツに張ったお腹に食い込み、不快な圧迫感が襲った。

「ぬ、ぬうぅぅぅんっ!」

顔を真っ赤にして力を込めるが、剣はぴくりとも動かない。まるで地面そのものを持ち上げようとしているかのように、圧倒的な「重み」が指先から伝わってくる。

その様子を、ドッペルとタロウは冷ややかに見つめ合った。

「やっぱり無理だったな」

「当たり前だよ。ただの一般人だもん」

「「あはははは!」」

「なんて性格の悪い……っ!」

海斗が膝をついて項垂れた、その時。

ピンポーン。

空気を読まないチャイムの音が響く。

届いたカツ丼は三つ。蓋の隙間から、出汁の甘い香りと揚げたての衣の香ばしい匂いが漂い、海斗の胃袋をギュウギュウと刺激した。

「……お茶、入れてくるよ」

海斗は空腹を紛らわすようにキッチンへ向かった。

熱い茶を人数分用意し、さあ食べようとリビングへ戻ってくると――。

そこには、至福の表情でカツ丼を頬張る二匹の姿。

タロウの前には、空になった丼が一つと、手付かずの丼が一つ。

ドッペルの前にも、美味しそうに湯気を立てる丼が一つ。

「……俺のカツ丼はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

海斗の絶叫が、静かな(はずの)部屋に虚しく、そして怒りとともに爆発した。

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