痘痕の光(三)
皆が寝静まった頃、葵は一人で提灯を片手に地下へ降りた。
どこまで続いているのか、思いの外出入り口がたくさんあって、迷いそうになる。
このままでは、ここを使ってうまいこと外に出て、翡翠領へ行けたとしても、戻ってくるのに時間がかかる。
最短の道を調べて、計画的に動くべきだと考えた。
焦る気持ちを抑え、葵はまず数日かけてこの隧道の地図を書こうとしたのだ。
夜な夜な一人で地下を調べようと。
ところが、二日目に入った頃、地下の隧道に人影あった。
他にも、この道を使っている人がいるのかと焦ったが、それは希彦だった。
「おや、こんなところで、何を?」
「あ、あなたこそ……!!」
しばらく姿を見ていなかったが、やはり何度見ても腹が立つ顔をしている。
人を見下しているような、そんな目だ。まるで、何もかもすべて知っているかのような……
いつも一緒にいる狗丸も連れず、希彦も一人だった。
「見回りだ。余計なものが入ってこないようにな」
「余計なもの……?」
希彦には何かが視えているのか、手に札のようなものを何枚か持っているのが見えた。
まるで何かを悪いものでも封印するような……
「ああ、せっかく物の怪を混ぜて面白くしようとしたのに、邪魔者がいたみたいなんだ。ずっと昔に仕掛けられていた呪術のようだけど、どうやらこの隧道を使ってかけられていたようでね。結界というか、守り神のようなものだ」
なんのことだかさっぱりわからないが、おそらく希彦には視えている物の怪とか幽霊の類の話かと、葵は理解して、それ以上は詳しく聞かなかった。
それより気になるのは、見回りをしているということは、もしやと思って、訊ねてみる。
「あなた、この道がどこまで続いているか知っている?」
「ああ、知っているよ。なんだ、どこかに行きたいのか? 桜子として妃選びに参加したいと言ったのはお前だぞ? 諦めたのか?」
「いえ、諦めてなんかいないわ。せっかくこの体を手に入れたのだもの……でも、どうしても確かめなければ————もしかしたら、私は禁忌を犯すことになるかもしれない」
「禁忌……?」
「同じ父親から生まれた兄妹が、夫婦になるのはまずいでしょう?」
希彦は、葵の発言に驚いたようで、ただでさえ猫のようで大きな目を大きく見開いた。
「……何を確かめたい? 包み隠さず全て話せば、協力してやってもいいぞ?」
葵は迷ったが、希彦が不思議な力を持っていることは知っている。
それも、この国のために存在する陰陽師であることも。
桜子がもし、朝彦の娘だったとしたら、晴彦と桜子は腹違いの兄妹だ。
いくら中身は違っても、この体は桜子のものだ。
そんなことは、決して起きてはいけないことくらい、葵はわかっている。
桜子は美しい。
皇后にはなれなくても、葵としてあのまま生きていくより、ずっといい生活を送れる。
母のようながさがさした手には、なりたくなかった。
「桜子が、誰の子供なのか知りたい。そして、私は本当に、母に捨てられたのかを、母に聞きたいの」
* * *
希彦の協力で、葵はすぐに母に会いに翡翠領の南部にある別荘へ。
一体どういう仕組みなのかわからないが、陰陽師の不思議な力であっという間に移動できた。
空を飛ぶ物の怪の背に乗っているのだと言われたが、残念ながら葵の目には何も視えなかった。
「それで、お前の母はどこにいるんだ?」
「それは……えーと」
別荘は広い。
一つ一つ部屋を見て回ったものの、見覚えのある下女や下男は何人か見つけたが、母の姿はなかなか見つからなかった。
最後に入った、一番奥の寝所の扉を開けるまでは。
見たくなかったが、葵の母は央尋の隣で寝ていた。
二人仲良く、これではまるで、夫婦のようじゃないかと思った。
ふつふつと怒りが湧いた。やはり、母は葵を捨て、こんな年寄りと一緒になったのだと。
眠っている母を、無理やり揺すり起こし、葵は睨みつける。
「……さ、咲子様? どうして、ここに」
寝ぼけた母は、死んだはずの咲子が化けて出たと思ったのだろう。
真っ青な顔をして、恐怖に震えているようだった。
「違うわ、母上。葵よ」
「葵……? え?」
母の中では、桜子は子供のまま成長していない。
葵もそうだ。
だからこそ、死んだはずの咲子にしか見えないのに、そんなことを言われて混乱した。
「何を言っているんですか? 葵は、あの子は、あの男にそっくりで、こんなに綺麗な顔じゃ……」
「あの男……?」
「わたしに借金を押し付けて、勝手に死んだ猿ですよ! あんな醜い顔の男の子供を孕まされて、わたしがどれだけ絶望していたか、咲子様はご存知でしょう!? やっと愛する人と一緒になれたのに、なんなんですか!? 突然、夢に出てきて、今更わたしに、なんの恨みがあるというのですか!? あなたが朝彦様の子を孕んだことでしたら、墓場まで持っていくと約束したでしょう!? どうか、成仏してください……お願いですから」




