痘痕の光(二)
央満様は最初の奥様を亡くされて、かなり気落ちしておりました。
そんな時に、咲子様と出会ってしまって……央尋様は、咲子様を妃候補として送り出すことを渋ったのです。
けれどもう、妃選びまでは時間がない。
新たな姫を立てることもできず、結局、咲子様は女房を連れて宮中へ。
まぁ翡翠領からはもう一人姫が出るし、そちらの方が優秀であることはわかっていました。
試験で点数が足りずにすぐに落第するだろうと。脱落して戻ってきたら、央満様と婚姻させようと考えてのことでした。
しかし、その咲子様がもし、東宮に気に入られてしまったら、どうなるか分かりません。
正室にはなれずとも、側室くらいには選ばれてしまうかもしれない。
あれだけお美しい方ですから、その可能性は高い。
そこで、央尋様は考えました。
咲子様と年の近い女房を入れ替えたのです。
咲子様にはお顔に酷い痘痕があることにして、顔をお隠しになり女房を。
入れ替わった女房が咲子様のふりをしました。
ところが、その咲子様のふりをしていた女房を、東宮が気に入ってしまったのです。
度々、御渡りになられたのだとか。
さらに厄介であったのが、その女房というのが、実は央尋様の囲っていた女だったのです。
央尋様は密かにその女と通じていましてね……なんでも、外部に通じている秘密の通路があるそうで————そこを通って、密かに通っていたのですって。
許されない恋というのでしょうかね?
とても熱く燃え上がったそうですよ。
まぁ、ご自分の子供と変わらない年齢の女とそんなことをしていましたから、すぐに罰が当たったのですよ。
そのことが露見して、咲子様が他の男と通じていた————と、いうことになり、脱落したのです。
そうして、戻ってきた本物の咲子様と央満様が当初の予定通りに夫婦となり、姫さまがお生まれになりました。
一方で、偽物の女房とそういう仲であったことが判明して、央尋様は北の方様から怒られました。北の方様がどのような性格だったかは、姫さまもよく覚えているでしょう?
とても気の強い方でしたからね……二人は引き離され、女房の方はどこかの下級貴族と結婚したと聞いております。
* * *
「今回、桔梗様のところで起こったことも、この話によく似ておりますね。空木も顔に酷い痘痕があるとかで顔を隠していましたし……」
葵は楓の話を聞いて、納得した。
咲子に女房が成り代わっていたのであれば、当時、咲子だと思っていた姫の顔と、今の桜子の顔が似ていないのは当たり前のことだ。
そういえば、萌木の女御が同じようなことを言っていたなと思い出した。
————……あれ?
心臓が跳ねる。
ありえない考えが、葵の頭を駆け巡った。
————確か、女御様は、その姫が、私に似ているって……
母の顔が頭をよぎる。
左頬の痘痕がなければ、確かに葵の顔は、母に似ていた。
口元は違うが、目元は特に似ている。葵の父は、下級貴族だったと聞いている。
顔は覚えていない。
————まさか、そんな……そんなわけ
「けれど、わたくし、実は一つこの話には一つ疑問に思っているところがありましてね」
「疑問……? え、桔梗さんの方?」
「いえ、咲子様のことです。入れ替わっていたその女房を東宮様が気に入っていたはずなのに、あの簪を持っているのは咲子様だったのですよ。おかしくありませんか?」
「え……? 簪?」
「咲子様がいつも大切にされていた簪です。朝彦様は気に入った女子には必ずその証として翡翠の簪を送っていたと聞いています。実はわたくしの知人が一度だけではありますが朝彦様のお相手をしたことがあったそうで、その時に、『何か困ったことがあれば、この簪が俺の女である証だから見せるように』と言っていたそうです」
その簪を、女房に成り代わっていた咲子がどうして持っているのか。咲子に成り代わっていた女房が持っているならわかるが、なぜ咲子が持っているのかと、楓は首を傾げる。
「菊乃様からこの話を聞いた後、本当は、咲子様本人と東宮が……なんて、つい邪推してしまって、よく怒られたものです」
楓は昔のことを思い出したのか、そう言って笑っていた。そんなことはありえない、と。
だが、葵は気が気ではいられない。
もし、咲子に成り代わっていた女房が自分の母だったら?
もし、朝彦が気に入ったのは、その女房ではなく、本物の咲子だったら?
桜子は、朝彦と咲子の子供かもしれない。
葵の母と、通じていたのが央尋だったなら……
葵の母は、隠居した央尋がいる翡翠領の南方の田舎にある別荘へ身の回りの世話をするために何人か連れて行かれたうちの一人だ。
毎年顔を見せにくると約束したのに、一度も戻ってくることはなかった。
今、母はどうしているのか。
————もしかして、母上は、私を捨てたの?
確かめなければ。けれど、今は妃選びの最中。
残っているのは、紅玉領のあの印象の薄い姫と二人だけ。
「楓、この部屋は、先の妃選びで、お母様が使っていた部屋なのよね?」
「え? ええ、そうらしいですが……」
葵は立ち上がり、掛け軸の方へ。
この裏側にある小部屋には、地下に通じていて、長い隧道があると桔梗が言っていた。
暗いし、埃まみれで少し怖い。
誰も入ってこられないように、再び重石を置いて塞いでいるが、ここからなら、誰にも見られずに外に出られるのではないかと考えた。




