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痘痕の光  作者: 星来香文子
翡翠の簪
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捜索(三)

 その日は近々歌会があるということで、女御付きの女房たちが、どの唐衣が良いかだろうかと話し合いをしていた。その中には、衣だけでなく簪や扇子などの小物や装飾品もある。

 煌びやかなそれらの品々は、翡翠領では見たことのない柄や色、金や銀だけでなく赤や青色の貴石を使っているものもあった。

 思わず目を奪われて、じっと見つめていた葵は、並べられていた髪飾りの中に桜子が母の遺体から引き抜いてきた翡翠の簪と同じものがあることに気がついたのだ。

 これは咲子が神様からもらった大切な簪だと聞いている。全く同じものがここにあるということは、萌木の女御も神様からもらったのだろうかと、葵は首を傾げていた。


 気になった葵は、思いきって女御に訊ねてみると、それは今の帝が東宮だった頃に直接頂いたものだという。

「あれはまだ、妃選びの最中でしたわね。六人の候補の中から、主上おかみが気に入った姫に簪を贈ったの。簪さえもらえれば、側室以上になることは決まったも当然といわれていましたのよ」

 萌木もこの簪をもらい、大いに喜んだ。正室にはなれなかったものの、噂通り女御として入内することが正式に決まったのだから。

「中宮様も同じものを頂いたと聞いたわ。それと、もう一人……あの時、わたくしと同じく翡翠領から来られた方が」

 萌木の女御は、話していて当時のことを思い出したのか、少し眉間にしわを寄せる。

「わたくしも詳しい理由は知らないのだけど、同じく簪をもらっていたのにね、その方は、密かに男と通じていたのよ。それが皇太后様に知られて、宮中を追い出されてしまったそうよ」

 その相手が何者だったかまでは知らないが、東宮の妃選びの場で、他の男と通じていたなどと前代未聞の事件だった。追い出された姫は、翡翠領に戻されたらしい。この話は、皇太后が存命の間は箝口令かんこうれいが敷かれていたそうだ。あれからもう十五年以上経っているし、その姫がどこでどうしているか、宮中にいる萌木の女御は知る術もない。

 葵はこの話を聞いて、その姫がすぐに咲子のことだとわかった。それと同時に、こうも思う。

————当主さまが、そんな問題を起こした姫を、どうして嫁に迎えたのだろう?

 桜子の話では、咲子はあの簪を大切にしていた。他に好いた男がいたのに、今の帝に貰った簪をどうして大切にしていたのかも謎だ。それに、中満とは仲睦まじい夫婦としか葵の目には見えなかった。子供も三人産んでいる。

「あんな問題を起こしたのですから、正妻は無理でもきっと今頃、どなたかのしょうにくらいにはなっているでしょうね。少し稚拙な部分はありましたが、容姿はそれなりに綺麗な方でしたし」

「それなり……?」 

 咲子はとても美しい女性だった。桜子と声色まで瓜二つの、この世の穢れなど何も知らないような、花のようなひとだ。正直なところ、萌木の女御も確かに美しい顔をしているが、はるかに咲子の方が美しかったと葵は思う。

「そういえば……」

 萌木の女御は葵の顔を見て、はっと気がついたように眼を大きく開いた。

「その痘痕がなければ、あなたにどことなく似ている気がしますわね。目元なんてそっくり」

「え……? まさか、そんな」

 咲子と自分が、似ているはずがない。例え左頬の痘痕が消えたとしても、あの美しい顔に似ている部分があるなんて、と葵は思った。

「他人の空似ですよ。私の母は、東宮様の妃候補に名前すら上がらないような下級貴族ですから」

 萌木の女御は、それなら私のただの思い違いね、とにこやかに微笑んだ。妃候補は各領から二名ずつ選ばれるとはいえ、下級貴族の娘にその話は回ってこない。当主家に準ずるほどの位の高い姫でなければ、そもそも候補に名前すら上がらないのだ。

「それなら葵はとても優秀なのですね。来年の裳着を終えたら、女房としてまた宮中に戻ってくるのでしょう? 大出世じゃない」

 この国で下級貴族の娘がつける最高の地位は、皇后付きの女房となることだ。それか当主家のような上級貴族に見初められ、妾になることである。

「宮中は、ただ美しいというだけではやっていけませんわ。どんなに美しい姫であろうと、強い気概を内に秘めていないと、簡単に追い出されてしまう、とても恐ろしいところよ」

 実は先ほどの追い出された姫も、他の妃候補の策略によるものだったのではないか、と、萌木の女御はこっそり教えてくれた。

「こういっては失礼かもしれませんが、わたくしはあの方がそんな大それたことをする方にま見えませんでしたの。主上の御渡りが一番多かったのは、あの方だったはずですからね。きっと、ずる賢い瑠璃領の仕業に違いないと思いますわ」

 萌木の女御は追い出された姫はあまり頭が良かったとは思えないらしい。とはいえ、大事な妃選びの最中に、他の男と通じるような馬鹿をするほどまで頭が悪かったわけでもないだろうし……と、誰かにはめられたなら、それはきっと瑠璃領の姫かその女房による策略だったのではないかと考えているようだ。

「まぁ、あくまでわたくしの想像でしかありません。証拠は何もないですしね」

 瑠璃領の姫ということは、つまりは現在中宮となっている皇后だ。萌木の女御も当時何かされたのか、顔は穏やかに笑っているのに、眼が笑っていなかった。

「今回は当主様の二の姫ですからね、東宮様のご正室にするためだけに、大切に大切にお育てになっていると聞いているわ。きっと、とても美しく、知性も教養も兼ね備えておられるのでしょう?」

「え、ええ。もちろんです」

 桜子の姿は、当主家に出入りしているごく一部の者しか見たことがない。隠された姫とも呼ばれている。萌木の女御は、自分には叶わなかった正室の座を、今度こそ同郷である翡翠領の姫になって欲しいとのだと言った。

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