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痘痕の光  作者: 星来香文子
琥珀の忌子

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禁忌(五)

 ずっと笑っているんだ。

 こちらが何を聞いても、ずっと、笑顔を崩さずに、まるでとても心が満たされているかのような、うっとりとしているような顔で……


 それがなんだか作り物のように思えて、気持ち悪かった。


 * * *


「そうなると、妃候補の中にもやはり、兄上の好みの女はいませんでしたか」

「俺の好みは今関係ないだろう。とにかく、俺は何か恨まれるようなことをした覚えはない」


 妃選びなんて、形式的なこと。

 六人の候補の中から、晴彦が女を抱けないことを外部に悟らせない、己の女としての幸せよりも、この月和国のことを一番に考えているような、そういう正室を選べばいい。

 晴彦はそう考えていた。

 それにまさか、こんなに早く自分が帝になるとは思っていなかった。

 今の状況は想定していた中で最悪の状況である。


「では、逆に好かれるようなことは?」

「……は?」


 希彦の問いに、晴彦は眉根を寄せ、訊き返す。


「好かれるようなことをしたら、呪われるのか?」

のろいもまじないも、同じ文字を書くでしょう? どちらも、誰かのこうしたい、こうあって欲しいという思いが強いほどその効果は強くなるものです。要するに、兄上に強い恋心を抱いているような、そんな姫はいませんでしたか?」

「…………」


 晴彦はもう一度、姫たちのことを思い返して考えてみたが、やはり、まったく心当たりがない。

 そもそも、大した会話もしていないのに、好意を持たれるはずがないと思った。


「ありえないだろう。あのわずかな時間で……しかも、御簾越しで、向こうからはこちらが見えていなかったのだぞ? どこに、俺に惚れる要素があった?」


 お互いに顔が見えていて、一目惚れでもしたというならわかる。

見た目から入ることもあるだろう。

 だが、見えていたとして、晴彦は先帝と瓜二つな自分の顔を、美しいだとか男らしいだなんて思ったこともない。


 一筆で書いたような細い目、薄い唇、角ばった輪郭……母親の紫苑に似ているところといえば、鼻筋が通っているところくらいだ。


「希彦ほど美しい容姿ならわかるが……」


 腹違いではあるが、せめて実の兄である朝彦のような顔をしていたら、自分に自信が持てたかもしれないが、それは朝彦が母親である琥珀の忌子に似ているからだ。

 その朝彦と、さらには猫のような大きな目を持つのが特徴的な一族の女との間に生まれたのが希彦であって、こんな美しい顔の男と比べれば、自分の顔なんて石ころ程度にしか思えない。


「またそのようなことを。兄上はもっと自分に自信を持つべきです。そうでないと、いつまでも女が怖いままですよ。帝に怖いものなどあってはなりません」

「……それは、そうなのだが」

「夢の原因については、私が調べますので、兄上は妃選びの間に少しでも女嫌いを克服する努力をしてください。そして、私を東宮にだなんてもう言いださないように」

「それとこれとは話が別……————」


 希彦はそう言って、晴彦が反論を聞かずにさっと出て行った。



「……お前がいれば、それだけでいいのに」


 誰もいなくなった部屋で、晴彦は本音をこぼした。

 外で控えている側仕えや護衛官たちには聞こえないような、小さな声で。


 明日、正式に帝となれば、今以上に自分の本心を悟られないようにしなければならないというのが、苦痛で仕方がなかった。

 その上、妃選びも再開される。

 こんな重要な時期に、妙な夢を見せる、まだ見ぬ犯人を恨んだ。


 しかも希彦が言っていたように、その犯人が妃候補の中にいるのだとしたら、ますます女というものが怖くてたまらない。


「女は怖い。母上がしたことも、皇太后がしたことも……————」


 深くため息を吐いて、明日の即位式の手順が書かれた書物を確認しようと文机の前に座った。

 静かに紙をめくる。夜にあまり眠れていないせいか、しばらくして晴彦を急激な睡魔が襲った。

 耐えきれず文机に突っ伏して、晴彦は眠ってしまう。


 そして、夢を見た。


 また扉の隙間から寝所を覗いている夢だ。

 けれど、いつもと少し違う。今回は初めから、帝の顔が見えていた。


 似ているが、晴彦ではない。


 今は亡き、先帝だ。

 先帝の上に跨る女の顔は、髪が顔にかかっていて、こちらからは見えないが、どうせまた、あの女だろうと思った。


 先帝の首筋に噛み付いて、肉を食いちぎるのだろうと。この先の展開は、わかりってきた。

 そうして、男の肉を食らった後、こちらに気づいて笑うのだろうと。


 ————これは夢だ。誰かが俺に見せている、気持ちの悪い夢。ならば、早く覚めろ。覚めてくれ。


 とても見ていて、気持ちのいい光景ではない。


 ————頼むから、もう、やめてくれ。


 晴彦がそう願うと、女はピタリと動きを止め、髪を耳にかき上げながら振り向いた。


「え……?」


 その女の顔が、あまりに希彦に似ていて、晴彦は飛び起きる。

 今回ははっきりと、顔を覚えていた。


 確かに、希彦に似ていた。希彦に見えた。

 それなら、呪っていたのは希彦なのかと思ったが、先帝に跨っていたのは女の体をしていた。

 ならば、あれは————


「琥珀の忌子……————?」


 この夢が一体、何を示唆しているものなのか、晴彦には、わからない。

 ただ、少なくともこれだけは言えると確信した。


「希彦が、女に生まれていたら良かったのに……」


 晴彦は男が好きなのではない。

 愛しているのは、希彦だと。


 琥珀の忌子である一族のあの猫のような大きな目に、どうしても惹かれてしまうのだと。


 例え禁忌を犯そうと、希彦が女だったら、自分も先帝と同じことをしていただろう————と。




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